第6話 ニート大公(自称)

「では行ってきます。アラト様、マオウ様、くれぐれも気をつけてください」

「分かった」「はい」


 これからメランサは先日避難した領民たちを迎えに行く。

 多分夕方まで帰らないので、今日の魔法の練習は俺と舞央二人でする。

 まあ、俺は見るだけね。


 そして今日のご飯のことなんだけど、実は昨夜、そのメイド長が残した西红柿炒鸡蛋はもう切れた。

 そのことで気まずかったメランサは俺たちを地下室に案内した。

 そこは氷魔法で大きな冷蔵室にされて、色んな料理材料が目に入った。


 舞央はその材料で唐揚げ弁当を作った。

 それを持って、俺たちは外に出て、今日の練習場所に向かった。

 ちょっと高い所で風景を見たくて、今までと少し違う場所を選んだ。


 最近舞央は色んな細かい魔法制御を練習する同時に、「水輪」を基にして新しい大技を作っている。威力はかなり抑えたけど。

 流石にまたあんな大規模な爆発は問題になりそうから。

 それと、


「これは新人の命だからね」


 と、舞央は俺が作り出した魔石をできるだけ消耗しないように、あれから魔石は一つも消えなかった。


 魔石を手に入れる別の方法がないのかな。メランサは何か知っているみたいから、近いうちに聞いてみよう。

 俺はそんなことを考えながら、空いている右手を適当に前へ伸ばした……


「いてぇ!」

「どうしたのいきなり! って……」

「いや、手を伸ばしただけだよ……ってなんでこんな所に剣が? しかもこんなでけぇやつ! あっ、いったった……」


 今の俺と舞央は目的地に向かって、この山林を通る最中。

 そしてどうやら俺が考え事をしていたせいで、目の前にこの巨大な剣があったことに気付いていなかった。

 結果、俺は手を伸ばしたことで、右手のひらがその剣にぶつかって、刃に傷つけられた。


 幸い、その俺より倍以上ほどデカいものは剣より大きな鈍器みたいな感じで、刃が全然鋭くない。


「ちょっと待って、今から手当をする。」

「魔法で?」

「それもするけど、まずは……」


 舞央は両手で太ももを回して、タイツを破った。

 そしてひび割れを作って、腰を下ろしながら脛の下部まで割れを広げ、そこでまた回した。


 こうして、片脚から布一枚を取った。

 そして魔法をかけて温度を上げた。


「いや、まさかこんなもので……」

「もう高熱で消毒済だから、心配しないで」


 舞央それを俺の手に纏う。


「そういう問題じゃなくて」

「じゃ他の何か問題があるの? 弾力もあるし、通気性にも富むし、肌にも優しい。丁度いいじゃん」

「言われてみれば確かに……」

「それじゃ、この辺の細胞に生命活動を加速するね」


 圧力のある白いタイツを纏った後、舞央は魔法で凝血を加速してくれた。


「どう? 少し良くなった?」

「うん。ありがとう。にしても何でこんな所にこんなものがあるの? やっぱり先日のあの戦争が原因か?」

「そうね。体の大きい魔族が使った武器かな」

「しかも随分いいものだな」


 全身が青い光で輝いて、武器よりもう主に巨大なサファイアで出来た芸術品みたいな感じ。


「メランサが帰ったら回収させよう」

「うん」


 やっぱり俺にとっては重すぎる。


 あの後、俺と舞央は引き続き小山に登って、今日の練習場所に辿り着いた。


 舞央の魔法才能は目に見えるほど成長している。

 操作の精度はもう一流以上だとメランサが前からコメントした。

 具体的に言うと……今みたいに、水で大きなレンズを複数を作って大きな望遠鏡組み上げるような繊細なことまで出来た。


 少し時間が経って、トイレに行きたくなった。

 集中している舞央を邪魔しないように俺は静かに離れた。

 賊はなさそうだが、念の為今日のお弁当と本も一緒に持った。


 道に迷わないように、川に沿って……


 よし、この木の下で解決しよう。

 そう決めた俺はズボンを脱いで用事を始めた時、水の音が耳に入った。

 それは自然の水の流れの音じゃなく、何というか、お風呂の時に人が水に出入りする音に聞こえる……


 その音と共に、目の前の川から、小さい女の子の上半身が出た。

 勿論服を着ていない。

 青い目は丁度俺の方向を見ている。


 ここは直ぐ何か行動を取るべきだが、俺は下半身から液体が出ている最中だから、終わるまで何もできない。

 変態扱いされても仕方がないが、警察を呼ばないでください。


