第9話 城の再建

「あら。マオウ様を置いて、深夜にわたくしと密会しにくださって、本当に宜しいですか?」

「それ、まだ飽きていないのか?」


 俺はこの世界のことをもっと知りたい。

 出来るだけ早く情報を掴めたい。

 その結果、よくこの地下室図書室を訪ねることになった。


 でもここに入る為に、メランサと予約して、扉を開けてもらわないといけない。

 こうして毎回メランサに会うみたいなことになった。


「でもマオウ様に秘密にしたのは本当ですわね?」

「秘密って、ただ聞かれなかっただけ」


 毎回からかわれて、流石にもう慣れた。

 俺は読み終わったこの『アルフヘイムオウコクゲンダイシ:セイリリー130ネンカラ』を戻して、隣の『エデンテイコク』を次に読む本に決めた。


 エデン帝国は大陸の南西の大国で、アルフヘイム王国の西にある。

 聖リリー教で人類を団結させた前に、両国は結構仲が悪かった。

 昔は帝政だったが、近年の革命で今はシラユリ共和国になった。

 ちなみに帝政派と共和派はお互いに何度も革命を起こして、政体も何度も変わった。


「そんなことより、今回はどんなことが聞きたい?」

「ん……前回は血液型で、今日は……細胞の寿命のことについて話しましょう」

「分かった。人間の細胞は普通、数十回の分裂で寿命が終わる。でも例外として、癌細胞に寿命がない。それとある意味で種の存続に関する生殖細胞も……」


 メランサは舞央が使う魔法の原理、「科学」のことに興味を持つことになった。

 それを聞いて、何だか魔法への理解を深めた気がすると本人が言った。

 例えば俺が相対性理論で時間と空間を捩じる為に膨大な力が必要だと説明したら、

「なるほど。これで時空系の光と闇魔法に魔力の消耗がそんなに激しい原因はようやく分かりました」

「時空系?」

「はい。例えば前に使ったあの結界魔法。あれは実際空間を操ることですわ。それとこの魔王軍でわたくししか使えない、最強治癒魔法も、実際時間を遡ることですわ。道理で魔力欠になった今のわたくしじゃもう使えませんわ」

 そしてメランサは今後魔力がある程度に回復するまで、時空系魔法を使わないと決めた。


「メランサって凄いな。こんなものでも飽きないなんて」

「それも先生の教え方が上手いお陰ではありませんの?」


 まさかこんな異世界でまた家庭教師みたいな仕事をやっている。


「だからその『先生』って呼ぶな。俺もメランサに色々と教えてもらうから」


 俺は興味本位でこんな仕事をやっているわけじゃない。

 ただメランサにこの世界のことを聞く代償として、メランサに知識を教えるだけ。


 しかもあんな呼び方をされると、何だかある生徒の顔を思い出すから。


「じゃ今日はこれで」

「もう終わりですか?」

「もう少しでもいいけど。じゃ次は何が聞きたい? やっぱりウイルスのことか?」

「そういうことではなくて。アラト様がわたくしに聞きたいことは? もうありませんの?」


 ああ、確かに。

 一方的ではなく、俺たちは情報交換の関係のはずだ。


「言っておきますけど、わたくし、そこの本よりお役に立ちますわ。もう二百年以上に生きましたから」


 全然そんな歳に見えないけど。

 流石は吸血鬼、なのか?


「じゃ今日は少しメランサのことを聞こうか」

「あら? ついにわたくし本人に興味を持ってくれましたの?」

「だな。メランサ、結構強いみたいな。実際どれくらい強いの?」


 無詠唱で魔法を使うとか。一撃で元勇者をほぼ永遠に眠らせたとか。


「昔はこの魔王軍一くらいでしたわ。今の状態では多分無理ですけど」

「やっぱりか」

「お陰様で、教会から『金色の魔女』という称号を貰いましたわね」


 その金色の髪と凄まじい魔法にピッタリな名だ。


「でも魔王軍一って、先代魔王も含まれたのか?」

「そうですわ」

「マジか」

「ちなみに、お父様を吸血鬼にしたのもわたくしでした。みんなに『眷属化』と言われる儀式で」

「そんなことまで出来るんだ。じゃそうなると、メランサに眷属化されたいやつが沢山現れるんじゃない?」


 凄い再生能力を持ちながら、欠点も殆どない。


「確かにありましたわ。でも全員失敗して命を失いました。やっぱり血の相性が原因か、それとも他の理由もありますのでしょうか」

「つまり、今の魔王軍に吸血鬼はメランサ一人しか居ないってこと?」

「はい」

「じゃ眷属化以外の方法、例えば先代魔王の他の子供……」

「その道は存在しませんわ。吸血鬼は無限の寿命を手に入れる代わりに、子供を産めない」

「そんなことは……」

「あります」


 メランサは確信を持つような顔だ。


「魔族になってから、女性の生理の時間も変わりましたわ。例えば長い寿命を持つエルフ大体年に一度です。そしてわたくしの場合は、この二百年の間に一度もありませんでした」

