第7話 唐揚げは命を救う

「はい、あーん」

「いや、だから自分で食べるって」

「やっぱりまた口で食べさせてあげる?」

「……これが最後だからな」


 俺の右手が使えなくなった……と主張した舞央はまた唐揚げ一個をお箸で俺の口に送った。

 意外だったけど、このお城にお箸まで用意している。

 メランサは使わないから、使用人の中に使う人が居るんだろう。


「まさか異世界でも唐揚げが食べられるな」

「新人、本当に唐揚げが大好きね」

「舞央作り限定だけど」

「そうなの?」

「舞央の唐揚げに命を救う力があるからな」

「またまた、大げさって……で? その子のことはどう思う?」


 またあの子の話題に戻った。


「どうって……何だか純粋で世間知らずで、どこかのお嬢様かと思うが……」

「そうじゃなくて、その……ズバリ、新人のタイプなのか?」

「俺のタイプって」

「あっ、もちろん体の意味で」


 唐揚げが喉でちょっと詰んだ気がする。

 少し水を飲もう。


「ほら、もう裸を見たでしょう? だからどうなの?」


 水が危うく口から出た所だった。


「あのな。あんな小さい子に変な考えをするか!」

「小さいのは体だけでしょう? 実際年齢はそうでは限らないよ。ほら、目の前にも居るでしょう? 良く小学生だと思われるけど、実は高校卒業生って」

「ん……」


 反論できない。

 そしてそれが世界一番魅力的なものだという事実に、俺はどうしても噓が吐けない。


「それにここって、異世界でしょう? だから、見た目はああだけど、実際はもうおばあちゃんの年齢になってもおかしくないよ?」

「いや。あんな精神年齢には見えないと思うけど」


 メランサとは全然違うタイプ。


「まあいいか。私の聞く限り、あの子が随分新人の好きそうなタイプだね。髪がもう少し伸びたらもっと良いかもしれないけど、その辺は個性という範囲にしても悪くないね」

「だから、何でこんな話題をしなければならないのよ」

「新人がお弁当を知らない人にあげた罰ゲームでしょう?」

「確かにそうだった!」


 俺が流れでお弁当を知らない人にあげたせいで、今日の魔法自主練は昼で終了した。

 お城に帰って昼ご飯を作らないといけないから。


「はい。あー」

「だからさっきのは最後だったんだろう?」

「ちぇ」


 俺は自力で唐揚げを一つ食べた。


 左手でお箸を使うのは流石に不慣れだから、この右手で何とかした。

 何とかしたって、実は全然問題がない。

 ただ、力を入れるたびに、タイツが伸びる感触がしっかりと伝わってくる。


 昔舞央にトウシューズを履かせた時にも、舞央のタイツに触ったことがある。

 でもそれはあくまでついでに、みたいな感じだ。

 けれど今の俺は、なんというか、こうして唐揚げ一個を食べることで、しっかり力を入れて存分触っているような感じだ。


 それと触覚だけじゃない。


 右手が近くに来たら、唐揚げの匂いも一緒に連れてきた。

 同時にタイツの匂いも。


 ほら。舞央の体って、何かいい匂いがするでしょう。そして脚を包んだこのタイツにも当然その匂いが染みる。今はこうして体温と動きの作用で匂いが空気の中に拡散しても当たり前なことだから……


