第14話 悪魔との決闘はノーパンで ①

 宴会と撮影会が終わって、俺たちはそのままドワーフ領に泊まった。

 二人部屋だから、俺と舞央、ウンディとメランサの組にしたはずだが、今護衛のウンディはいつも通りに俺と一緒の部屋に居る。

 寝る時はその巨剣に乗って見えない所で休むが、その前はこうして傍に居る。


 この世界でも、護衛が部屋の外で待つのは一般常識だと、俺は念の為メランサに確認した。

 でも残念ながら、ウンディはウンディで、一般常識が通用しない。


「サイズはどう?」


 俺はフレイドマルから貰ったトウシューズを舞央の足につけた。

 昔はよくしたことだが、久しぶりだから流石に少しぎこちなくなった。


「ピッタリ。こういうのはちょっとおかしいかもしれないけど、やっぱりこれ、あの時私が履いたそのものなんだ、と気がする」

「実は俺もそう思う。どう見ても」


 この靴、舞央が国際大会に出た時に、俺がこの手で履かせたたそのものにしか見えない。

 色も。形も。中に外国語で表示されるブランドも。何もかも変わりがない。


 でもあれ、確か舞央の先輩が舞央の出演の為にわざわざカスタマイズしてくれたものだった。

 そう考えたら、数分しか使われなかったので、殆ど新品のままだったことも、今の状況に良く合う。


 でも大会が終わった後、約束通りに直ぐ先輩に返したはずだ。

 どうしてこんな所に現れたのだろう。


「じゃ始まるよ。新人はしっかりと観客になって」

「へいへい」


 多分この懐かしいものを手に入れた原因で、舞央は久し振りに少しバレエをやった。


「どう?」

「相変わらず凄いものだ」


 美しい妖精のようだ。


「でも久しぶりだから、ちょっとだけぎこちなくなったよね」

「確かに最初の所はいつもとちょっと違う感じがしたが」


 俺はダンスについて何も知らないが、ただ今まで舞央のバレエを何度も何度も見たから、こうして違和感くらいは感じた。


「その後は完璧だぞ」


 でも後半はもう準備運動が終わって、すっかり昔の感じを取り戻した。


「ウンディちゃんは初めて見たよね。何か感想は?」

「えっと、マオウ様の、その……バレエ? という技って、本当に凄いです」


 そう言って、ウンディは片足を上げようとしながら、爪先で立った。


「ウンディは上手くできませんね」


 一瞬はできたけど、上手く維持出来ず直ぐ元通りになった。


「足指が折れる覚悟があるなら多分できそうですけど」

「その、ウンディちゃん? こんなものを模倣しない方がいいよ。危ないから」


 やる前に沢山の基礎訓練が必要だ。


「この技でこの後の決闘で悪魔に勝ちますね。流石はマオウ様です」

「いや、これは戦いの技じゃないから、決闘で使うものじゃないよ……」


 幹部から支持を集めることは今日で順調だった。

 もう順調すぎると言える。

 でもこれからはそう上手くいかないかもしれない。


 これは悪魔領の領主から提出した、舞央を支持する条件は簡単だ。

 大勢の観客の前で、決闘で向こうを勝つこと。


 メランサの情報によると、悪魔領の領主は唯一の赤目の幹部(メランサ以外)として、戦闘力で一番弱い幹部らしい。そして、


「領内でもとても強いやつとは言えませんが、それでも領主ですわ」

「実力は戦闘だけじゃないからな」

「その通りですわ。実際、淫魔のリリスは仕事の原因で、全魔王軍の男性の間に大人気を持っているそうですわ」

「えっ? 淫魔? それに、仕事ってもしかして」

「多分アラト様が想像している通りだと思いますわ」


 マジか。


「領主になったのも、ある意味で外交が得意なのが原因なのか?」

「否定できませんわね」

「まあ、得意なのは戦闘じゃないのは助かるけど」


 ウンディの高速飛行と今まで順調すぎた交渉のお陰で、エルフ領とドワーフ領の領主たちとの用事は予定より早く終わった。

 次の目的地に向かうまで時間が余って、俺たちは少しだけドワーフ領でゆっくりするとと決めた。


 その間に舞央がバレエをやると聞いて、フレイドマルは直ぐ適切な環境を用意してくれた。

