第11話 兵器少女 ②

 世の中に、進展が計画より遅くなるのはよくあることだ。

 この世界の工事も。


 でも、この城は再建が予想以上に捗る

 普通ならありえないはずだ。

 建築の経験があるウサミも当然、そんなことを知っている。


 こうなったのは色んな原因がある。

 その中に、やっぱりこのスク水少女の存在が大きい。


 剣に乗って、素早く材料を高い所に運ぶ。

 凄い腕力で、巨大な岩でも平気で運んでくれる。

 その剣で簡単に大きな石を綺麗に切断する。

 ドワーフ領から工事用のゴーレムを買ったけど、ウンディーネと比べたらもうあれが全然使えない気がする。


 こうなったら、何かお礼をするのが筋だとウサミは思う。


「何か欲しいこと、ですか?」

「はい。この私ができることの限りですが」


 ウサミはこの魔王軍に入って、まだ日が浅いかもしれないが、心はもうこの世界の人間じゃなく、魔王軍の側にあるんだ。

 だから、魔王軍の敵、伝説の勇者に対して心から歓迎するとは言えなかった。


 でも、敵対してくれないと宣言した以上、ウサミも自分から敵意を示さないと決めた。


 そして最近の接触で、向こうは魔族殺しの兵器ではなく、ただの世間知らず純粋な少女だと感じる。

 むしろある意味で生活力がなさすぎて、つい面倒を見てあげたくなる。


 魔族のみんなと同じように、人間の側に居た時は酷い扱いを受けたことを考えたら、敵より仲間意識が涌いてきた。

 更に、あの男の命令だからとはいえ、自分の工事にこうして手伝ってくれて、本当に助かった。

 だからこの日、仕事のあとでウサミはスク水少女の着替えをしながら、自分も何かしてあげたいと伝わった。


「いいんです。ウンディはただ、大公の城が早く完成されたいだけです」

「いや、これがメランサ様の城ですけど」


 何でもあの男を中心にする。

 何故そこまで出来るか、ウサミは理解できないけど、流石に慣れた。


「それに、ウンディーネ様は一番の貢献者なのに、全然給料を受け取っていません。ですからせめて何かのお礼をさせてください」

「お礼なら受けましたよ。この服、ウサミお姉ちゃんが用意してくれたものだと、大公様から聞きました」

「いえ、実はこれがメランサ様の古いもので、私は何もしませんでした」

「じゃこれから毎日唐揚げを……」


 唐揚げか。

 毎日みんなに唐揚げを食べさせるとメイドとして流石に失格だ。

 でもウンディーネだけのおやつみたいで、毎日少しだけ唐揚げを作るなら……


「いいえ、今のはなし。それより、今夜ウンディと剣術の模擬戦をしてくれませんか?」

「唐揚げはもういいのですか?」

「いいんです。そんなものより、今夜は絶対来てください」

「かしこまりました」


 大好きな唐揚げを「そんなもの」と呼ぶって、きっととても大事なことだろう。


「じゃすみませんが、また前の格好に着替えてもらえますか?」

「かしこまりました」


 どうやらウンディーネはこのフリフリなものを身につけず、工事の時みたいにスク水の格好で模擬戦をしたい。

 今夜は割と真剣に剣を交えるつもりってことだろう、とウサミは考えた。


 でもその夜の模擬戦はウサミの予想とはちょっと違った。

 ウンディーネは一度も剣に乗らず、得意な機動力を放棄した。

 その代わりに、純粋な剣術でウサミに付き合ってくれた。


 まあ、あれは剣と言うより、巨大な鈍器という方が相応しいかもしれないけど。


「流石はゆう……ウンディーネ様です」


 この魔王軍に入ってから、ウンディーネは勇者という称号があんまり気に入らないみたいで、ウサミは荒い息をしながら言い直した。


「ウサミお姉ちゃんの剣術が綺麗ですね。有名な師匠から学んだことがありますか?」

「そういう所でしょうね」

「しかも王国に見たことがない剣術です」

「多分出身が連合の原因でしょうか」


 大陸の北東にある、商業都市の連合。

 魔王軍との戦争に一番興味が低くて、場合によって商売をしてくれる人間も出る国家。もしその連合も国家と言えるなら。


「でも何だか、ウサミお姉ちゃんの剣術は殺し合うためのものじゃないと感じます」

「それは……」

「ウサミお姉ちゃんは、誰かを殺したことがありますか?」

「えっと……」


 真剣な顔で聞いてくれたウンディーネに、ウサミは言葉が一瞬で詰まった。


「あります。一度だけ」

「ん……」


 そしてウンディーネは急にウサミの前から消えた。


 早速、ウサミは周囲を見渡して、ウンディーネの姿を探す。

 そして目に入った。