「あれ。急に涼しいな。氷魔法でも使った?」


 元の世界は冬だったけど、ここに来たらずっと夏の感じで、昼と午後の頃はちょっと熱い感じのはずだ。


「どうしてそう思う?」

「普段ならメランサがそんなことをやっていたが、」


 魔力欠じゃない時に限って。


「その本人がいない今、犯人は舞央しか居ない。どう? 完璧な推理だろう?」

「ん……」

「あっ。もう少し寒過ぎたから、ちょっとやめていいよ」

「実はこれ、私がやったことじゃないの」

「えっ?」

「さっき新人に言われて、もしかして無意識にやったのか、と思ってチェックしたけど……ほら」


 舞央は左手を伸ばしてくれた。

 そこの指輪にはもう魔石が外れた。


「これでも、この寒気は止まっていないみたい」

「そうだな。今も、またより寒くなった気がする……おいおい。まさか」


 俺は窓から外の様子を少し見ようとしたが、一瞬で絶句した。

 舞央も俺の所に来て、俺と同じ景色を目にした。


せっ?」


 真夏の正午だけど、日差しで輝いて、ゆっくりと降っている。


「それだけじゃないぞ。ほら」


 俺は少し遠く指した。


「海が、凍り付いている? ちょっと待っていて」


 舞央は今日も練習した望遠鏡魔法を更に進化させ、レンズと水幕を作って、遠くの景色を水幕に映させた。

 レンズに細かい調整して、映る景色も変わる。


 そして俺たちの目に入ったのは……


「何だか、新人が言った『あの子』と似ているね」

「これ、本人だ」


 あの水色の短髪を持つ少女だ。


「なるほど、これが新人が興味を持ったあの子か……って、まさかあの剣がこの子の武器か。本当、人は見かけによらないね」


 良く見覚えのある巨剣も映っている。


 全体的な画像したら、巨剣を持ちながら、海の水面上でこっちに歩いている少女みたいな感じ。

 具体的に、あいつが進むたびに、自分自身を中心する近くの海水が氷になる。


「これってやっぱり、人類の代表としてここを攻めているって感じ?」

「そうな」


 舞央は指輪に魔石を嵌めた。


「じゃ私は客を迎いに行く。新人はここで待っていて」

「いいのか?」

「同じ人間として、話が通じるかもしれないし」

「でも俺達は魔王軍幹部にお世話されている。裏切り者として問答無用で切られたら?」

「だから私が一人で行く。喧嘩になるかもしれないから」

「じゃ、これを持っていけ」


 小さな袋を舞央にあげた。

 中にはあの日俺が作った全ての魔石。

 あの日以来俺がずっと管理しているが、まさかこんなに早く役に立つなんて。


「だから、これが新人の命みたいなものだから、使っちゃいけないって」

「俺たちが殺されても?」

「……分かった。行ってくる……あっ」


 水幕に映るのは、あいつが急に歩くことをやめて、剣に乗ってこっちに飛んでいる姿だ。


「もう間に合わない! 今から隠れて、新人!」


 俺は部屋の角で身を隠した……いや、直ぐ見えるから、ただ少し気付きにくいだけかもしれない。

 丁度その時、壁が壊れて、客の姿が現れた。


 来客は総じて身長が少しマオウより低い人間の女の子に見える。痩せた体型で胸の発育はまだらしい。

 何故か普通の服じゃなく、ボロボロなスク水ニーソの格好で、靴も履いていない。

 そしてその珍しい格好より目を奪うのは、あの体より全然大きな剣。


「あら。この世界の人間はドアから部屋に入ることじゃないの?」


 舞央は一歩前に進んで、向こうに話をかけた。

 でもその話は向こうに無視されたらしい。


「マオウハ、ドコニ?」


 ちょっと無機質みたいな声。

