死んで初めて生きる
宿木 柊花
第1話
大雨の中、村の男達が集まり深い穴の中へ小さな箱をそっと入れる。
すまない◯◯、と一人の男が唇を噛み締めて箱の上に数珠を置きそっと土を掛けた。ありがとう、頼む、そう言って次々に男達は穴を埋めていく。
水を吸った土は箱の上でドシャリと重く弾ける。
次第に音が重く重なり静まってくると途端に心細さが込み上げてきた。一寸前の出来事が嘘のような静寂と闇が鮮明に感じられる。頬が濡れる。箱の隙間から滲み出た水だろうと目を閉じた。
少女は巫女として箱の中で祈る。人身御供となり災難続きの村を護るために。
ー現代ー
町の中心部にどうしても解体できない廃墟がある。かなり大きく古い。一日の大半が日光に当たらないにも関わらず、蔦が這いまわり『出そう』という雰囲気が充満している。
大学生のハルはその場のノリを大切にする。流れには逆らわないことをモットーに今まで平和に暮らしてきた。
今はそれを後悔している。
流れに身を任せた結果がこの廃墟調査。流されてオカルト研究会に入るのは良しとしても、
たかがサークルと軽く思っていたことも後悔している。
ホラーは好きでも現実の心霊は大の苦手。ポケットに忍ばせた音楽プレーヤーを握って推しの【《
これが終わったらイベ参戦! これがハルの魂を奮い立たせる魔法の言葉。
ハル以外の調査メンバーは、好きなタイプは乳牛の
この二人と同じグループで大丈夫なのかと心配になる。
廃墟の中は昼間でも薄暗く懐中電灯は必須だった。中はホールのようにただ広い空間が広がり、中心部に土が見えるほど大きな穴がある。元々ではなく何かで破壊されたような印象を受ける。
異様な空間だった。
ハルは恐怖を薄めるためにイヤホンを耳につける。正気を保つためにもお気に入りの明るい曲を取り込む必要があった。
早く終わらせて
壁伝いに二階まで到達し、瓦礫も多く足が疲れてパンパンになってきた。二階も所々崩れているのに暗かった。
「何も起こらねーな」
今の今まで迷惑系動画投稿者の真似をしていた明が小石を蹴りながら言う。カコーンとやけに音が響く。
柱はあれど他は何もない。二階には天井と床に穴があり、その下に一階の穴があるようだ。隕石が落ちたと言われれば納得の吹き抜け状態。
天井の上に三階がありそうだが、階段が見当たらない。その先で赤い空が見えた。
「もう夕方だから帰ろうよ」
見ると杏は所構わず無言で写真を撮り続けていた。杏がこれほど静かな事は滅多にない。
ハルは音楽を外し、撮影した動画を見返していた明に近付いた。丁度穴を上から覗くように撮ったカットだった。
「ねぇ明、杏っていつから静かになった?」
明は答えず「帰るぞ」と一言だけ言ってハルと杏を引っ張って廃墟を後にした。
常にヘラヘラしている明が初めて見せた真剣な表情に何かが起きたことをハルは悟った。
そしてその帰り道、音楽プレーヤーが無いことに気付いたハルは全速力で引き返す。
ノーミュージック・ノーライフとはハルのことである。
ーーーーーー
騒いでいた人達が帰ると建物は一気に静寂に包まれる。
『突然他人の箱に入るなんて道理はどうなっているのかしら』
目が覚めてからこの時間になると天井の大穴から月を眺める。
床下から天井まで何かで貫かれたような穴は地面の下からでも月が眺められ、とてもありがたい。なぜこのようになったのかは皆目見当がつかない。
知らないものに囲まれた小さな世界で月だけはあの頃と同じに輝いている。
『村が平和に発展できたのなら私の意味はあったわよね』
月に問いかけて家族や村の人々を思う。もう会えない人々は幸せになれたのだろうか。
そんなことを思うと胸が締め付けられた。
すると、こんな荒廃した場所とは似つかわしくない楽しそうな音楽がどこかから聞こえてきた。それはとても小さな音だったがなぜか心が踊った。
『どこからだろう』
見に行きたいと願った。今までにないくらい強くそう願う。
ーー心引かれるこの歌をもっと聞きたい!