「じゃ男性の場合……」

「お父様、吸血鬼になってから幾つの相手と関係を持っていましたわ。でも子供を残したことがありませんでした」


 やっぱり、何の代償もない力は旨すぎる話か。


「吸血鬼のことなんだけど。何だか舞央に着せたあれ、吸血鬼の力と似ているね」

「そうですね。ある意味であれは外部の魔力で同じ効果を実現するものですわ」

「あれを持ち出したのは、メランサがかなりの決心を決めたんだね?」

「どうしてそう思いますか?」

「あの服を見る表情、しっかりと見たぞ」


 何故か苦しい顔だった。


「それとあれ、スタイルがメランサの恰好と随分似ているが、真逆の色合いで印象が違うんだね」


 デザイン的にはかなり似ている気がするけど、全体的にはあの服の黒バージョン? みたいな感じ。

 靴下はタイツじゃなくガーターストッキングだけど、靴下は魔道具の一部じゃないって。


「もしかして、何か嫌な思いがあった?」

「うん……アラト様から見れば、あれは何ものだと思いますか?」

「舞央はウェディングドレス、だと言ったけど」

「確かに似ていますわ。もし、その髪飾り位置を少し後ろにして、布の部分の面積を大きくして」


 透ける感じのベールになって、


「そのちょっと短いスカートを伸びて、上着と一緒にワンピースにしたら」


 まさしくウェディングドレスになるんだ。


「もっとこの世界の女の子が神様に愛を誓う時の格好に見えますわね。流石、神様のお気に入りの恰好ですわ」

「神様?」

「ええ。ですからわたくしはわざわざこんな真逆のものを作りましたわ。魔道具じゃなく普通の服ですけど、こっちの方が邪悪な感じをしますわね」

「でも違う方向で綺麗なものだと思うよ」

「邪悪なのに?」

「邪悪というより、可愛いと思うけど?」


 素材メランサの方からも全然邪悪な気配を感じていない。

 実際の歳はともかく、見た目は舞央みたいな可愛い女の子だ。


「ゴホン。ではせん、せい? 今日はここまでしましょう。わたくしもこれで失礼します」


 俺の返事を待たず、褒められたメランサは珍しくて先に帰った。

 照明魔法を使ってくれるメランサが居ないと、この明かりのない部屋で読書も出来ないから。


「俺も帰ろうか」


 先日の戦争で、と言うより主に昨日の戦いで、メランサの城はもう大分壊れて、かなり大規模な修理が必要だ。

 そしてそれが終わるまで全員がこの別館で生活すると決めた。


 ちなみに別館からも地下室に通じるから、俺はこうして直接部屋に戻った。


 寝る前に少し舞央の様子を見よう。

 俺の部屋との間にドアがあって、しかもそのドアにロックをしてないから、俺は自分部屋から直接舞央に部屋に入った。


 早めに休んだ舞央はもうグッスリと寝ている。

 寝る間にも魔道具の回復効果が欲しいので、今もその純白の姿のままだ。


「おやすみ」


 舞央がもう苦しい顔をしていないから、俺は安心して自分のベッドに行った。


「アラト? もう朝だよ。ウサミさんはもう朝食を用意したから、早く起きて」


 昨日はメランサとのことでちょっと遅くなったから、早起きは出来なくて、舞央に起こされた。


「うあ……おはよう。体はどう?」


 メガネをかけたら、目に入ったのは舞央の純白の姿。


「見ての通り元気。新人の方は?」

