第13話 ロリコンのドワーフ

 メランサの魔法のお陰で、こんな速度で進んでいる巨剣に乗っても平気で喋られる。


「魔族になった前に、シルフィーさんはどんな人間だったのかって、少し教えてくれないのか?」

「確か、アルフヘイム王国の公爵令嬢でしたわ。それ以上は聞きませんでした」


 魔族のみんなは殆ど思い出したくない過去があって、お互いに深く探らないのは約束らしい。


「あっ、そういえばシルフィー様って、魔王軍に入ったのは七十年くらい前でしたわね。もしかしたら、ウンディーネ様に何か知ることがありますか?」

「う……ウンディの記憶には何もありませんけど」


 まあ、小さい頃のことだから仕方がないか。


「じゃこれから会う予定の、ドワーフ領の領主のことに関して、少し教えてくれないのか?」

「フレイドマル様ですね。唯一の青目を持つドワーフとして、実力が領地最強ですわ」


 実力主義の魔王軍らしいことだ。


「そして噂で、凄いロリコンのようですわ」

「えっ」


 聞いたら不安しか感じられない単語が出た。


「具体的に、よく小さい女の子に色んな格好をさせて写真を撮る、と聞きましたわ」

「それ、ちょっと危なくない?」

「本人はそれが芸術的な美しさで、一切情欲が含まれていませんと宣言しましたけど」

「怪しい」


 よくある言い訳にしか聞こえない。


「でもわたくしはそれが本当だと思いますわ」

「理由は?」

「あの人がまだ人間だった頃のことを少し調べましたから。女性の好みが少し変わった人間で、歳を取った婦人にしか興味がありませんでした」

「えっ」

「やがて多数の権力者の奥さんや愛人に手を出して、単なる死罪でも気がすまない偉い人の怒りで、人が知らずに魔族にされる羽目になりましたわ」

「でも、魔族になってから女性の趣味が変わった可能性も……」

「確かに。それでもアラト様が心配するようなことが存在しないと思いますわ。だって、」


 メランサは後ろから俺の耳元で理由を教えてくれた。


 なるほど。

 でも結論を出す前に、この目で確認させてもらう。

 舞央の貞操に関わりそうな問題だから。


 魔王城を超えて直ぐ、北がドワーフ領で、南が悪魔領だ。

 途中で昼の砂漠を体験したが、メランサの魔法のお陰で暑さは全然平気だった。

 そして今回も、ウンディの「ゆっくりした」高速飛行のお陰で、日が完全に沈んだ前にもう目的地に到着した。


「さあ、飲め飲め!」


 そこで噂のロリコンじじいが肉料理と大量の酒で俺達を歓迎してくれた。

 しかし、


「俺、お酒を飲まない人間なんだけど」

「私も。まだ酒を飲む歳じゃないから」

「ウンディには護衛の仕事がありますから、お酒は飲めません」

「なんじゃこれ! せっかく今日は可愛い子がいっぱい来てくれたのに!」


 口から漏れたその理由で、こいつは結構テンションが高い。

 そして多分同じ理由可愛さで、魔王軍の敵だったウンディの正体を知っても歓迎してくれた。


「メランサも無理をしなくてもいいよ」

「でも、せっかく向こうがこれほどお酒を持ち出しましたし、一人に飲ませるのはちょっと可哀想ですわ」

「そうだぞ! お酒で顔に赤を染めた小さい子って最高だぞ!」


 でも吸血鬼のメランサはどれだけ飲んでも顔色に変わりが全く見えない。

 その代わりにこのじじいの方はもう顔が随分赤くなった。


 多分お酒が予想より進まなかったので、クソじじいは次の段階に入って、後ろの大きなクローゼットを開けた。


「それに、これからは楽しいことをするからな!」


 そこから目に入ったのは、多分プロのコスプレイヤーのクローゼットの内部の光景だ。


「これは……」


 舞央は驚きすぎて、目が丸になった


「そうだぞ、嬢ちゃん」


 噂のロリコン、フレイドマルは舞央に笑った。


「約束の通り、このあと少しワシに付き合ってくれたら、一票を入れてあげるぞ」


「事前連絡の通りですわね」、とメランサは呟いた。


 旅の前に、メランサはコウモリの使い魔で全ての幹部と事前連絡をした。


 エルフ領の返事はかなり友好的だった。ドワーフ領はちょっと変な条件だったが、それを聞いた舞央は直ぐ了承すると決めた。

 俺も同意したが、ここへの途中でクソロリコンじじいの噂を聞いたら流石に少し考え直した。


「分かりました。では……」

「おい。その前に」


 俺は会話を中断させた。


「誰じゃおめえ?」

「いや、さっきも自己紹介をしたんだろう」

「さあ。男の名前に興味がねーから、用もねー」

「でも、俺のことを聞かないと舞央の写真が手に入らないぞ?」

「はー? おめえには関係がねーだろう? そうだろう、嬢ちゃん?」

「えっと、新人が嫌なら……」

「くそ。何で嬢ちゃんがこんな萌やし眼鏡の話を聞くんだ……」


 意外な展開に不満なフレイドマル。


「分かった、さっさと用事を言ってやれ」

「じゃ、ちょっと個室で話をしよう?」

「何でワシがわざわざ……分かった、もう分かったからさっさと行け」


 舞央の顔色を伺って、フレイドマルは不本意ながら俺に従った方がいいと判断した。

 こうして二人きりの状況を作った。


「さってと、舞央の写真を撮る前に、あいつの兄として確認したいことがある」


 そのことは


「少し、ここで脱いでくれない?」

「はあ? ワシの腹筋に興味があるのか?」


 ない。

