第3話 魔王軍

「改めて自己紹介しますわ。わたくしは先代魔王様の娘兼この辺りの領主、メランサと申します」


 片足を後ろにして、割と短いスカートを少し上げて、改めて自己紹介をしてくれたこの金髪ゴスロリは俺と舞央を随分立派なお城……だった場所に招待した。

 先日人間連合軍との大戦でここが前線になったせいで、今のように随分ボロボロになったと聞いた。

 今座っているこのテーブルも、明らかに一部が欠損している。


 そして使用人を含めこの辺の領民が全員避難した原因で、この随分広いお城に俺たち三人以外は誰も見なかった。


「初めまして。渡来新人です」

「渡来舞央。よろしくお願いします」

「ではワタライ様と……奥様、先程言った通り……」

「えっ、奥様って、私?」


 舞央は顔が少し赤く染まった。


「えっと、もしかして違いますか? 同じ苗字ですから、てっきり……」

「違いますよ。俺らはただの兄妹です。同じ苗字もその原因だ」


 勘違いの原因は多分別もあると思うけど。

 俺だって、初対面の二人がキスする所を見たら同じ考えをするんだろう。


「なるほど。では、えっと……」

「マオウと呼んでいいですよ」

「俺も。アラトでいい」

「では、アラト様とマオウ様。先程言った通り、お二人は我々の救世主様になる予定の者ですから、わたくしに敬語を使う必要がありません」

「それは……じゃそうしようか」


 相手がお偉いさんみたいで敬意を払うべきだと思うけど、ここは大人しく向こうの意思に従いましょう。


「ありがとうございます。それと、今日のことに関して新人様と舞央様は色んなことが聞きたいと思いますが、それは食事をしながらしましょう」


 メランサはちょっと薄い黒長手袋に包まれた片手を上げた。

 そして俺の前に空気が少し暖かくになった気がする。

 それを伴い、目の前の料理から匂いが出た。


「どうぞ、ご遠慮なく食べてください」

「凄い。もしかして、これがさっき言った魔法というものなのか?」

「はい、マオウ様」

「料理も凄い! まさかここで『西红柿炒鸡蛋』が見えるなんて」

「すみません。お恥ずかしながら、わたくしは料理が作れませんので、うちのメイド長が避難した前に作って残してくれたものしか出せません……あれ? これがうちのメイド長の独創だと思っていましたけど、まさかマオウ様もそれを知っていますか?」


 俺も少し驚いた。


 確かに、日本では滅多に見えない料理だが、これは間違いなく地球の料理だ。

 西红柿炒鸡蛋シホンシチャギダン……中国に一番よくある家庭料理だと聞いた。

 トマトとたまごの中華料理みたい感じだけど、日本の中華料理の店に行って注文したら、多分中国の家庭料理と全く違うものが出る。


「はい。味も、私が知っているものとで、!」


 日本では珍しい料理だが、機会があって昔食べたことがある。

 そしてこれ、あの頃食べた味そのまんまだ。


「こんな残飯みたいなものしか出せなく申し訳ありませんが、マオウ様の気に入って光栄です」


 メランサは少し微笑ましい顔で、俺と舞央の食事を見ている。

 彼女の西红柿炒鸡蛋はほぼ減っていないけど、俺たちはもう食べ終わった所だった。


「ではアラト、とマオウ様。さっき言った通り、わたくしは魔王軍の未来の為に自分勝手に救世主様をここに召喚しまい、申し訳ございません。今から少し事情説明させていただきます」