「もちろん、気持ちいい朝の気分だ」

「気持ちいいって?」


 少し眉を顰めた舞央は俺の布団を見ている。

 何故だろう……


 いや、俺も少し分かるけど。

 何故か知らないが、布団がちょっと動いているから。


 舞央は布団を少し剥がした。

 そして何故か、ボロボロなスク水を身につけた少女の上半身が俺の隣に現れた。


「おはようございます、大公様。昨夜は気持ちよかったですね」

「新人……」


 いや、違う。俺は無実だ。何も知らない。本当に何も知らない。


「気に入った子をベッドに連れ込むのはいいけど、事前に私に教えてください。こんな気まずい場面を避ける為にも」

「はー……いや、だから違う! というか、何でウンディはこんな所に居るのよ!」

「護衛、ですから?」


 小首を傾けるスク水少女。


「護衛って、いつでも俺に付いている意味なのか?」

「はい。一生付いてきます、と誓いましたから」

「でも夜は要らないんだろう?」

「えっ? じゃもしかして、昨夜の『ミッカイ』も、付いて行かない方がいいですか?」

「密会?」


 気になる単語が耳に入って、舞央も眉を顰めて対話に入った。


「はい。確かにそう聞きました……」


 ウンディは舞央の目を見て、急に何か分かったような顔になった。


「あっ、もしかして、言っちゃ不味いことですか? 分かりました。ウンディ、口が堅いですから」

「ねー、ウンディちゃん? 昨夜の密会って、どういうことなのか? 新人は私が寝ていた間に誰と会った?」

「……ウンディ、クチガカタイデス」


 舞央から無言の圧力を耐えたウンディ。


「マオウ様、アラト様はもう起きましたか? 朝ごはんはもう出来ましたので、今から……」


 ドアを開けて、ウサミはこっちを見てくれた。


「失礼しました」


 そして軽蔑な目でドアを閉めた。


 朝飯に行く前に、俺は舞央とウンディに誤解を解くために随分時間をかけた。

 ウンディが言った気持ちよかったっていうのは、初めてこんなふかふかなベッドで寝たこともようやく分かった。


「申し訳ございません。誰かさんが部屋中で言えないことをしていたせいで、ちょっと冷めてしまいましたけど、今日の朝食も楽しんでください」


 ウサミは少しお辞儀をしてくれて、冷たい目でちらりと俺の方を見た。


「あのう? 今朝はちょっと誤解があると思うけど……」


 言えないことなんて一件もなかった。むしろ詳しく言わせてください。

 そして俺の傍から、随分恨みがありそうな小さい声が耳に入った。


「ロリコン」


 どうやら今は誤解を解くタイミングではなさそうなので、先ずは朝食をしましょう。


 メイド長のウサミがもう帰ったので、これから料理担当になると聞いた。

 そして意外に、今日の朝ごはんは今までのパンと違って、卵焼きと魚、そして味噌汁……

 懐かしい味で、何だか元の世界に戻った錯覚だ。


「今日はアラト様とマオウ様のご意見を聞きたいことがあります」


 お箸が上手く使えないメランサはフォークで卵焼きを食べて、俺と舞央に聞いた。


「実は昨日、ウサミと一緒にこのお城の様子を詳しく見ましたわ。どうやら損害が予想以上なので、修理するよりもういっそ建て直す方が早いようですけど、お二人はどう思いますか?」

