第18話 密会
領主たちは兵を集める為に、一旦各自の領地に戻った。
「なあ。さっきのはどういうこと?」
「さっきの?」
「その、婚姻関係とか」
巨剣に乗って、途中で俺はずっと気になっていたことを聞いた。
「ほら、私ってこの魔王軍にとってただの
「その通りですわ。あれはただみんながこれからマオウ様を支持するように使った手段にすぎませんので、どうかお気になさらず」
「いや、気にするんだろう、いきなり政略結婚なんて!」
しかも俺が知らないうちに!
政略結婚はいつでも本人の意志と関わらないのは分かるけど、事前の知らせまでもないの?
「でもこんなの、一番分かりやすい形でしょう?」
「アラト様、これがきちんとマオウ様から許可を取ってからしたことですので、どうかご心配なく」
いや、俺の許可は要らないの?
「一応新人の考えを聞いたよ」
「いや、いつそんなものを……あっ」
ウンディとの戦いの後、ベッドに横になっていた舞央からの「きっといいお嫁さんになると思わない?」なんて冗談を思い出した。
まさかあれが冗談じゃなかったの?
「まさかあの時の? あれが俺の意見を聞いてくれたたの?」
「それで新人も同意したでしょう? 何で今更不服そうな顔で?」
「そうですわね。何故でしょう。わたくしもきっと上手く行くと思っていましたわ……あっ」
メランサは何かを思い出したような顔。
「なるほど。マオウ様、どうやらわたしくたちは重要な部分を伝え忘れたようですわね」
「ん? ん……そうなの?」
心当たりがなさそうな顔をする舞央。
「アラト様。実はこの『婚姻関係』はあくまで表面上のものにすぎませんので、このまま本当の夫婦の間の行為は一切しませんわ。ですから、どうかこの偽の関係を気にせず、今までのようにマオウ様とイチャイチャしてください」
「いや、イチャイチャって」
「靴を履かせてもらうこととか」
「あれは普通の舞台準備だけ」
「口で水を飲ませてあげることとか」
「あれも、普通に命を救うことだけ」
「公衆の前で告白することとか」
「あれは……おい舞央、顔を赤くするな」
「新人だって、随分赤くなっているよ!」
俺の前に座っている舞央は振り向いてくれた。
「ほら、自分の顔がもう熱くなったこと理解した?」
「確かに……」
手袋に包まれた舞央の手が触ってくれて、頬に涼しい感触が来て、俺の顔が熱いことを理解された。
「そしてこうして見つめ合うこととか……あら、もしかしてもうわたしくの言葉が聞こえなくなりましたのか? それより、二人がこの格好で危なくありませんか、ウンディーネ様?」
「大丈夫です。ウンディはちゃんと安全運転ができます。だから大公様とマオウ様は好きなようにウンディの後ろにいちゃついてください」
「「していないって!」」
――――――――
各領主は自分の領地に殆ど全ての権力を持っている。
その代わりに、唯一の義務を守らなければならない。
それは戦争の時に、規定の戦力を集めることだ
各領地の基準も違う。
獣人領みたいな面積が広くて人口も多い領地に、当然義務も大きい。
そしてこの吸血鬼領の義務は
「メランサさん一人だけ?」
「はい。この領地に戦いに向いている者が居ませんでしたから。それと、自慢ではありませんが、わたくし、魔王軍最強でした」
今は多分違いますけど、とメランサは認めた。
「では、メランサ様にこうして、わざわざ帰ってくる必要がありませんのでは?」
「わたくしもそう思っていましたけど、アラト様とマオウ様に用事があるようですわ」
ウサミの疑問にメランサは答えた。
「えっと、用事って?」
「ウサミ。しばらくお城のことを置いて、領地防衛を立てましょう」
「えっ? でも、ここが前線ではないと聞きました」
「なってもおかしくないよ。人間軍との前線ではないけど」
