第12話 少子化のエルフ領

 魔王選挙の票を手に入れるために、今日から各幹部領に回る一行四人は今ウンディの巨剣に乗っている。


 席の順位は、巨剣を運転するウンディが一番前で、メランサが一番後ろで乗り心地を良くする為に魔法で空気の流れを操作する。


 高さは、もっと高くした方がより速くなるけど、俺たちはたった数メートル程度にした。高すぎると怖くなるから。

 速さは……今回はウンディ一人ではなく、他の乗客も居る為、速すぎる危険だからって、ウンディは自らゆっくりと進むと提案した。

 確かにその提案に乗ったはずだが……これ、少なくても高速道路の自動車より遅くない気がする。

 お陰で予定より早く初めての目的地、エルフ領にたどり着いたけど。


 今の魔王軍の東の部分は吸血鬼領とエルフ領という二つの領地だけだ。

 昔は色んな領地もあったが、西の獣人領が成立してから、東に居た兎人以外の獣人も全部西に移動して、そっちに入った。

 そしてエルフ領は吸血鬼領の近隣で、吸血鬼領地より西だったから、残された無人の土地は吸血鬼領に接することがなく、殆どエルフ領が引き継いだ。


 その結果、メランサの領地より、今のエルフ領の方は面積が全然大きい。

 でも殆どが砂漠で、住民も吸血鬼領と接する部分に集中している。


「はい、どうぞ」


 自己紹介を終わりにしたら、このシルフィーというエルフがジュースとお菓子を持ち出してくれた。


 シルフィーは一人暮らしだが、工房がかなり大きい。

 この接客室もただのおまけみたいで、メイン施設はそのメランサが今見詰めているドアを通ってから始まるらしい。

 そこの大きさは「領民全員を収める」と本人が言った。


「それにしても、手紙を読んだ時はまだ信じられませんが、まさか本当にウンディーネ様を味方にしましたね。流石はメランサ様」


 シルフィーは一番興味を持つ相手が元勇者であるウンディらしい。

 体の隅々まで観察している。

 でもウンディの方はいつものように無反応で、そのまま観察される。


「わたくしがしたことではありませんわ」

「えっ? じゃもしかして……」

「その通りですわ」


 俺と舞央に向けてくれたシルフィーの視線をメランサは肯定した。


「シルフィーさんってもしかして、ウンディちゃんのことをご存じですか?」

「我々エルフって長生きですからね。メランサ様には及びませんけど」


 ウンディは元勇者として、大勢の魔族に見られたらちょっと不味いことになりそう。

 でもわざわざ姿を隠さなくても無意味だってメランサが判断した。

 一つは、ウンディはもう五十年以上に姿が現れたことがないので、顔を知るものは殆ど居ない。

 もう一つは……どうせ姿を隠しても、その巨剣で直ぐバレる。

 つまり、必要もないし効果もない。


「先月の戦争に応援をしていただき、ありがとうございました」


 メランサはお礼を言った。


「いいのですよ。どうせメランサ様の領地が侵入されたら、ここも蹂躙されてしまうのですから」


 エルフの領地はメランサの領地と結構仲が良いと聞いた。

 実際に見たら噂の通りだ。


「それにしても、今日は何のために来たのですか?」

「それは」

「少し当ててみよう。もしかして、次期魔王のことですか?」


 メランサの話が終わる前に、シルフィーはテンションが高く、勝手に話を進んでいる。


「その通りですわ」

「はは、冗談ですから、メランサ様は興味がないって分かっていますから……えっ? うそ、本当に?」

「本当ですわ」

「まさかあのメランサ様がついに! 魔王をやりたくなったのですって! どういう心境の変化ですか? やっぱり先代の……」

「わたくしではありません。次期の魔王になる者はこの方ですわ」

「えっと、確か、ワタライ様、ですか?」


 シルフの視線はようやくメランサから離れた。


「はい。でもここにワタライは二人が居ますから、マオウと呼んでください」

「いや、でも、その呼び方はちょっと……まあいいか。どうせこのエルフ領にメランサ様の決定に反対するものが居ませんから、今からマオウ魔王と呼んでも構わないと思います」

「そうなんですか?」

「そうですよ。何せ先月の魔王城防衛戦で先代領主は先代魔王一緒になくなって、みんなは『いっそメランサ様に領主をやらせばいいんじゃない?』という意見ですね」

「そんなことをしてもいいんですか?」

「まあ、獣人領の前例もありますし、大丈夫でしょうか」


 魔王軍の幹部領の一つ、獣人領。

 今はそう呼ばれるが、昔は竜人領という名で、領土範囲も竜人達が住んでいた一番西の辺だけだった。

 でも竜人領の領主は段々周囲の領地を服従させた。時は交渉で、時は暴力で。

 そして気付いたら、もう色んな獣人の領地と、オークやゴブリン領の領主たちを全部自分の配下にした。

 魔王軍の西の部分もこうして、殆ど自分の領地になった。


「でも流石に幹部領の合併は先例がありませんわ」

「きっと大丈夫ですよ。メランサなら、この魔王軍に反対するものが居ないと思いますよ?」

「でもそうなると、この幹部領の一票はどうなるんでしょう?」

「それは……確かに」


 そのままメランサのものになる可能性もあるが、反対されてもおかしくない。

 多分最後はまた幹部会議の投票で決めるんだろう。

 つまり不確定だ。


「それに、領主の座を狙っている者達も嬉しくないでしょう」

「そんなもの、この領地に一人も居ませんよ?」

「はっ? まさか、一人も?」


 驚いた顔をしたメランサ。


「みんな、権力なんかに全然興味がありませんからね。今日の面会も、どいつもこいつも、『魔法の研究が忙しくて時間がない』、『新しいポーションのインスピレーションが涌いてきたから工房から出られない』って、『だから若者に任せた!』と言いながら全部私一人に押し付けた」


