第8話 最後の仕事

 今回の戦いでお城がまた随分ボロボロになった。

 幸いメランサは何とかまだ壊れていない部屋を見つけてくれた。


 俺に支えられながら、舞央はこのベッドまで歩いて、横になってメランサに状況を見せてもらう。


「今はどんな感じですか?」

「気持ちが悪いことがないけど、ただ全身にちょっと無力感があって」


 メランサは深刻な顔で、舞央の色んな所を触って様子を見ている。


「やっぱり前のアラト様と同じ、魔力欠です。一応いくつ種類の治癒魔法を掛けてみたのですが、やっぱり効きませんわ」


 メランサの推測によると、舞央の魔法は魔力源が全て魔石からのもの。それは間違いがない。

 でも、その魔法を発動する為に引き金のようなものが必要だ。

 それが舞央自身の魔力だ。


 レンジでイメージするなら、動く為のエネルギーは全部ガスからのものだけど、火をつける為にまずは電池で火花を作るのが必要だ。


 しかも多分魔法の規模が大きいほど、引き金の量も多い。

 だから練習の時色んな魔法を使っても平気だったが、魔石を丸ごと使い切る「水輪」七回でこんなことになった。


「また別の方法を試してみます。しばらくお待ちください」


 メランサは部屋から離れた。

 そして部屋の中には俺と舞央二人きりだけになった。


「新人」

「ん?」

「あんなこと、もう二度とするな……とは言わないけど。言っても無駄そう」

「うん」

「でも新人に何かがあったら私が悲しくなるよ。それだけは忘れないで」

「分かった」


 何だかちょっと不味い雰囲気だ。


「じゃこのことはおしまい! それにしてもメランサさんって、面倒見が良いね」

「だな。色々とお世話になった気だ」

「きっといいお嫁さんになると思わない?」

「ん……間違いがないな」


 少し想像したら。


「あら、わたくしをめとるつもりですか?」

「いいね。メランサさんになら、安心して新人のことを任せられそう」

「そうか。もう正妻から許可を貰いましたので、これから第二妻として頑張りますわ」

「お前ら、いつの間にかこんなに仲良くなったの?」


 冗談をさておき、メランサは何か服を持ってきた。


 メランサの話によると、これが服と言うより、実際一種の魔道具らしい。

 効果は治癒と再生。

 魔力。体力。そして生命力そのものを回復する。


 過去の使用者の実例だが、致命的な怪我を何度も治したらしい。

 時間は普通にかかるけど。


 舞央が着替えをする為に、俺が部屋から出た。


「もういいですわよ。アラト様も入って?」


 部屋に入ると、目に入ったのは純白な姿。


 少し灰色になった髪には薄い布が付いている白い花の髪飾り。

 首には薄い白いネックフリル。

 腕には薄い白い長手袋。

 身につけたのは白い上着とスカート。

 靴は透明な水晶で出来たものらしいので、白タイツに包まえた足が見えてまた白だ。


 同時に沢山の緑の宝石で飾りついている。

 花の髪飾りの蕊。ネックフリルの中央。長手袋の一番上。上着とスカートのあっちこっち。そして靴に付く、エメラルドで出来た花。

 飾りである同時に、魔道具へ魔力を提供するものらしい。


「どう? 私は、その、何だかウェディングドレスみたいな、なんて……何か言ってよ、新人!」

「あら。これはもう、完全に見惚れてしましましたわ」


 舞台に舞央の晴れ姿はもう見慣れたはずだが、流石に花嫁の姿で俺は言葉を失った。


 ――――――――


「お初にお目にかかります。私はウサミと申します。メランサ様の所で、メイド長を務めさせていただきます。よろしくお願いします」


 舞央のことで色々と忙しかった間に、ウサミミメイドはレイピアをスク水ニーソの自称元勇者の首にかけて監視し続けた。


「ウサミは兎人とじんとして、長い耳を持ちながら、走りや跳躍が得意なのは特徴ですわ。しかも剣術も随分心得がありますので、こうして護衛を兼ねて、剣を帯びることを許可しましたわ」