すると目の前の土がポコリと盛り上がり、小さな
むくりと起き上がれた。
手足は痩せ細り、少し透けている。久しぶりの歩行にふらつきながらも音のする方へ向かう。足の裏に感覚があることも久しぶりで痛くもありくすぐったくもあった。
音の出所は二階の穴の近くだった。
小さな板から伸びた紐の先。恐る恐る耳を近づけるとなんとも心地よい歌が流れてくる。小さな世界も明るく思える。
忘れていた温もりに包まれ、自然と涙が流れる。やっと春がきたような感覚。
動かないはずの心臓が激しく脈打ち、頬が紅潮するのを感じる。月がいつもより輝いて、
温もりが体を巡り、心なしか手足が少しふっくらとして色味が戻ったような気がする。
地を這うような冷えきった風すら今は新緑を運ぶ風のように心地よい。
『何これ』
手を伸ばそうとしたとき、
「アアアアアあーったァ!」
猛烈な足音と共に奇声を発する女が現れた。
腰を屈めたおかしな体勢で女を見上げる。見えるはずもないと思いつつもそっとその場を離れようと背を向けると、
「見つけてくれてありがとう」
その声ははっきりと見えないはずの私に向けられていた。何も言えずにいると女はすかさず、この曲どう?と聞いてきた。
『良い曲だと思うわ』
「そうでしょ?これはね……」
女は嬉しそうに話し出す。
その潤んだ瞳が、熱く語る声が、伝えようとする仕草がとても輝いて見えた。
好きなものを語る輝き。
これはいつの時代も同じなのだと思う。
もう会えない村人達が好きなことを話すときの顔と同じ、幸せが生命力が溢れる輝き。
『……私は護れたのだな』
女は一瞬だけ不思議そうな顔をしたがまた話に熱中し出した。
「それでね、このボーカルがね……」
廃墟に熱がこもる。相槌を打ちながら今しがた知ったばかり歌い手談義を聞いている。
楽しそうに語るこの未来を生きる女と過去の残骸の私。少し意地悪したくなる。
「今度のライブ一緒に見に行こうよ!」
『私は行けない』不思議そうな顔をする女に続けて、『幽霊よ私』
言ってやった。その瞬間胸がチクリと痛んだ。死んでから初めての話し相手、きっと叫んで逃げるだろう。
なんせ、この女は昼間の騒がしい人と一緒にいた。きっと荒廃した場所で度胸試しを楽しむ
もう二度と来てはくれないだろうな。
「マジ?」
女が覗き込んでくる。バサバサとした
「ならチケット代浮くじゃん!」
想定と反応が違いすぎるとここまで呆気に取られるものか。口は開けど言葉は出ない。
「推し活はお金がすべて。浮くものは大歓迎だよ」
『とうの昔に死んだ者に好かれても困るだけというものだろう?』
「好きなものは好き。推し活に生まれも育ちも生死だって関係ないんだよ」
女は大袈裟に立ち回る、世界の
「好きな気持ちは自分だけのもの、誰にも制限されないんだよ」
私の中に新しい真理が芽生えた気がした。
巫女だった私は村のために人身御供となった。神に遣えるため趣味趣向は控えて神のみを信じて生きて、そして死んだ。
本心では、家族とも友人とも気になる殿方とも離れたくはなかった。それでも皆の幸せのためにと……。
『良いのだろうか』
裏切りにならないだろうか。
「良いんだよ、推し活は推しに命を懸けてもいいくらい楽しいから」
女が私の手を握る。火傷しそうなくらい熱くて溺れそうなくらい湿っている。
「もう推し友だね」
女が言った。女の名はハルと言ったが、私には教える名前がなかった。
『私の名前……』
「巫女服着てるし巫女ちゃんでいいよ。それにしても」ハルは私を舐め回すように上から下、下から上へ見る。
「オバケなのに触れられるね」
そういえば今も手を握っている。
「触れるなら席とか必要そうだね、チケット買わないと。頑張って稼ごうね!」
初めての推し活は労働から始まるらしい。
果たして死人にできる労働はあるのだろうか?いささか不安を抱いた。
「そういえばメンバーって聖職者で構成されてるけど、大丈夫? 祓われない?」
……めちゃくちゃ不安になった。
人身御供の次は祓われる?
処理が追い付かず、アワアワしていると足を滑らせて穴から落ちた。
落ちる時にみた空は星がいくつも出ていてとても綺麗だった。
ーーベシャッ
土の人形が崩れて私はまた地面の下にいた。
「大丈夫?」
上からハルの能天気な声がする。
『大丈夫。土に帰っただけよ』
「土に還るって」
ハルは
誰もいなくなった場所は今までよりもずっと静かに感じる。
『また会えるかしら』
そんな事を思いながら眠りにつく。
死んで初めて生きる 宿木 柊花 @ol4Sl4
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