第16話 悪魔との決闘はノーパンで ③
親が子供に何かを学ばせたい結果、舞央はバレエを学び始めた。
こんなの、子供の方にはやる気がないのは普通だが、何故か舞央はプロを目指す者より真剣に努力して、暇さえがあれば直ぐ退屈な、そして痛みが伴う基礎練習を始める。
そしてあれは俺がまだ高校生だった頃のことだ。
俺は自分の部屋で問題集を解く最中、舞央の声を聞いた。
「……あのう? お兄ちゃん?」
ドアの外じゃなくとても近いので、びっくりした俺は頭を上げた。
机の向こうに、舞央のレオタードとタイツの姿が俺の目に入った。多分さっきまでずっと自室で自主練をしていたんだろう。
どうやら俺が集中しすぎて、舞央が部屋の中に入っても気付かなかった。
「何か用事か?」
「えっと、ちょっと相談したいことがあって」
仕方がないか。
俺は鉛筆を机に捨てて、苦戦していた問題を置いた。
「で、相談事は?」
「えっと、その……新しいバレエの先生のことなんだけど」
舞央は異常な努力を続けた結果、ついとある有名なバレリーナの気に入って、先日その人の弟子になった。
世界最高賞を取った、プロ中のプロだから、以前の先生より厳しいようだ。
「やっぱり厳しい? 辞めたいならいつでも……」
「そうじゃなくて。その……先生に、その、これからはパ、パンツを穿かないで、って言われた」
モジモジしていた舞央はようやく悩みを口にした。
「綺麗に体のラインを見せるために、バレリーナはパンツを穿かないって。でも……」
「恥ずかしい?」
「うん。その……お兄ちゃんは、ここが変に見えると思わないの?」
普段はパンツがあるはずの所を見せてくれる為に、舞央は俺の目の前に立ち上がった。
「ん……確かにいつもとちょっと違う気がする」
よく観察したら。
「やっぱり、だよね」
「でも別に変だと思わないよ。むしろあの先生の言う通り、昔の違和感が消えた気がする」
「うう……そうだね。先生が正しいって、私も鏡を見て気付いたけど、やっぱり……それとね、先生はダンスの時だけじゃなく、普段も穿かないでって」
プロのバレリーナはパンツを穿かない。
昔調べで聞いた時にちょっと疑ったけど、あれが本当のことか。
「バレエ教室の時はみんなも一緒だけど、学校に行く時は……」
「一人だけで恥ずかしい?」
「うん。私一人だけがこんな……」
「じゃ明日からは一人じゃないぞ」
俺は身を上げ、あるものを探しに行った。
「あっ。あった」
俺は着替えのパンツを取り出して、全部ゴミ箱に捨てた。
「お、お兄ちゃん! 何を……」
「見ての通り、ゴミを捨てただけ」
「ゴミ?」
「そう。明日から俺もパンツを穿かないから」
実は今すぐそうしたいが、流石に舞央の前にパンツを脱ぐのはちょっとあれだから、少しあとにした。
「まだ未開封の新品があるのに」
「もう用がないからただのゴミだ。違うのか?」
正直に言うと、今すぐ全部捨てないと残されたパンツに誘惑されて、ついまた身に付けた可能性もあるから、ここではっきり決断しないと。
「分かった。今日はありがとうね、お兄ちゃん」
舞央はすっきりとなった顔で、自分の部屋に戻った。
そしてあの日、うちに大量な燃えるゴミが発生した。
具体的に言うとパンツだった。男用と女用の。
どれも大量だった。
そんな光景を目にした両親は心配そうな顔で、俺に状況を聞いた。
「急にパンツを穿きたくなくなっただけだ」
舞央はバレエのことで、両親も理解したが、何故俺もそうなったのか受け入れなかったようだ。
あれから半ヶ月。
俺はいつも通り問題集を解いている時に、舞央が来た。
「あのう、お兄ちゃん? お父さんにこれをあげるって頼まれたけど」
俺はあれに一瞥した。
どこかの雑誌の文章だ。タイトルは「パンツを穿くメリット」。
「またかよ、オヤジのやつ」
俺の目はまた問題集に戻った。
あれからオヤジに散々言われた。
パンツを穿かなきゃいけないとか。パンツは体、特にあそこにいいとか。
パンツを穿くのは恥ずかしいことじゃないぞって。
いや、普通は穿かない方が恥ずかしいだろう。
「あの、お兄ちゃん? 私は仕方がないけど、お兄ちゃんは別に、こんなことで私に付き合う必要がないと思う」
「舞央に付き合う? 違うよ」
俺は鉛筆を止めて、目を前に向けた。
「俺はただノーパンの感じが好きになって、パンツを穿くことをやめた。パンツに縛られず、この開放感は堪らないぞ。舞央とは関係がない」