 そもそもそこに腹筋じゃなく、脂肪しか存在しないと思うけど。


「違う。上じゃなくて、下を脱いでくれ」

「おい、坊主。ワシにそんな趣味がねーぞ」

「俺もねえから、顔を赤くするな!」

「いや、これは酒のせいで」


 とにかく早くしてくれ。

 俺も酒臭いじじいと同じ部屋に居たくないから。


「早く脱がないと舞央の写真がなくなるぞ」

「はあ……分かった、やればいいんだろう、やれば!」


 ――――――――


 俺がそれを確認した後、舞央は予定通りに、フレイドマルの着替え人形になった。

 色んな服を身につけ、色んなポーズでフレイドマルに写真を撮らせた。

 メイド服。セーラー服。巫女服……

 何で異世界にもこんなものが色々とあるんだよ


「もう少し曲がって、もう少し!」

「こう?」


 もう丸になった舞央更に体を曲げて、頭がもう太ももの位置に到達した。


「そう……おほ! ここまで出来るなんて、おめえ、体がどれだけやわらけーよ!」


 フレイドマルはますます興奮になって、写真を撮る音が止まることがない。


 何だか、あいつは舞央の限界が見えなく、段々頼みがエスカレートしている。


「じゃ次は最後! 最後としては……やっぱりもう一回、最初のあれをやってくれ!」

「分かりました」


 注文された通り、白レオタードと白タイツとトウシューズの姿の舞央はI字バランスを維持している。腕には薄い長手袋。


 あれ。

 これ、あいつのコスプレ服じゃなく、舞央の本来の服だよな。

 靴以外だけど。


「よし! これで終了」

「ありがとうございました」

「これがいいな! ほらおめえ、見てよこれ! こんな姿勢でもできる女の子なんて、ワシは初めて見たぞ!」


 俺はずっと見ていたけど。


 色んな服の姿で、色んな柔軟さを求める高難易度のポーズをした舞央の写真を見せながら、フレイドマルは口が止まらない。


「これも! そしてこんなに堂々と体の芸術を見せる子なんて、珍しいな。恥ずかしい姿の女の子もいいんだが、流石にもう沢山見たから……」


 まあ。国際大会を含めて、舞台に上がることはとっくに慣れたから、流石にこれくらいで恥しがることがない。


「あの時は色んな困難があったが、全てを乗り越えてこの『シャシンキ』を作り出して良かったな、と改めて今は思うぞ」

「あのう? フレイドマルさん? これ、返してあげます」

「いいんだ。嬢ちゃんにあげるから」

「いいの?」

「よくわからんが、別の子にも試して履かせたが、着心地が悪くて随分評判が良くねーみたいが、お嬢ちゃんは随分と気に入ったようだな。何故かサイズもピッタリみたいだし、これは何かの運命だろう」

「運命……そうですね。では、有り難く受け取らせてください」


 俺も気になって、フレイドマルに聞いた。


「それ、どこから手に入ったの?」

「これは、ほら、我々魔族と取引をする人間も存在するんだろう? あいつはシラユリ共和国の闇市でそれを見つけて、ワシの好きそうなものだと思って買い取った」


 シラユリ共和国に現れたのか。

 覚えておこう。


 その後、フレイドマルは俺達に少し領地を案内してくれた。

 最後はドワーフ領の名物、ゴーレムを見せてくれた。


 ゴーレムは城の再建の時も見た。

 ドワーフのパイロットが中に入って、色んな作業をしていた。

 でも今ここにあるのは民間用のものだけじゃなく、軍事用のものも一杯ある。


「操作者の魔力が必要か。やっぱり魔道具じゃよな」

「神じゃねーから、作るわけがねーだろう。そんなことより、ワシは教会の『サツエイキ』を再現したかったが、全然無理だった」

「本当にゴーレムより撮影が好きだな」

「そうだぞ。実はワシ、こんな武器には興味がねーんだよ。あんなものより、可愛い女の子やお菓子の方が好き」

「お菓子? じゃ、エルフ領にシルフィーというものを、聞いたことある?」

「当然じゃ! あいつのお菓子って絶品じゃからな! でも色んな原因で、ワシの領地はエルフ領と仲が良くねーから……」


 フレイドマルの話によると、ドワーフ領の領民は殆ど旧エデン帝國、今のシラユリ共和国の出身で、エルフ領は殆どアルフヘイム出身だ。

 そして昔の両国はあんまり仲が良くなかったので、戦争も時々行われた。


 更に言えば、ドワーフは道具を作って、それを使うのが好き。でもエルフは魔法や弓術みたいな、自身の力に頼る。

 ドワーフは酒が好き。でもエルフはジュースを飲む。

 ドワーフは腹が太るもの多いが、エルフは細身のものが多い。

 あとは……


「でもワシから見れば、こんなの、全然大したことじゃねーんだ。一緒に生活しても構わんぞ」


 やっぱり領主としての器があるんだ。


「なにせ、エルフ領は可愛い子が一杯だぞ!」


 前言撤回。


 でもまあ、フレイドマルへの印象はクソロリコンじじーからちょっと変わったかもしれない。

 メランサに教えられたことを確認した前提で。


 あの時メランサから聞いたのは、


「フレイドマル様は魔族にされたことだけで権力者の怒りが収まらなく、同時に宮刑きゅうけいを受けましたわ」


 こいつ、歪んだ性癖で色んなお偉いさんの女に手を出しっぱなしで、去勢された羽目になったから、舞央のことを変な目で見る心配が無用だ。

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