 その目も、輝きを失ったサファイアみたいに、光が見えない。


「私がマオウよ」


 舞央は警戒しながら答えた。


「マオウヲ、コロス」

「『水輪・よんの型』!」


 向こうが攻撃する前に、敵対宣言を聞いた舞央は即座に行動した。

 しかもいきなり最大出力の、一発で必ず魔石一個を使い切る「水輪」を選んだ。


 この「水輪・四の型」は空気の流れを制御し、爆発の威力を全部前に向ける技だ。

 今みたいに敵が目の前にいる状況だと、近距離で水素爆発を起こすのは危険だが、衝撃が全部前に向けられた術者に被害がない。


 巨剣を持つ少女は目の前から消えた。

 部屋の一部の壁と共に。


 衝撃の方向が限定されたから、壁の被害はある程度に抑えられたけど、それでもこの一発でかなりまずい。

 メランサが帰ったら謝ろう。


 ちなみに、技名を言い出して、ある意味で「詠唱」を行うのはより上手く技を使うためだ。

 技名に脳が反射して、既定の魔力操作を行う。つまり暗号みたいなものだ。

 メランサが言ったように、今の舞央はもう無詠唱で魔法が使えるけど、今回は大敵に対して全力を出すんだ。


「これでやった……のは都合が良すぎるね。一体どこに……あっ」


 舞央はその光景を見て絶句した。


 退避した敵が空中に飛んでいる。

 その巨大な剣に乗って。


 もうさっき水幕に映る映像で見たけど、今回は目で直接見ていて、流石に感想が違う。


 よく見たら、あいつは剣に座っているじゃなく、両足で立っている。

 機動力が更にパワーアップした感じだ。


「『水輪・二の型』」


 敵に姿勢を立て直す時間を与えないつもりで、舞央は新しい魔石を指輪に嵌めて攻撃した。


 二の型は爆発の強度を代償して、爆発の範囲を拡大する技だ。

 向こうは簡単に攻撃を避けるなら、こっちは攻撃範囲を広げるってことだ。


 爆発が終わって、状況が見えるようになった。

 結果は……残念ながら。


 その小さな体は氷に包まれて、爆発から保護されたらしい。


「『水輪・一の型』」


 一の型は最初の水輪で、指定の位置に水素爆発の繰り返しを起こす。

 今回は氷像になった敵の目の前に爆発をかけた。


 でも向こうは直ぐ氷を解除し、一瞬で飛んで爆発を回避した。


 舞央も油断せず、敵が動き始めた瞬間にまた新しい技を使った。


「『水輪・三の型』」


 三の型は二の型と同じ広域技だが、二の型と違って、平均的に威力を面に分散しなく、逆に爆発の威力を点に集中する。

 爆発のアレイみたいな感じで、どこに居ても一発を喰わなければならない。

 ……はずだが。


「なっ……」


 爆発のアレイは無事に発動した。

 ほんの一部以外は。


 敵が居る場所の周りに、爆発は発生しなかった。

 その代わりに、その辺は多数の氷の欠片が空から落ちた。


「水気を、氷にした?」


 量が少ないけど、その魔石は原子燃料と同レベルのエネルギー密度だから、魔力の総量も結構あるはず。

 でもそれを千分や万分の一にしたら、向こうにとって大した魔力じゃなくなるんだろう。

 こうしてほんの一部の水気を凍りにして、自分の周りだけに爆発をなくすことが出来てもおかしくない。

 この真夏の正午で雪を降らせた者だからな。


 これは困った。

 必要な量が少ないけど、水気がなければ水輪が使えなくなるから。


 いや。ちょっと待って。

 向こうがこんなことをしたって、まさかもう水輪の原理が見えたってこと?

 たとえ原理をまだ知らなくても、少なくても「水気をなくす」という対応策を見つけたな。

 ちょっと不味くない?