「でもお兄ちゃんって、そのせいで友たちの嘲笑を買ったことがないの?」
「あるよ。でも俺が堂々としたら、向こうも面白くなくて、直ぐやめた」
でもなるほど。
舞央も学校で似たような経験をしていたんだろう。
しかもこのくらいの歳の子供は特に危険だ。
本人が堂々としないと、相手も段々酷くなる。
その結果、よく無意識の間にいじめに発展して、当事者にトラウマを残すことになってもおかしくない。
「いいか、舞央。パンツに『ノー』と言うのは、俺達が生まれから持つ権利だ。誰でもそれを奪う権力がない」
「お、おお」
多分権利と権力をまだ区別することが出来ない年齢の舞央は頷く。
「つまり、そんなことで舞央を嘲笑う人間は友たちじゃない。居たらさっさと絶交しろ」
「あっ、はい」
「そして何を言われても、自分が悪くないからただ堂々とすればいい。分かった?」
「分かった。そうする」
これで大丈夫だろう。
舞央の背中を見送った俺はまた問題集に戻った。
――――――――
リリスと違って、舞央は情熱的な叫び声を受けなかった。
ただ拍手の方は負けなかった。
そして結果を決める時。
みんなが列に並んで、一人一人投票する。
投票は中央に置いた投票機(ドワーフ領の作品)で行う。
リリスと舞央は両辺に立っている。
リリスの前に黒いボタンがあって、舞央の前には白だ
ボタンを押したら、その人に一票を入れることになる。
そして二人の票数で、そのスクリーンに映る大きなバーは白と黒の比率が変わる。
何かのゲームみたいに。
先に投票したのは女性の観衆たちだ。
「みんな、同じ考えだね」
票を入れた睡魔の女性は結果を展示するバーを見て、感慨が深い。
バーは真っ白だ。つまり彼女達は全員舞央に票を入れた。
悪魔領の領民でありながら。
しかし、彼女達の投票は影響が有限だ。
多分今回の決闘は戦闘だと思われたせいで、今日の観衆は殆ど戦いに興味を持つ男性だ。
そして、
「やっぱり女の魅力というならおっぱいだな」
狼人の男性はそう言いながら、黒のボタンを押した。
これでもう黒五連だ。
そしてバーの黒の部分が進んで、もう白に勝って逆転になった。
ちょっと不味いな。
「おい、お前ら。どいてくれ」
「フレイドマルさん」
ダンスを終えた舞央は脱いだ服を拾って身につけたが、バレエの為に変えた靴と髪はまだそのままだ。
「おお、嬢ちゃん。ちょっと見ていられねーから、今から投票させてくれよ」
フレイドマル幹部領の領主の身分で、無理やり列に割り込んだ。
「一つだけワシに言わせてくれ。おまえら、あんな下品な脂肪の塊より、小さな嬢ちゃんの方が好きなやつも実は居るんだろう!」
「うわ。流石はロリコン」「変質者だ」「子供は流石にダメだろう」……
「嬢ちゃんはね、もうすっかり大人だぞ! 結婚もできる、子供も産める女だぞ!」
ちょっと生々しい話しで、舞央は少し顔を赤く染めた。
「えっ、マジ?」「いや、でも……」「こんな小さい子を孕ませるなんて最低」……
「どんな女がタイプか、個人の自由だろう。だから、他人からの圧力で、ロリコン呼ばわりされるのが怖い理由で、本心じゃない一票を入れるのは断じて間違ったことだ!」
白のボタンを押しながら、フレイドマルは叫んだ。
その後は……やっぱり黒のボタンを押す者は多数だ。
でも、
「やっぱり私は、マオウさんの方が魅力的だと思います!」
「ありがとう」
白のボタンを押した狐の頭の少年に舞央は礼を言った。
「ぼ、僕も! ロリコンと言われるのが怖くてずっと隠していたんですけど、実は僕、マオウさんみたいな女の子が大好きです!」
「あ、ありがとう」
ちょっと情熱的な犬耳少年に少し怯えたマオウ。
「ダンスも、見惚れちゃいました! だからその……僕と付き合ってください!」
舞央に頭を下げて、犬耳少年は手を伸ばしてくれた。
いや。まさかこの場で告白なんて。
「ごめんなさい。私、もう好きな人が居るから」
「そ、そうですね。僕こそ……すみませんでした!」
泣きながらこの場から逃げた。
そんな光景を見て、あれからまた告白するものは流石に居なかった。
こうして、舞央を支持するものも現れ、バーの白の部分も随分伸びた。
最後で投票する者は第一列に座っていた幹部領の領主たちだ。
もう舞央を応援すると約束したから、獣人領の領主以外は全員舞央に票を入れた。