 女性として結構身長が高い。

 胸は大きいとは言えないが、この部屋に限ってもう一番発育したものだ。


「もう剣を収めてもいいですわ」

「しかし、もしこの勇者がまた暴れたら」

「大丈夫ですわ。今わたくしが居ますから」

「はっ! 失礼しました」


 ウサミは随分洗練された動きで、レイピアを鞘の中に入れた。

 そのレイピアは随分華麗に見えて、柄の所に大きなエメラルドが付いている。


「そして……ウンディーネさん? この場に居るみんなに少し自己紹介をしてもらえませんか?」

「分かりました。えっと、」


 剣を首に掛けられた状況から解放された元勇者は椅子から身を上げた。


「ウンディはウンディです。ウンディーネ・ア、ア……」


 この世界に来てからまだ苗字を聞いたことがないけど、もしかしてこの子、苗字を持っている?


「ア……アーナニカです」


 初めて聞いたこの世界の苗字は随分珍しいものだ。


「違うでしょう! 何なの、その『ナニカ』は!」


 ウサミは突っ込んだ。


「ウンディーネ・アルフヘイム。これが勇者様のフルネームですわ」


 メランサはフォローした。


「えっ? でもアルフヘイムって、確か」

「そうですわ。勇者として、特別にアルフヘイム王国の王家が引き取りましたわ。養子として継承権がありませんけど」


 それでも国の偉い人。

 …のはずだが、目の前の少女のちょっと栄養不足みたいな姿を見て、どうしてもそう思えない。


「あとは俺だな。ワタライ、アラト。苗字が前だからワタライで、アラトが名前だ」

「分かりました、大公様」

「それと、その、何て言うか。実はその大公様って、その……」

「なるほど、事情がありますね。分かりました。大公様は大公様です。ウンディはそれだけで充分です」


 だから違うって。


「アラトの妹のマオウ。よろしく、ウサミさん、ウンディちゃん」

「えっ? 兄妹ですか? でもその恰好……なるほど、分かりました。大公様との結婚式はこれからですね。だから今はまだ兄妹ですね」

「いえ、これはただの回復の魔道具だから」

「流石は大公様。式の為にわざわざ神具……じゃなくて、魔道具まで用意しましたね」

「だから、これは儀式の為のものじゃないって……」


 こっちの方も色々と誤解されたようだ。


「えっと、それじゃ、お互い自己紹介も終わりましたので、メイン議題を始めますわ」


 ちょっと面倒なことになりそうだが、今はもっと緊急なことを優先する所だ。


「ウンディーネ・アルフヘイム、あなたは本当に勇者をやめるつもりですか?」

「はい」

「どういうことですか、ちょっと説明してもらいますか?」

「分かりました」


 スク水少女はまた立ち上がって、靴のない足で地面を踏んだ。

 いつも持っている巨剣が傍にないから、雰囲気も少し変わって、前の兵器少女よりどこかの貧乏な家に売られた娘に見えそう。


「先日、この辺の大きな爆発の音で、ウンディはようやく目が覚めました」

「爆発って、もしかして私のせい?」


 大きな爆発の音って、多分舞央が初めて「水輪」を試したことだろう。


「いいえ、むしろ起こしてくれてありがとうございます。お陰で五十年以上の眠りから覚めました」

「ご、五十年!」

「はい。金色の魔女……メランサ様の一撃で眠らせた以来、ずっと寝ていました。川の向こうのあのお城に」


 金色の魔女って……俺と舞央は一緒に目をメランサに向けた。


「ああ、そんなこともありましたわね。あの頃、援軍の私は辿り着いたら、丁度この子がお父様を真二つに切った所を目にして、割と全力の一撃をしましたわ」

「えっと、真二つって、お父様は……」

「吸血鬼ですから、あとで治りましたわ」


 あっさりと凄い話をした。


 でも気になる。

 赤い目のメランサは、一撃で、青い目のウンディーネを、眠らせた?

 しかも相手がこんな魔道具を持ちながら?