 その代わり舞央のダンス姿を一杯撮ったけど。


 ――――――――


 悪魔領はドワーフの直ぐ南で、とても近い。

 お陰で直ぐたどり着いた。


「よく来たのでありんすね」


 指定された目的地は大きな……闘技場? みたいな場所だ。

 観覧席にもう魔族が一杯だ。

 その中に色んな種族の姿が見えるが、やっぱり一番多いのは獣人だ。

 そして一番前の列は、


「よお、嬢ちゃん! また会ったな」

「フレイドマルさん!」

「こんにちは、人間のお嬢さん」

「シルフィーさんまで!」


 シルフィーは翼が付いている悪魔に運ばれた巨大なバスケットから出た。


 フレイドマルは近いから普通に来たが、シルフィーは意外な交通手段で来たようだ。


 悪魔領って、名前が凄いと聞くかもしれないが、領民が殆ど淫魔や睡魔、そして小悪魔みたいな戦闘能力が弱い種族だ。

 前線にあんまり出ない代わりに、全員が羽を持っていて、魔王軍の後方勤務隊によく姿が見える。

 そこで色んな荷物を運ぶ。例えば今回のシルフィー。


「良かったですね、マオウ様。フレイドマル様の所でも順調だったと聞きました」

「領地は仲が悪いと聞いたが、領主がこうして平和で一緒に座っているんだな」

「前も言ったが、個人的にワシは構わんぞ。むしろエルフ領の新しい領主がどんなものか結構興味があるんだな」

「そうなのですか?」

「随分綺麗な美人じゃん。写真を撮らせていい?」

「いいけど……えっ、美人? もしかしてその興味って、この体のことですか?」


 何故かシルフィーはちょっと引いた顔だ。


「ワシ的じゃもう少し小柄の方がいいけど、今のままじゃでも魅力的だぞ」

「げっ。やっぱり噂の通りのロリコンさんですか?」


 仲が悪い二つの領地の領主を見て、どこが噛み合わない気がするけど、一体どこか俺にも良く分からない。


「せっかくなので、幹部全員を招待したのでありんすね」

「えっと、全員って、つまり」

「君が次期魔王の座を目指すものなのか?」


 舞央の推測通り、最後の幹部が現れた。


「はい。その……」

「獣人領の領主、ニーズヘッグです。今日はいい勝負を見せてくれ」


 同じ第一列に居る、体が鱗に覆われて、翼を持つ竜人は随分威厳のある声をしている。

 メランサから聞いた、その魔王軍で唯一の緑の独眼も実力を示している。


 こいつとも事前に手紙で連絡したが、全く返事が来なかった。

 ずっと待っていても仕方がないので、俺は「じゃ今はこいつの一票を諦めよう」と提案して、今回の旅が始まった。


「おや。あたいは自己紹介を忘れたのでありんすね。悪魔領の領主、リリスでありんす。よろしくお願いでありんす」


 この背に黒い羽を持っている、肌の色がちょっと暗いお姉さんは、その……服は布の面積が少なさすぎて、ちょっとだけ目の置き場に困る。


「ワタライマオウです。よろしくお願いします」

「よろしく。では」


 その竜人は最低限の挨拶を終わりにして、直ぐ席に帰った。


「もう全員が揃ったので、そろそろ始めてもええよね?」

「はい」

「では」


 舞央から返事を貰って、リリスは闘技場の中央に歩いた。

 魔法で後ろの観衆にも聞こえるような大声で宣言した。


「皆様。お待たせたのでありんす」


 観覧席、主に男性の観客から凄い歓呼の声。

 随分人気があるようだ。


「ご存知の通り、これからあたいは次期魔王の座を狙う、そちらの人間の女の子と決闘するのでありんす。決闘の形に関してでありんすね……」


 リリスは笑った。

 こっちの俺……いや、俺の傍に座っている舞央に。


「暑苦しい男同士の決闘じゃあるまいし、戦いより、やっぱり女の魅力の決闘でありんすね」

「「おおおお!」」


 また男性観客の声だ。


「具体的に、これからあたいとそちらの人間のお嬢さんはそれぞれこの舞台でダンスをして、自らの体で女の魅力を示すのでありんす。そしてみんなはより魅力的な方に一票をあげるのでありんす。分かりやすい、女の決闘でありんす」

