第10話 兵器少女 ①

「アラト様? ウンディーネ様を探していますが、そちらにいらっしゃいますか?」


 ドアの外からウサミの声。


 あれからウンディは俺の護衛として、いつでも俺の近くに居る。

 昼も。夜も。


 お城の工事を手伝う時も、必ず俺が視線から離れないようにする。

「大公様のお城の再建の為なら、ウンディも尽くします。でも同時に大公様を見守るために、できるだけウンディの視線から離れないで下さい」

 まあ俺は構わないけど。


 しかしその発言が問題になりそうな。俺のお城なんて。

「メランサ様がマオウ様への貢ぎになると聞きました。そしてマオウ様のものは大公様のものですね。何か間違いがありますか?」

 真剣にそう思っているから、どう反論する方がいいか分からなくて、そのまま放っておいた。


「お風呂だと聞いたけど、そっちには居なかったのか?」


 舞央もまだ戻っていないから、今頃あの二人は仲良くお風呂を堪能しているかもしれない。


「ただいま戻りました、大公様」

「いや、だから窓じゃなくてドアから入れって」

「でもこっちの方が早いですよ。こうして一躍で」


 新しいお城の壁をもう少し高めよう、とウサミに伝えた方がいいかもしれないと思ったが、どれだけ高くしてもウンディにとっては無駄そうなので諦めた。


「あっ、ウサミ? ついさっきウンディがここに戻ったぞ。あとすまないが、タオルを持ってくれない? それと夕飯の時に頼んだあれも一緒に」

「かしこまりました」


 何故か非常の入り口まどから入ったスク水ニーソ少女はビショビショだ。

 風邪を引きそうに見える。


「その前は……ウンディ。そこの布団に入れ」


 俺は自分のベッドを指した。


「承知しました。でも今のウンディじゃ布団が濡れちゃいますから、しばらくお待ちください」

「いや、だから何でそこに入るって分かっているのか?」

「はい。大公の布団を温める為ですね。でも今のウンディがまだ濡れた状態で……」


 いや。だから何でそんな発想だよ。


「失礼します」


 丁度そんな時、ウサミが部屋に入った。


「ウンディーネ様。誰かの布団を温める前に、このタオルで体を乾かしてください」

「そうですね。ありがとうございます、ウサミお姉ちゃん」

「あのう……ウサミさん? さっきのは違うんだけど」

「気にしないでください。たとえアラト様は小さい女の子に自分の布団を温めることを強要するような変態ロリコンでも、メランサ様のご命令があればこのウサミは必ず今まで通り、アラト様の生活の世話を続けます」