 俺はその眼帯金色のバラに見詰めながら考えた。


 そしてウンディーネは話を続けた。


「それと、あの爆発のことを聞いた国の偉いさん達は、もう新しい魔王が誕生しましたと考え、ウンディに『マオウヲコロセ』と命令しました。しかもこれが最後の仕事って約束してくれました」

「でも私、魔王軍のリーダーじゃなく、ただマオウという名前を持つ人間だよ?」

「そうですか。人違いでしたか」


 やっぱり「マオウ」という名前で、あの時の対話で勘違いした。

 何だか脱力感が襲ってきた。


「では、人違いだと知っている以上、一つだけ確認させていただきます」


 メランサは元勇者に聞いた。


「あなた、これからまたわたくし達と戦うつもりですか?」

「ありません」

「たとえマオウ様がいつか本当にこの魔王軍の魔王になっても?」


 そう。これが肝心だ。

 確かに前は人違いだったが、ある意味人違いでもなかった。

 舞央は魔王じゃない。でもこれから魔王の座を目指すつもりだ。


「はい」

「理由は?」

「一番の理由は、大公様とそのおよめ……妹様に剣を向けることが出来ません」

「おほ」


 メランサに意味深で見られた。

 舞央にも。


「ではその『最後の仕事』はどうするつもりですか?」

「それははもう放棄しました。ウンディはもう勇者をやめると決めました。どうせそのまま仕事を終わらせても、帰ったら殺されます」

「えっ?」


 ずっと無言でメランサの傍に立っているウサミも思わず声を出した。


「本当ですか?」

「はい。お腹がすいて、厨房に食べ物を盗んだ時に偶然耳に入りました」


 おい。こいつ、勇者だろう。王室の養子だろう。

 最後の仕事って、そういう意味かよ。

 何の待遇だよ、こんなの。


「そして今日、ウンディの記憶で初めてお肉をもらいました。大公様から。しかも二回で」


 ウンディーネから熱意のある視線を感じた。


「だから決めました。ウンディ、王国より大公様に尽くします」


 全員の視線が俺に集中した。


「えっ? 俺に?」

「大公様。護衛が欲しくありませんか?」

「それは……」

「ウンディはそれなりに強くて役に立つと思いますよ」


 確かに強い。今日一杯この目で見たから。


「実績として、無数の魔族を倒しました。先代魔王を真二つに切ったこともあります。証人はそこのきん……メランサ様です」

「ええ。確かにそんなことがありましたね」


 何だか尚更不安になった。


「命をかけて守りしますから、どうかウンディを捨てないでください」


 随分慕ってくれる熱意と捨てられる怯えが混ざる視線に、どう答えばいいか分からなくて、俺は目でメランサに意見を求めた。

 そして意外と頷いてくれた。


 えー……


「そっちの条件は?」

「条件などありません。でも、もしよかったら、年一度だけでいいですから、この……カラアゲ? というものを食べさせてください」


 やすい!


「いいんだよね、メランサ?」

「もちろんです。ウサミ。今日の晩ご飯は唐揚げで」

「かしこまりました」

「一生付いてきます!」


 土下座までしてくれた。


「いや、その、アルフヘイムさん?」

「ウンディと呼んでください。もう勇者じゃありませんから、その家名は要りません」

「えっと、ウンディ、さん?」

「さんも要りません。大公様のような高貴な者に敬称なんて要りません」

「じゃ、その、ウンディ?」

「はい!」


 俺に呼ばれて、構ってあげた仔犬みたいに嬉しい目を向けてくれた。


「まずは立ってくれる?」

「はい!」


 土下座から身を上げたウンディの様子を見て、メランサは笑った。


「まさか六十年前から伝説になった勇者はこんなに……じゃアラト様? 今後もこの子を任せてもよろしいですか?」

「頑張ります」


 ちなみに、夕飯の唐揚げも殆どウンディの胃の中に入った。

 この前に舞央が作った唐揚げも全部食べたのに。

 女の子のもう一つの胃はデザート専用だと聞いたけど、まさか唐揚げにも通用するなんて、俺は初めて知った。

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