「俺は異議なし」

「私も」

「じゃ新しいお城を建てるなら、お二人はどのようなお城が欲しいですか?」


 いや。城のことについてあんまり詳しくない俺達に聞いても……


「えっと、城といえば、俺は姫路城しか知らないけど」

「私も、多分ノイシュヴァンシュタイン城以外は全然知らない」


 ノイシュヴァンシュタイン城なら、舞央は結構興味があるので、昔少し俺に教えてくれた。

 とてもメルヘンの雰囲気で、ディズ〇ーのロゴのプロトタイプって。


「えっと、じゃそのヒメジジョウ? とそのノイシュヴァ……ノイシュ……」

「ノイシュヴァンシュタイン城です、メランサ様」

「そう。あの二つの城に何か共通点がありますか?」

「えっと……同じく、白の城?」


 俺は少し考えた。


「メランサ様。このことは私にお任せ下さい。後で私がマオウ様達に聞きます」

「そうですね。じゃよろしくお願いしますわ」

「かしこまりました」

「えっと、これはメランサさんのお城だよね? 私達の意見より、自分の趣味に合わせた方が……」

「マオウ様。マオウ様はいずれ魔王様になるお方ですわ」


 そういえばそんなこともあったっけ。

 今まで色んなことでぐちゃぐちゃになったけど、そろそろ詳しい計画を立てないと。


「あっ。はい」

「ですから、新しい魔王様にお城一つくらいを貢ぎるのもおかしくありませんわね?」

「はー……はい?」

「では、マオウ様も分かって頂きましたので、早速ですが、今日から始めましょう」


 舞央がよく考える前に、メランサは話題を終わらせた。


 朝食の後、メランサの魔道具ふくの力ですっかり元気になったので、舞央はまた魔法の訓練を始めた。

 試しとして、また一枚を使い切る大技を出した。


「はい。今日はここまでだ。どこか気持ち悪い所がないの?」

「だから、赤い魔石一枚でもう全然平気って」


 嵌めた魔石を使い切ったら体が持つかどうか、舞央は何となく分かるらしい。

 その感覚は分かる。

 俺も、また魔石一枚を作り出したら自分がどうなるか何となく分かる気がするから。



 そしてメランサから魔道具ふくを身につけた今、舞央は連続でこの魔石を使い切っても平気らしい。


「ではこれが如何ですか?」

「えっ? これも魔石なの? でも色は……」


 メランサは青い宝石二枚を持って現れた。


「魔石は赤いものが一番多いですが、青いのも存在しますわ。しかも中に持つ魔力の量が赤いのより遥かに多いですわ」

「そうなの?」

「指輪に嵌めてみてください」


 舞央一枚を指輪に嵌めた。


「こ、これは……」

「どう?」

「一枚を一気に使うのはギリギリ平気。でもそこまでって感じ」

「なるほど。では、これを万が一の時しか使わない切り札にしては如何ですか?」

「そうね。では……」

「それ、俺に預けてくれない?」


 俺は舞央の話を中断させた。

 メランサは少しだけ考えて、


「そうですわね」


 舞央がうっかりと使ったら不味そうなので、俺が保管する方がいいと判断した。

 舞央も素直にそれを受け入れた。


「ねえ、メランサさん。もしかしたらと思うけど、他の色の魔石もあるよね?」

「どうしてそう思います?」

「これ」


 魔道具ふくに飾り付けた緑の宝石。


「これも魔石っだよね?」

「そうですわ」

「でも指輪で宝石に触ったら、何の反応がなかった」

「どうですか。やっぱり、もう魔道具と一体化したものはダメなようですわね」


 魔石は一回何の魔道具に使われたら、その魔道具の一部になるらしい。

 そのあと魔石を取り出して別の魔道具に入れても上手く使えない。


「魔道具と一体化……」

「そう。例えばあれも」


 ウンディが剣に乗ってお城の再建に必要される巨大な岩を運んで、俺たちの前から通った。


「なるほど。それにあれ程のサイズじゃ、魔力の量も凄いでしょう」

「そう通りですわ。でも流石に緑の魔石と比べになりませんので、あの頃緑の魔石が付いたウサミの細いレイピアで何とか防ぎましたわ」


 魔石の魔力量も色で分かる。

 一番下は赤。上には青。そして緑。

 何だか目の色と同じな。


 舞央は魔法の練習に戻って、俺はメランサと二人で別の場所に移動した。


 工事の現場にはエルフやドワーフみたいな、他の種族の魔族も現れたが、やっぱり一番よく目に入るのは兎人だ。

 そして総指揮はウサミだ。

 そんな工事現場を見ながら、俺は感慨深い。


「まさかウサミにこんな才能があるな」

「あの子は案外建築のことに結構詳しいみたいですわ。身が魔族にされた前に建築業の関係者だったのでしょうか」


 姫路城やドイツの城のことを聞いてくれずそのまま工事を始めたが、まあ、本当に聞かれても何も答えられないな。殆ど何も知らないから。

 むしろこのまま全部ウサミに任せた方がいいかもしれない。


「で? アラト様はわたくしに何を聞きたいですか?」


 察しの良いメランサ。


「その青い魔石、どこから手に入ったのかって、ちょっと聞きたいだけ」

「なるほど。こんなことが気になりますか」

「前は、お城の魔石はあの赤い一枚だけって聞いたけど……」

「墓の中ですわ」

「あっ、別に言いたくないなら言わなくても構わないよ、ただちょっと気になっただけで……えっ?」

「先代魔王様、つまりお父様の墓の中ですわ」


 意外な答えを聞いて俺は反応を失った。


「えっと、もしかして先代の遺物なのか」

「そうね。遺物より、遺体ですわ」

「遺体?」

「はい」

「なあ、メランサ」


 俺はずっと気になっている疑問を聞いた。


「魔石って、一体何のものかな? 一体どこから手に入れたの?」

「多分、アラト様の想像の通りですわ」

「それはつまり……」

「魔族の目にあるそのものですわ」


 もちろん一部の人間の目も、とメランサは補足した。

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