 先ずは魔族のこと。

 人間と同じ言葉を喋るが、「種族」によると色々と外見が違う。

 共通点は全員魔力を持つこと。

 その魔力で獣人のように身体能力を強化することもあり、エルフのように魔法を使うこともある。


「メランサも魔族なの?」

「はい。マオウ様」

「でも見た目は人間と変わらないね」

「わたくしは……確か、吸血鬼と呼ばれますわ」

「吸血鬼? 日差しが苦手なあの吸血鬼?」

「あれは人間たちの誤伝ですわ。銀器が苦手なのも」

「じゃ体が再生するのも?」

「それは真実ですけど。このように」

「ひィ!」


 メランサは片手を上げ、自分首に風の刃を放り出した。

 舞央の小さな悲鳴と共に、メランサの真っ白な首から赤いものが出た。


「もう治りましたわ。近くで見てください」

「本当だ! 傷跡も全然見えない」


 舞央の視線の先は、一分前と同じ真っ白な首だ。


「わたくしの場合は、魔力が体の再生と魔法に不可欠なものですわ」

「要するに、魔力は魔族にとって大事なものってことだな」


 魔力で力の強さが大体決まる。

 そして多分序列も……俺はそう考えた。


「そうですわ。それと、その魔力の量は目の色で大体分かりますわ」


 一番下のは赤。そして青。


「更に上なのは緑ですが、今この魔王軍に緑の目はたった一つですわね」

「じゃ人間の方は? この世界の人間は魔力を持つことがないよな?」

「実は教会に魔力を持つものも居ますが、人間側はそれを『聖力せいりょく』と呼びます。まあ実際同じものですけど」


 教会の事情を口にしたら嫌な顔になったメランサ。

 随分恨みがありそうだ。


「魔族のことは大体分かった。でも俺たちがこの魔王軍の救世主になるって、具体的に何をさせたいの?」

「わたくしの考えですか、どうか次期の魔王になってくださり、我々を導いてください」

「いや、でも、俺も舞央も魔族じゃないぞ。魔王にはなれないんじゃない?」

「それに関しては問題がありません。きちんと魔王軍のルールに従えば、例え人間でも魔王になれますわ」

「あれ? でも次期魔王って、先代の娘であるメランサさんが先じゃないの?」


 舞央の疑問に対して、メランサは少し魔王軍のことを説明してくれた。


 魔王軍の領地は東から西まで、この大陸を横断する。

 その領地は魔王城で二つの部分に分けられる。

 でも魔王城の位置は真ん中じゃないので、西の部分は面積が東の倍の所だ。


「人間側の地図ですが、大体合っていますからご参考になれると思いますわ」


 肩の上に小さな黒い渦巻きが現れ、メランサはそこから地図一枚を取って、俺と舞央に見せてくれた。


 そして魔王軍のことなんだが、全然一枚岩とは言えない。

 沢山の「領地」があって、「領主」がそれぞれの領地にほぼ絶対的な権力を持つ。


 その中に、更に六つの「幹部領」がある。

 具体的には、魔王城とその周辺である魔王領と、その西のドワーフ領、悪魔領、獣人領と、東のエルフ領とメランサの領地。


「住民が殆ど兎人ですが、よく吸血領と呼ばれますわ。正式の名はずっと決まっていませんけど」

「何でそうなるの?」

「誰でも欲しくない土地なので、みんな無関心ですから」

「えっ? でもここって、自然環境がこの魔王軍で一番に見えるって私が思うけど?」


 舞央は驚いた。

 地図から見れば、この魔王軍の土地は山脈に囲まれ、水気が入れず、殆どの土地が砂漠で、生活に向いていない環境だ。

 例外は一番東の吸血領。

 魔王領にも山脈が中断する場所があるけど、どう見ても降水量は臨海地の吸血領と比べにならないはずだ。


「確かにマオウ様の言う通り、この魔王軍で一番恵まれる土地と言えます。でもその同時に山脈の保護がなく、いつも人間との戦争で前線になりますわ」


 確かに。

 このボロボロになったお城を見たら理解できる。


 そして魔王のこと。

 魔王軍のリーダーだが、権力はかなり限られている。