 更にまずいのは、向こうはそのまま剣を踏んで、舞央に突っ込んできた。

 急降下する爆撃機のように。

 舞央は慌てて新しい魔石を嵌め、無言で一発四の型を向こうの突っ込んでくる路線に沿って送り出した。


 威力の方向が限られたら、一回の爆発の後に生成された水気もその方向に移動する。何かに止めるまでは。

 それを繰り返して、爆発の位置がその方向でどんどん進んで、もう砲弾やミサイルみたいなものになる。

 そしてもし何かに当たったら、それを壊すまで進むことができず、そこに爆発を繰り返す。

 つまり、四の型は単純な爆発じゃなく、目標に命中して爆発する砲弾と似ている。


 そしてこの一撃は前と違って、もう攻撃というより、主に防御が目的だった。

 相手がこれを避ける為に、突撃をやめなければならない……はずだが、また予想が外れた。

 あいつ、前進方向を変えることがなく、巨剣から一躍した。

 多分魔力というもののお陰で、地球のチャンピオンより高いジャンプだった。

 そして舞央の一撃は衝撃の方向が限られたせいで、回避する為に三メートルくらいのジャンプはもう充分だ。


 舞央の防衛の一撃を避けた後、あいつはそのまま落ちて、剣と合流した。

 舞央への突撃を中断することがなく。


「げっ。『水輪・五の型』」


 五の型は基本原理が四の型と同じで、ただ単発の威力を下げて、数を増やすだけ。

 具体的にいうと、舞央は単発じゃなく、縦列的な一列の砲弾を送った。


 こうしてさっきみたいなジャンプで多分避けない。

 つまり、相手が進行方向を変えるしかない。それで攻撃をやめさせる。


 そして向こうはようやく前進方向を変えた。

 でも予想した左や右じゃなく、上に回った。


 そうやってあいつは剣を踏みながら、ジェットコースターみたいに弧線を描いて、もう剣身を舞央に向けている。

 その結果、舞央の攻撃は避けなかったが、全部その剣で防いだ。

 普通の剣じゃ多分防がられないと思うけど、あの剣は明らかに普通じゃない。


 爆発の衝撃を受けた後、向こう行動を変えることがなく、引き続き空に大きな弧線を描いて、やがて軌跡が大きな円になって、また最初の位置と角度に戻った。

 そして突撃再開。


 でも今回はさっきの円で加速された速度で。


 凄い汗をかいている舞央はまた四の型を放った。

 でも今回向こうは違って、避ける意図すら全然見えず、ただ距離を縮めているだけ。

 もう直ぐ舞央の一撃に当たりそうな所になった時、あいつは急に一躍した。

 同時に両手で剣の柄を取って、正面からこの一発の四の型を切り裂けた。


 ぶつけ合いは激しかったけど、結果は明らかだ。

 爆発はもう終わった。でもあいつは爆発に飛ばされず、前への前進もまだ続いている。

 もう舞央の目の前に辿り着いた。


 直ぐ何か行動を取らないと、間違いなくその巨剣に貫かれる。


 実は新しい魔石はもう舞央の指輪にある。

 向こうが距離を縮めた間にとっくに嵌めた。

 普通なら、舞央はとっくにもう一発を送る流れだ。


 でも舞央はただ地面に座りまま、乱れた呼吸をしながら凄い汗をかいている。

 そして何より注目されるのはあの髪。


 烏の濡れ羽色だった髪はもう俺のように、少し灰色が染まった。


 不覚だ。

 俺の力を使うとあんなことになるから、舞央も同じだと可能性が充分だ。

 特に今のように、魔石を一気に七枚までを使ったら、大変なことになってもおかしくないはずだ。


 でも今はそんなことより、更に不味いことがある……

 が、幸い、あの巨剣は舞央に届かなかった。

 その代わりに、急に二人の間に入った誰かがその一撃を受けた。


 でも流石にあの巨剣に敵わないのか、金属のぶつかる音と共に、あの人は俺の方向へ飛ばされた。


 受け身を取ったあの人の姿が目に入った。

 メイド服。ウサミミ。赤い長髪はサイドテール。

 片手で細長いレイピアを持っていて、立ち上がる最中だ。


「間に合わない、か」


 俺のことを気にせず、もしくは気付かず、目の前のことを見て、ウサミミメイドは呟いた。


 あいつは巨剣を持ち上げ、もうすぐ下す所だ。

 相手は手を上げる力すらを持っていない、制服姿の舞央。

 破ったタイツはもう新しいやつに着替えたけど、もう違う状態でまた破られた。


「おい! 何を……」


 その行動でウサミミメイドはようやく俺の存在に気付いて、多分止めようとしたけどもう遅い。

 俺は全力疾走で、舞央を庇うようにもう二人の間に入った。


 巨剣が下りていることを感じる。


 やっぱり死ぬのが怖い。

 脚が震えている。

 目を瞑るか。

 いや、そんなことより、やっぱり最後は舞央の顔を見ながら死ぬのがいい。

 そう考えて、俺は振り向いて、目を後ろの舞央に向けた。


 舞央は顔を上げ、俺の背中を見ている。

 不満。疑問。悲しみ。色んなものがその目に一杯溢れる。


 言っておくけど、これは決して無駄死じゃない。

 俺がこうした間に、あの「間に合わなかった」はずのウサミミメイドは今回は間に合うはずだ。

 つまり舞央が助かる可能性が増える。


 ……でもやっぱり死ぬのが怖い。

 心臓がうるさく鼓動している。もうすぐ止まるけど。


 でも心臓は止まらなかった。

 その代わり、あの巨剣が止まった気がする。

 顔を前に戻して確認したら、やっぱり剣が止まった。

 俺の頭の上に。


 目の前の少女は今まで通り、輝きを失ったサファイアような目だが、今ほんの少しだけ光が入った。

 そして


「タイコウ、サマ?」

「えっ? あっ、はい。大公様です。唐揚げもあるよ。ほら、あそこに」

「いいの?」

「うん、いいよ」


 そしてこいつは適当に剣を捨てて、テーブルに向かって手で唐揚げを取って口に送り始めた。

 この前の同じように。

 水色の短髪も、あの頃と変わらないんだ。

 幼さが溢れる顔で、全然人殺しに似合わない。


 俺はしゃがんで舞央の体を支えながら、でこに触って体温を測った。

 とりあえず多分熱がないみたい。あの頃の俺と同じ。


「おい。勇者」


 勇者と呼ばれた少女が唐揚げを食べている間に、ウサミミメイドはレイピアをその小さな首にかけた。


「今から首を切ってもいいですけど、食べ終わるまでもう少し待ってくれれば嬉しいです」


 勇者は抵抗もなく、あっさりと降参した。


「勇者ウンディーネ!」


 戦いで壊れた天頂と壁から、今回はメランサが入った。


「天気がおかしいと思ったら、やっぱりあなたが目覚めましたわね! ウサミと早めに帰ったのも正解でしたわ! もうわたくしが居ますから、あなたには好きにさせませんわ!」

「さっきのは最後の仕事ですから、もうしません。だから急がなくてもいいですよ」


 そう言いながら、勇者と呼ばれたこの変な子は残した最後の唐揚げを口に入れた。


「ウンディ、ただいま勇者をやめます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る