 この辺に多分警察がいないけど、俺はズボンの状態を直しながら、この水色の短髪の女の子への言い訳を考えている。


 グー。


 向こうのお腹からかなり大きな鳴き声だ。


「あっ……食べ物はあるけど、食べる?」


 向こうは目が一瞬で大きくなって、凄い勢いでしきりに頷いている。


 俺は地面に座って、大きな弁当箱を開けた。

 そして頭を上げると、いつの間にか女の子がもう俺の目の前だ。

 舞央より少し低い身長で、随分痩せた体型だ。


「ほら。食べる?」

「いいの?」


 サファイアみたいな目に期待が溢れる。


「いいよ」


 それを聞いて、彼女は立っているままで食事を始めた。

 道具を使わず、素手で唐揚げを取って口の中に送った。


「さっきのは、その……ごめん。わざとじゃなかったから」

「さっきの?」


 向こうは小首を傾けて、今でも何も気にせず、裸のままで俺の目の前に唐揚げ弁当を食べている。


 変な子だけど、俺に責任を問わないならそれでいいけど。


「何でもない。そう言えばお前、人間?」


 メランサみたいに完全に人間に見える魔族も居るから、一応聞いた。


「はい。人間、です」


 向こうは凄い勢いでお弁当を食べながら答えた。

 もう半分しか残っていない。


「お兄さんは、凄く綺麗な服を着ていますね。国の大貴族ですか?」


 この世界の基準でも、このスーツは結構珍しいものだろう。


「実は俺……」


 は魔王軍で客をやっている、と言いたい所だったが、言っちゃまずいことになると気付いた。


「お前の言う通り、この辺の貴族だぞ」

「なるほど。ちなみにどんな爵位ですか?」

「聞いて驚け。俺はなんと、この国で『ニート大公』をやっているぞ」


 それらしいと聞くため、適当に爵位を捏造した。

 本名を使うことを避けるために、「ワタライ」や「アラト」じゃなく、昔自嘲した時よく言った「にいと」を使った。


「おお……大公様ですか。それは凄い人ですね。道理でこの国の禁書まで堂々と持っています」

「禁書? あっ、これのことか」

「はい。このア……何か王国現代史という本は、全部燃やされたと聞きました」


 メランサの話によると、この『アルフヘイムオウコクゲンダイシ:セイリリー130ネンカラ』は実際隣国のエデン帝国、今はシラユリ共和国の人間が書いた本。

 現アルフヘイム国王が権力を奪う為に両親を殺し、また国内の貴族に対して高圧的な政策を取ったせいで、かなり悪評される。

 しかも悪人は滅びるという願いに反して、聖リリー199年の今になっても若い頃の外見のままだ。


 ……やばい。

 こんな本を持っているから、アルフヘイム王国人にしたのはちょっと不味いかもしれない。

 幸い向こうは俺がそうしてもいいレベルの貴族だと勘違いしたみたい。


「まあ。自分の国のことだから、色んな角度でよく見ないとな」

「おお。流石は大公様」

「それよりお前、字が読めるの?」

「はい。昔教われましたから。あっ、ご馳走様でした」

「いえ、お粗末様……えっ? まさか、全部食べた?」


 この子、こんな短い会話の間にもう俺と舞央のお弁当を食べ切った。


「あ、あの、申し訳ありません。食べ物は三日ぶりで、つい」

「まあいいや」


 全部はダメって言わなかった俺が悪いから。


「にしても、本当にもう三日で何も食べなかったの?」

「はい。今回も、終わるまでご飯抜きだと言われました」


 ああ、分かった。

 これはあれだよな。

 子供に「宿題が終わる前にご飯抜き」みたいなやつ。


 そこまでするのは流石にどうかと思うけど、知らない人の家に俺が口を出す権力を持っていない。


「お前。この辺は危険だぞ。これから少し離れた方がいいと思う」

「ん?」


 首を傾けた。


「実はここ、もう直ぐ戦場になるんだ」

「おお。流石は大公様。こんなことまで知っていますね」


 そいえば俺、ずっとこの子の裸を見ていると改めて気付いた。

 向こうはまだ気にしていないみたいけど、早めにやめた方がいいかもしれない。


「じゃな」


 俺は身を上げ、振り返って、この場を後にした。


「美味しいお肉をくれて、ありがとうございました」


 後ろから感謝の言葉。

 振り向いたらまた見ちゃいけないものが目に入るから、俺は少し白いタイツを纏った手を振っただけで、そのまま舞央の所に向かった。

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