その獣人領の領主は……
「ニーズヘッグ様はリリス様の常客ですからね」
「常客って……」
「淫魔ですから、そういうことですわ」
そういう関係なのか。
そして最後の結果は……
残念ながら、どうやら一票の差で負けそうだ。
結果を見て、会場は完全に静かになった。
その静けさを破ったのは、笑顔でリリスにお祝いした舞央だ。
「おめでとう、リリスさん」
「もう諦めたのでありんすか?」
「悔しいですけど、負けは負けです」
「だから、まだ終わっていないのでありんすわ」
「えっ?」
リリスは舞央、そして自分を指した。
「まだ二票が残っているのでありんすね」
「でも、もう意味がないでは……」
「だから諦めるのでありんすか?」
挑発するようなリリス。
「あんた、誰がより女の魅力を持っていると思うのでありんすの?」
「それは……」
舞央は何かを決めたようで、片手を白いボタンに置いた。
「当然私の方です」
「理由は?」
「女の魅力って、みんなにそれぞれの基準があります。私も、胸が大きい子が羨ましい時期がありました。でも私はようやく気付きました。女の魅力というものは、自分自身の基準で判断するものです。そして私の本当の基準は世間ではなく、たった一人の目です」
そして手に力を入れて、舞央はボタンを押した。
「傲慢かもしれませんが、その人の目では、私はこの世界、いいえ、全ての世界の女に負けない自信があります」
「なるほど。では最後はあたいの一票でありんすね」
そう言って、リリスは舞央の前に歩いて、ボタンを押した。
「では、今回の決闘の勝者は人間のお嬢さん、ワタライマオウ様でありんすね」
「えっ? ええ?」
そう宣言したリリスと戸惑う舞央に、観客から盛大な拍手を送られた。
「なんで?」
「あんたの方がより女の魅力を持っていたと、あたいもそう思うのでありんすからね」
「そうなの?」
「そうよ。あたいもさっき告白した坊やと同じように、あんたのダンスに見惚れたのでありんすからね」
リリスは笑った。
「あんたのダンスから、必死に自分の魅力を磨いた痕跡が見えたのでありんす」
「恐縮です」
「そしてあたいは、自分の魅力を磨くために必死に努力する女が結構気に入るのでありんすよ。そんなあんたが魔王になったら、あたいもいいと思うのでありんすわ」
「あ、あのう? リリスさん? ちょっと近いです……」
おい、リリス。これ以上胸を前に張るな。
それとも、本気でそのおっぱいに舞央の顔を埋めるつもりか?
「まさか今日は告白現場を目撃しましたわね。意外でしたわ」
その光景を目にしながら、俺が隣のメランサに声をかけられた。
「そうだな」
「しかも二回の告白ですわね、アラト様?」
「うん……」
舞央は犬耳少年に告白された。誰でも見れば分かる。
でも同時に、舞央からの答えも、ある意味で告白と同じだ。
この
「こんな大勢の前で告白するなんて、普通じゃ出来ませんわよ」
そうだな。普通じゃない。
少なくとも俺は出来ないと思う。
そう思ったら、さっきの犬耳少年が結構凄い人間かもしれない。
「アラト様も、真剣に答えてあげなくてはね」
「そうだな」
「そうじゃなければ、いつかマオウ様が取らますわよ? 考えて見てください。もし最初の一回は告白した者がその少年ではなく、アラト様の世界の……ザイバツ? のイケメン御曹司だとしたら?」
「嬉しいだろうな」
「えっ?」
「俺、舞央がそんなやつと結婚するって、ずっと昔から欲しかっていたな」
「えっ? それ、本気に言っていますか?」
多分意外な答えを聞いて、メランサは少し呆れた顔だ。
「俺の世界じゃ、それが一番幸せな道だろう。ついでに俺の面倒も少し見てくれそう」
舞央にとっても俺にとっても、一番理想的な未来だ。
「いや、その……アラト様もただ言っているだけですわね? どうせそんな告白が実在しませんからって」
「確かに告白はなかったな」
「ですよね」
「でもプロポーズはあったよ」
「えっ……じゃその結果は? まさかアラト様って、本当に喜んでマオウ様を譲りましたの?」
「譲るなんて、舞央は俺のものじゃないぞ」
「ええ……つまり」
「まあ」
俺は一言を補足した。
「もしその告白してくれたイケメン御曹司に、もう婚約者が居たのではなかったら、な」
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