 今朝のことも、何だか今日はやけにウサミと上手く行かないな。

 今も随分冷たい目で見られている。


「あのう、ウンディーネ様? タオルはそういう使い方ではありませんが」


 ウンディはタオルを扇みたいに扇いでいる。

 多分その風で体を乾かすつもりだ。


「そうですか? こんなものは初めてですから、良く知りませんでした」

「失礼します」


 ウサミはウンディからタオルを取って、ウンディの体を拭くことを始めた。


「ウンディ? これからお風呂から出ると、必ずタオルで体を拭いてね。さもないと風邪を引いちゃうから」

「そうなんですか? でもウンディ、今までずっとこうしていますけど、風邪を引いたことがありません」

「それでも体を拭いた方がいいよ」


 濡れたスク水ニーソの格好はちょっと不味いから。


「分かりました。大公様がそう望むなら、これからお風呂に行く時タオルを持ちます」


 なんとかウンディに受けさせた。


「そんな必要がありません。風呂場にタオルを置きましたから。そしてもしウンディーネ様は個人専用のタオルが欲しいなら、私が直ぐ用意します」

「そうなんですか? でも川に行ったら、全然見えませんでした」

「川?」


 突然出た単語で困惑したが、俺は直ぐ初めてウンディを見た時の光景を思い出した。

 確かにあの頃のウンディも、体を洗っていた。

 川で。


「もしかして、ウンディが言った風呂場って、実はそこの川ってこと?」

「別のがありますか?」

「いや、お風呂場なら、この別館にもあるよ?」

「そうなんですか? でもウンディ、お風呂は川に決まっていますと、昔からそう教われました」


 おい。これが勇者の扱い方だったのか。

 魔王軍にお世話されている俺でも、流石に聞いていられないぞ。


「じゃ今はそんなことを忘れろ。お風呂はな、ちゃんとした風呂場で、温かい水を使うものだ」

「分かりました。大公様はそう望むなら」


 多分今までずっと戦闘兵器として生きていたから、可憐な女の子の自覚が全くない。

 ウンディにその自覚を教え込むと、この前に舞央は俺に提案した。


 そして第一歩として、今日の夕飯の後、舞央はウンディのずっとごちゃごちゃした短髪を少し手入れした。


 それと、


「できました。それとこれ、アラト様に頼まれたものですが」


 ウンディの体を拭いたあと、ウサミはそれを俺に渡した。


「ありがとう。まさかこんな世界にもこんなものがあるなんて」

「アラト様の趣味に関して、私は口を出すつもりがありませんけど」

「いやだから、俺の趣味じゃないって」


 ウサミに頼んだのはウンディの新しい服。

 具体的に言うと、


「ウンディ? 丁度お風呂……体を洗うことも終わったから、これを着替えて?」


 俺はまずウサミからもらったものをウンディにあげた。

 具体的言うと、新しいスク水とニーソ、フリフリのワンピースと長手袋、それと一緒のかわいらしい靴。

 あとはウンディの髪に使う予定の、舞央が注文したヘアバンドとリボン。


「でも、こんな綺麗な服じゃ汚れやすいと思います……」


 可愛い女の子にとっては丁度だ。

 むしろもう少し汚れやすい服を着たら、多少女の子らしい行動を取るんだろう。


「が、大公様がそう望むなら」

「そうか。じゃウサミ? ウンディを着替えの部屋に案内するのを頼む……ウサミ?」


 ウサミは凍り付いたように無反応だ。


「どうしたの? って……」


 ウサミの視線に先は、もう上半身が裸になった、黒ニーソを脱ぐ最中のウンディ。


「ダ、ダメです、ウンディーネ様! 男の前でそんな格好じゃ……」

「こんな格好?」


 また小首を傾けるウンディ。


「大公様なら大丈夫ですよ。とっくに見られてしまいましたから」

「アラト様……」


 ウサミの目から氷が出ている。

 きっと気のせいだ。ウサミは水の魔法が使えないと聞いたから。


 とりあえず俺は目をそらして、着替えの音が消えるまで待っていた。


「どう? 何か変な感じがする?」

「殆ど昔と同じですから、平気です」

「はあ。まさかアラト様ってこんな趣味ですか」

「いや、だから」

「違うと言いますか? じゃ何でこの機会にウンディーネ様に普通の下着を着せないのですか?」

「最初はそうしたよ! そうだよな、ウンディ?」

「はい。ウンディ、いつもこんなものを着ているので、その普通? の下着を履かせたら体が痒くて、どうしても落ち着きませんでした」


 まあ、パンツを履かないと落ち着かない人間も居るし、これも似たようなものだろう。


「なるほど、こんな小さい女の子に下着を履かせましたのか。やっぱりアラト様って……」

「いや、あれは舞央がやったよ。それよりウンディ、これも着てみて」

「えええ? こんなものを?」


 淡い青を主調した、ふわふわとする服と可愛らしい靴、それと肘まで伸びるフリル付きの長手袋……


「これでウンディも可愛い女の子になるよ」

「可愛いって……でも大公様がそう望むなら、やってみます」


 決心を決めたウンディは、先ずはヘアバンドを拾った。

 そして自分の首にかけた。


「こう、かな?」

「いや、あれは首じゃなく、頭に付けるものだぞ」

「そうなんですか? じゃ」


 ウンディは首からヘアバンドを取って、頭に付けた。

 いや、あれは頭というより、


「もしかしてこれ、眼帯だと思っていた?」


 ウンディは顔面にヘアバンドを付けた。丁度目を覆って。


「違いますか?」

「違う。これは目に付けるものじゃないぞ」

「なるほど。こうですね」


 ウンディはヘアバンドの方向を変えた。

 上から下まで、鼻や口を封じるようになって、何だか……前衛的なマスクみたいな感じ?


「お手伝いさせていただきます」


 見ていられなくて、ウサミはそのヘアバンドを普通の位置に付けた。


 その後は靴。

 ウンディは靴を取って、そのまま地面に座った。

 そして両手で靴を持ちながら、足を中に入れようとする。

 でも何回繰り返しても、足が中に入らず、靴の傍を通っただけ。


「大公様。靴って、こんなに逃げるものですね」


 ああ、そういえばウンディの足に靴を見たことがないな。

 ヘアバンドや靴だけじゃなく、多分スク水とニーソ以外のものを身に付けた経験が全くないんだろう。


「ウサミ。お願いできる?」

「お任せ下さい」


 ウンディに自力で着替えることが出来ないと判断し、その後全部ウサミにさせた。


「いいね。お姫様みたい」

「うう……ふわふわして変な感じです」

「これから慣れていくんだよ」

「分かりました。でもこれ、いざ敵と戦うと邪魔になりそうです」

「本当にそうなったらその場で脱いでも構わないから、普段はちゃんとこのまましてね」

「うう……大公様がそう望むなら」


 うん。こうして可愛いウンディ計画、初日は順調……多分。


「あ、ありがとうございます、大公様」


 不慣れな服でもじもじするウンディを見て、俺はそう考えた。

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