 そもそも魔王軍の最高権力を持つものは魔王じゃなく、幹部会議という機関だ。

 前に言った六つの幹部領の領主、そして魔王本人はそれぞれ一票を持って、幹部会議で魔王軍のことを決める。


「お陰で七人しちにん会議かいぎとも呼ばれますわ。でも魔王も同時に幹部領を持って二票を持っていますから、実際は六人になりますわね」

「もしかして、先代魔王が亡くなった場合、次期魔王の座もその会議で決める?」

「ご明察です、アラト様」

「なるほど。良く分かった」


 この魔王軍は、皇帝の立場が極めて弱い帝国みたいなものだ。

 内部の貴族たちに牽制されて、外部の敵とも全力で戦えないんだろう。

 もし俺が魔王になったら、絶対この状況を変える。


 ……ということはさて置き、俺と舞央じゃ魔王の座が手に入れないと思う。


「でも俺たちは無理じゃないの? 魔力を持たず、ただの人間として」

「そのことに関しては」


 肩の上にまた小さな黒い渦巻きが現れ、メランサはそこから紫の宝石二枚を取り出した。

 小さいけど、綺麗な輝きで目を奪う。


「これを貰ってください……」


 と言いながら、メランサは突然倒れて、そのまま頭で机を叩いた。


「おい。大丈夫?」

「申し訳ありません。どうやら今日の召喚は魔力の消耗が思ったより激しくて……ただの魔力欠ですから、少しお休みになりましたら……」


 少し上げたメランサの頭はまた容赦なく机を直撃した。


「ご飯も殆ど食べていないな。食欲がないってこと?」

「はい。仰る通りです」

「じゃ今日はここまでにしましょう。メランサも少し休んでください。部屋まで送ってあげる?」

「そこまでしなくても……いえ、申し訳ありません。お恥ずかしながら、今のわたくしはもう歩けませんので……」

「しょうがないな」


 俺はメランサを抱き上げた。

 小さい子なので、結構軽い。


 久々の感じで、少し昔の記憶を呼び起こした。


「部屋の場所を教えてくれ」


 メランサを一番上の部屋に運んで、大きなベッドに寝かせた。


「まだ汗が凄い。顔も赤い。呼吸は……ある。心拍……まだ少し乱れるけど、だいぶ良くなってきた」


 舞央はまたメランサの真っ平な胸を触って、もう一回確認した。


「見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありません」

「もう意識が戻ったのか?」

「はい。お陰様で」


 そのあとメランサに俺たちの部屋の場所を教えられて、今日は休むことにした。


「じゃ俺はこれで。お休み」


 ボロボロのお城だが、まだ使える部屋が結構あるみたいので、俺と舞央にとても広い部屋二つをメランサが用意してくれた。

 その広さはドアを開けたら直ぐ分かる。


 隣の舞央の部屋も多分同じ。


「ねえ、新人」


 もう足一つが中に入った所、俺は後ろから引っ張られた。


「どうした」

「今日は一緒に寝てもいい?」

「ダ……」


 ダメだろう……と言いたい所だったが、振り返ると舞央の不安な紫と黒の瞳を目にした。

 舞央はまだ十八歳の女の子だ。しかも今日なったばかり。

 本来なら大学に受け入れられた後の学園生活を楽しんで、そして大学で青春を謳歌する所だ。

 それが出来ず、いきなりこんな未知な世界に来て、心細いよな。


 これも俺が一瞬で異世界に行きたいなんて、馬鹿な考えをしたせいかな。


「今日だけだぞ。せっかく二つ部屋まで用意してもらったから」

「うん!」


 舞央一緒に寝るのはこれで四回目。

 二回目の時に俺が身も心もボロボロになって、よく眠れた。

 でもそれ以外の時、俺は全然眠れなかった。


 今回はベッドが大きいから少しだけ距離を作ったけど、今までと同じように、隣から何かいい匂いがする。

 今日キスされた時と同じ匂い……


 やっぱり明日からこんなことをやめなければならない。

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