俺は会議の後ずっと心配していたことを告げた。
「この戦争の隙に、魔族が攻めてくる可能性を考えないければならない」
「アラト様の心配事は分かりますが、流石に長年の仲間を裏切るような行動をニーズヘッグは取らないでしょう」
メランサの考えは自然だが、
「人間は簡単に仲間を裏切ると俺は思う」
俺は無自覚で眉をひそめた。
「そして魔族も、みんな人間だろう?」
「でも……」
「メランサさん。ここは新人のことを聞いてあげて」
「分かりました。仲間を疑うようなことは嫌ですけど、マオウ様の命令なら仕方がありませんわね」
こうして吸血鬼領は一旦お城の再建をやめ、防衛の強化を始めた。
内容は主に領民の訓練。例えば弓や剣の使い方とか。
そして簡単な防衛施設を建てること。
――――――――
この日、ウサミは兎人の新兵を訓練する途中、ウンディーネが来た。
「今夜、地下室に来てください」
「はい?」
「他のみんなに内緒で。特に大公様」
「えっと、何のことですか?」
あの男への忠誠心を考えたら、ウンディーネがあいつに内緒で何かをやろうなんて、実に意外だ。
「マオウ様のお呼びです」
「かしこまりました」
夜になって、ウサミは言われた通り、地下室に入った。
中にマオウとウンディーネが待っている。
「こんばんは、マオウ様、ウンディーネ様」
「いらっしゃい、ウサミさん」
「えっと、メランサ様は居ませんか?」
地下室に入るとメランサが扉を開ける必要があるから、ウサミはメランサも今回の集まりに参加すると予想した。
「メランサさんとの会話はもう終わったよ。というより大分前から了承済だから、今日はただの再確認だけだった……それよりウサミさん、そこに座って?」
「いえ、メイドの私はこのままでいいです」
「今日は私からの頼みを聞いて貰うから、そんなにかしこまらなくてもいいよ、先輩?」
「かしこまりました、マオウ様……えっ? センパイ?」
「嫌だよ、先輩。そっちが私にそう呼ばせたんでしょう?
「申し訳ありません、マオウ様。ここにはマオウ様の先輩のような人間が存在しておりませんので、どうかその呼び方を……」
「『西红柿炒鸡蛋』」
「はい?」
いきなり理解できない単語が出た。
いや、単語は理解するけど、なぜ今ここに出るか全く理解できない。
「先輩、知っている? その『西红柿炒鸡蛋』という料理はね、簡単な中国の家庭料理だけど、違う家庭で味も違うものになるよ」
「はあ……」
「あの頃、新人はよく先輩の『西红柿炒鸡蛋』弁当を食べていたようで、私も勉強して作ってみたよ。でもどうしても先輩の味と違う所があったよね。でも最近食べた『西红柿炒鸡蛋』は、昔の味のそのものだよね」
「げ……」
「しかもこんな世界に来て、名前も少しでも変わらなかったね。どう? これで認める?」
「分かりました。認めます。で? わざわざ私の正体をばらして、何がしたいですか、渡来先輩の妹さん? あっ、もしかして、もうお兄ちゃんに近付けるな! とか、警告しに来た?」
「違う。むしろ逆だよ」
ウサミの耳に入ったのは、予想と真逆の言葉。
「お願いします。もしこの後私に何かがあったら、新人はよろしく」
「はい? って、『何か』って……」
「これからは戦争。先代の魔王様もこの前の戦争で亡くなったと聞いた。吸血鬼の不死身でありながら」
「渡来妹、死にたいですか?」
「いえ?」
「じゃそんな戦争、参加しなければいいのでは?」
「そうはならないから」
「そんなこと……」
「あるよ」
ウサミは反論しようとしたが、マオウに止められた。
「魔王軍が滅んだら、私と新人の居場所がなくなる。そして私なしで魔王軍が生存したら、私たちはこの魔王軍に認められず、ここでの居場所を失う」
つまり、居場所を作る為に、自らこの戦争に入って勝つしか方法がない。