 ウンディーネが一躍で木を登って、剣を振ってカラス一匹を切った。

 そしてまた別の木でそれを繰り返した。


 何匹のカラスを切った後、ウンディーネはウサミの前に戻った。

 素手で一匹を持ちながら。


「えっと、どうかしましたか、ウンディーネ様? いきなりこんなことをして」


 ウンディーネはいつでもほぼ無表情だけど、今は特に冷たく感じる。

 こん無機質な感じ、初めて……いえ、もう初めてじゃない。

 ウサミがウンディーネとの初対面の頃もこんな感じだった。


 あの時、ウンディーネはマオウを殺すつもりで戦っていた。

 でも出来なかった。

 つまり今、ウサミは初めてウンディーネが生命を奪う現場を見ていた。


 伝説の勇者はこんな風に、無数の魔族を殺したのか。

 そう考えたら、ウサミの意志に関わらず、ウンディーネを見る目が少し変わった。


「これは王国の使い魔です。偵察用の」

「そう、ですか」


 確かに王国出身のウンディーネがそれを知ってもおかしくない。


「丁度ウンディ達の模擬戦に引き付けられて、一気に殲滅する機会でした」


 魔王軍のために、それを排除しなければならない。

 ウサミもそれを知っている。

 知っているけど、やっぱり心の底の恐怖みたいな感情が簡単に消えない。


「今までウンディがやっていましたが、もう直ぐ大公様と一緒に出張する予定ですから」


 最近よくウンディが剣に乗って、城の周りに巡回する姿を目にしたが、まさかこんなことをしていたのか。


 そして出張のことをウサミも聞いた。

 マオウという女の子は魔王の座を手に入れるために、これから幹部達を説得しにいくって。

 同行人はアラトとメランサ。そしてアラトの護衛のウンディーネ。


「その時はウサミお姉ちゃんにお願いできますか?」

「当然です」

「そしてカラスだけじゃなくて、侵入者を相手してもきちんと戦えますか?」

「勿論です。メランサ様の領地を守らなくてはいけませんから」


 今までずっと戦場から離れていたが、今回はメランサにそう頼まれた。


「じゃ、今からウンディがこの使い魔を解放します。そしてウサミお姉ちゃんはその剣で一気に切ってください」

「えっ……」

「さあ。剣に手をかけて?」


 手が震えながら、ウサミはそうした。


「じゃ、行きますよ」

「うっ!」


 カラスは多分自分の境遇を理解したので、ウンディーネの手から解放された瞬間直ぐ逃げようとしたが、ウサミは歯を食いしばって、レイピアでそのカラスを真二つにした。


「よく出来ました。じゃウサミお姉ちゃん。今夜付き合ってくれて、ありがとうございました」


 手の中にレイピアがまだ震えている。

 ウサミはその後味を味わいながら、ウンディーネの意図を理解した。


 見た目はまだ幼いけど、ウンディーネはもう何度も戦場に向かい、数え切れない魔族の命をその手で終わらせた。

 だから一見で分かる。


 ウサミにとって、自ら生命を奪うのはこれでまだ二回目だった。


「ウンディーネ様はどうして、ずっとその剣で戦い続けられるんですか?」

「ただ慣れただけです」


 ウンディーネが自然に口から出したが、ウサミにとってどう反応するか分からない答えだった。


「でも今は、大公様のために剣を振るいたいと思います」

「あの男のために?」


 ウサミはちょっと眉を顰めた。


「そうです。ウサミお姉ちゃんも、大公様のことが結構気になりますね」

「いや。私はただあのロリコンのことが……」


 気にならないと言ったら嘘になる。

 むしろ最近一番気になる者だ。


「それよりウンディーネ様も、どうかあのロリコンに気をつけた方がいいです」

「大公様はロリコンかどうか分かりません。でももし本当にそうだとしたら、ウンディは嬉しいです。だってウンディ、多分一生この体型のままだと思います。もし本当にこんなもので大公様を少しだけ喜ばさるなら、ウンディにとっては何より幸いなことです」


 もうとっくに慣れたと思っていたウサミはそれを聞いて、また驚いた感じだ。


「ではまたね、ウサミお姉ちゃん」


 そう言って、ウンディーネは剣で飛んで、アラトの部屋の窓から中に入った。

 アラトは入る時はドアからって何度も言ったけど、今はもう完全に諦めて、ウンディーネを中に迎えて、溜息を吐きながら開けた窓を閉めた。


「ワタライ、アラト……あなた、何でこの世界に」


 窓を閉めるアラトの顔を遠くから見ながら、ウサミは呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る