 魔法、薬、弓術はエルフの得意な領域だと聞いた。


「もう! 私だって、新しいお菓子を開発したいのに!」


 でもエルフの得意分野の中にお菓子の開発は含まれていないはずだ。

 多分種族じゃなく、個人的な趣味だろう。


「そうですね。いきなり大勢な人の意見を代言するって荷が重いですね」

「あっ、そこまで重いことじゃありませんよ?」


 舞央はシルフから意外な答えをもらった。


「お嬢さんは多分知らないと思いますけど、エルフの領地に人口がかなり少ないですよ。具体的にいうと、先月の戦争の後でもう二百人未満になりましたね」


 確かに人の気配をあんまり感じなかった。

 この辺も、シルフの工房以外の建物が全く見えない。


「それにこのエルフ領って、少子化の問題がかなり深刻ですよ。みんな、それぞれの研究に没頭して、子供を作る気が全然見えませんね。もしまたエルフにされた人間の罪人が居なければ、このまま本当に人口が増えることがないでしょう」


 まさか異世界にも少子化の問題があるなんて。


「昔は砂漠の中のオアシスにも人が居ましたけど、今はもうすっかり無人地域になりましたね。だから、いっそメランサ様の領地と一つになろう! とみんなは本気で思っていますよ」

「でも、エルフではないわたくしが領主を務めるのは流石に」

「メランサ様だって、これから魔族じゃないこのお嬢さんに魔王を務めさせるつもりでしょう?」


 返す言葉がなくなったメランサ。


「あのう……このままシルフィーさんが領主になるのはダメですか?」

「私ですか……何だか気が向きませんね」

「そうですか」


 断られた舞央。


 このままだと、エルフ領の一票を持つ人が居なくなる。

 もはやどうやってそれを手に入れる前の問題だ。


「でも……ねえ、人間のお嬢ちゃん」

「はい?」

「もしあなたが魔王になったら、この魔王軍にこの元勇者みたいな人間も楽しく生きる未来を作ってくれますか?」

「作ります」

「んー? どうしてそんな無駄なことを?」

「無駄ではありません。私は魔王を目指すのは、同じ人間でありながら魔法が使えない新人と一緒に居られる場所が欲しいですから」


 舞央の力のことは事前に手紙で説明したが、俺のことは前に決めた通り、無力な人間にした。


「なるほど」


 目を瞑ってそして少し考えたシルフィーは決めた。


「分かりました。それでは、この件は私にも手伝わせていただきます」

「えっと、つまりシルフィーさんは新しい領主として……」

「はい。お望みでしたら、今から私が務めます。しばらくお菓子作りの時間が減るのは残念ですが」

「助かりましたわ、シルフィー様。みんなにもありがと、と伝えてください」


 メランサは残りのジュースを飲んで、また工房へのドアに目を向けた。


「ええ。きっと」

「今回の新品も、美味しかったですわ」

「本当! メランサ様に褒められたら、頑張って開発した甲斐がありますね」


 途中で目的がシルフィーを説得し、領主の座を受けさせることになった気がするが、これで一票を確保した。


 そして俺達はまた新たな目標、ドワーフ領に向かった。


「本当に大丈夫なの?」


 何だか上手く行きすぎて、巨剣に乗って俺はメランサに聞いた。


「領民のみんなはシルフ一人に任せたとか言ったが、自分に都合が悪い展開になったらまた不協力的になるんじゃないの?」


 面倒くさいから全部任せたが、後でまた不満ばかりだ。

 世の中は大体そんな展開だ。


「その心配は要りませんわ。実はさっきその場に、エルフ領の全員が居ましたわ。そして反対するする者が出なかったのは、あれがもう全員の意志だと認識してもいいですわね」

「なるほど。でもまさか全員がそこに居たなんて」

「流石にあれだけの青目級のエルフが居れば、わざわざ探知魔法を使わなくても分かりますわ」


 ――――――――


 四人の一行がもうシルフィーの家から離れた。


 残されたシルフィーは身を上げ、そのドアを開けて、中に入った。

 目に入ったのは、この領地の全ての住民だ。


「もう全部聞きました? ウンディーネ様のことも全部本当ですって」


 別れた時あんな風にみんなにお礼を言ってくれたメランサは、きっともうとっくにこの集まりに気付いたはずだ。


「というわけで、エルフ領はもう巻き込まれました。意見がある人が居ますか? 言っておきますが、あっても聞きませんよ。全部私にお任せって言ってくれましたから」


 この場に居る者は全員、面倒なことが嫌いなエルフだ。


「ああ、もう直ぐ面白い魔法が作れそうなのに」


 一人はジュースを飲んで、文句を言った。


「でもまあ、ウンディーネ様のことなら、仕方がありませんね」

「僕も。そろそろ弓術に新しい突破がありそうですが、しばらくほっておくしかありませんか」

「私も、……」


 文句を言っても、関わりたくない者が居ないようだ。


 まあ、そうなるね。

 名目はシルフの新しいお菓子の発表会だが、普段なら自分のことにしか興味がないエルフは十人を集めるのも難しかったけど、今日は領地の全員がここ来た。

 この領地の皆にとっては、そこまで大事なことだから。

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