「人間側に入ったら?」
「それは論外。だって、そこには私と新人が一緒に居られる場所がない。せっかくこんな世界に来たから、私はそんな居場所を作ってみたい。自らの手で」
あの頃まだ小学生だった舞央と、今でも随分小学生っぽいの舞央の姿がウサミの目の前に重ねた。
しかしその幼さが溢れる外見と違って、甘さは感じない。
「でも、その……もっと命を大事にした方が……」
「あら、先輩にとっては丁度いいのでは? 目障りの私が消えたら、イライラすることもへるでしょう?」
「何を……!」
「あっ、ちなみに、先輩だけじゃないよ? 隣のウンディちゃんにも頼んだ」
「よろしくお願いします、ウサミお姉ちゃん」
ウサミが来た前に、マオウはウンディーネとの会話を終えた。
一緒に話す計画だったけど、ウンディーネが少し早めに来た上、直ぐ全てを了承したので、ウサミが現れた前に話がもう済んだ。
「ウンディちゃんは新人の為になんでもするらしいよ」
「はい。この命をかけて」
「先輩も、もし新人を殺そうとしたらウンディちゃんは容赦しないよ?」
「えっ?」
「はい。相手が誰であっても、ウンディは容赦しません。たとえそれがウサミお姉ちゃんだとしても」
ウンディーネの目が真剣だ。
「じゃ、もしその相手が渡来いも……マオウ様でしたら?」
「ん? そんなことがあり得ませんから、考えなくてもいいです」
小首を傾けたウンディ。
「ウンディちゃん、ここは『相手がマオウ様でも戦います』でしょう?」
「でもマオウ様なら、きっとそうなる前に自害しますよね」
「どうしてそう思うの?」
「ウンディの思いがマオウ様には及びませんけど、ウンディならそうします」
「えー、凄いな、ウンディちゃん」
「だからウサミお姉ちゃん。もしそうなって、自分でできませんでしたら、ウンディがお手伝いします」
こんな不穏な話をしているのに、ウンディーネは冗談抜きの目とかなり真剣な顔をしている。
それを見て、ウサミは背筋に汗をかいた。
「そういうわけで、ウンディちゃんに任せたら安心できそうだけど……でもほら、ウンディちゃんって、少し抜けた所があるというか、生活力もちょっと、ね。そこはウサミ先輩がフォローしてね」
「つまり、引き続きメイドの仕事ですね」
「そういうわけじゃけど……例えば、新人に好きなだけ手を出しても構わないよ」
「はっ? いや、いきなり何を……」
「いっそ正妻の座を狙ってもいいよ。唯一の妻も可能。結果は頑張り次第だけど」
渡来先輩と一緒の生活。
正直に言うと、大学生時代の宇佐美は頭の中でイメージしたことがある。
何度も何度も。
同時に自分を慰めることになる時もある。
でも毎回終わった後、卒業してからじじいのような男と結婚しなければならないことを思い出しらた、心がより虚しくなるだけ。
しかし、この世界に来た以上、全部が違うのだ。
家の為にあの老人の継室になる必要もない。
そして昔の願いを叶える為に頑張ってもいい。
この瞬間、ウサミはこの世界に来てから体験した全ての辛いことも価値があると感じた。
そしてマオウには悪いけど、これから現実になるかもしれないことを考えたら、微笑みが隠せなくなる。
「へー。嬉しいのは何よりだ。でも先輩は難しいでしょうね。新人、人妻に興味がないから」
ウサミの笑顔が固まった。
「いや、人妻なんて」
「あの時の婚姻届も、籍を入れたことも、全部確認したよ」
「うっ……で、でも! あれは……」
「はいはい、分かっている。じゃないと最初から頼まないから」
ウサミ……いえ、宇佐美のことは随分舞央に調べられたようだ。
「でも難しいのは本当だよ。メランサさんも居るし」
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