「えっ?」


 驚いた顔の舞央。


 観客も殆ど戦いを見に来た男性のはずだ。つまり観客たちにとっても予想外のことだ。

 でも観覧席から、主に男性観客叫びはこの臨時変更を通らせた。


「まさか……向こうの計画通りですわね」


 俺も、騙された気分だけど。


「でもダンスなら、不利になるとは限らないよ。そうだろう、舞央?」

「そうね」

「まあ、それならいいのですが……」


 舞央も、メランサを安心させるように微笑んだ。

 その心配するような顔を見ると効果がないと分かっているけど。


 そしてリリスのダンスが始まった。

 そのダンスは、何というか、露骨的に艶っぽい体を展示するものだ。

 特にその揺らんでいるおっぱい。随分観衆の目を引く。


「あのう、マオウ様? アラト様って、もしかして女性に興味がありませんの? それとも男性として、その……」


 メランサは舞央に聞いた。


 おい、メランサさん?

 こっそりと話すつもりだろうが、全部俺に聞こえたぞ?

 話し相手の舞央は俺の隣だから。


 ってなんでメランサがこんなことに興味があったのよ。


「どうして?」

「だってほら、普通の男性ならああなるべきでしょう?」


 メランサはリリスのダンスで興奮している観客を指した。


「それとも、実は我慢していますの?」

「していないと思うよ。あれは普通の新人だから」

「じゃまさか……」

「それもないと思うよ。多分」

「多分って……」

「メランサさんの心配事は分かるよ。大丈夫。きっと、新人の目では、こんな淫乱な女よりメランサさんの方が百倍魅力があるから」

「えっ? いや、そんなこと……」


 こんな内容だから、俺は聞こえなかったふりをすると決めた。


「「おおおお!」」


 そしてその瞬間、観客たちは今まで一番高いテンションになった。

 そのテンションを上げたのは、


「おい。もうほぼ全裸だろう。やってくれるじゃねえか」

「これ、大丈夫なの?」


 フレイドマルが叫んだ通り、元々布の少ない服だったのに、リリスは観衆の目の前にそれも脱いだ。

 残されたのはただの下着と、スカートと言うより何も覆っていない細い布切れだけ。


 しかもその下着って、面より線の感じだ。

 ブラは乳首だけを覆って、もうその巨乳が丸見えって感じだ。

 パンツもただの縄にしか見えない。

 十八禁の限界を挑戦するつもりか?


「あいつなら大丈夫だぞ。できる限り身につけたものを減って、体そのままを見せる。それが体の魅力を示す自信だって思うやつがこの場に結構居るぞ」


 周囲の反応を見ると、フレイドマルの解説が本当だと理解する。


「でもそうやって、嬢ちゃんの方が大丈夫じゃなさそうな。あいつと同じレベル、いや、あれより大胆なことをしねえとね」

「えっと、つまり、私も脱がなきゃダメなの?」

「もし本気に勝つつもりだったらな。でねえと自分の体に自信がないと思われ、そのまま負けるんだぞ」

「でも、あれよりって」

「そうだな。もうノーパンの程度じゃなきゃ勝つ希望がんねーんだろう」

「分かった」


 マオウは難しい顔がなく、平然にそれを受けた。


「私、負けられないから」

「おほー? これはいいものが見られそうな」


 フレイドマルは興味津々の様子で、もう写真機の整えを始めた。

 狙いはバレバレだが、まあこれくらいはいいけど。


「では、あたいはこれで。次は人間のお嬢ちゃんの番でありんすね」


 アイドルのファンみたいな観衆からの拍手と叫び声と共に、リリスのダンスが終わりを迎えた。

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