マントラゴラ

 「空っ海!空っ海なのじゃ!久しいのう。」

 「お懐かしゅう御座います。いかがお過ごしでしたか?」

 「マナトと会ってから、楽しいのじゃ。映像を送るのじゃ。分体同士であれば、自分の記憶を送る事が出来るのじゃ。」

 ちょっと振り向いて説明してくれる。

 なるほど。

 便利なものだ。

 「…これは何の映像なのでしょうか?」

 「しまったのじゃ。BLCDの映像を送ってしまったのじゃ。」

 おおい!

 久々の師弟の出会いに初っ端から何をしているんだ。

 後、それって、俺と会って楽しいんじゃなくて、BLCDが楽しかったんじゃ…

 「びーえる…?」

 「マナトが、気にせんと楽しんだら良いと教えてくれたのじゃ。」

 「そうなのですね…お師匠様が良いと言うものならば、空っ海も嗜んでみたく思います。」

 そう言って、俺をじっと見てくる。

 止めてくれ。

 そんな目で俺を見ないでくれ。 

 歴史的な偉人を再び、腐の道へ付き落とせと言うのか。

 しかも、自覚のない人間相手に…

 「それは、ちょっと…」

 「そうですよね。私のような者が、このようなきらびやかなことをしてみたいなどと…びーえるに出ている者は皆、とても華やかですから…」

 漫画だけどな。

 実際にそんなやつは居ないが、もしかして…

 「やってみたいのか?」

 「そんな…私などのような者がおこがましい…」

 そう言って、袖口を口元に添える。

 いちいち、上品だ。

 宇木先生の所で見た空っ海は、禿げたおじいさんだったが、今は若い姿なのか、韓国人モデルのようにも見える。

 「…本当にやってみたいんだな?」

 「はい…ですが、私のような者はとても…」

 「任せておけ。俺が一肌脱いでやろう。」


 「これが、わ・た・し?」

 空っ海が、変身した自分の姿を確認して、うっとりと言う。

 少女漫画のテンプレみたいになってる。

 牡丹の花をあしらった、黒を基調とした振り袖に、銀色の帯は、蝶のように垂れる様に華やかにした。

 帯留めは、赤。

 襦袢も赤だ。

 髪は片方に毛束を少し纏めて、牡丹の花を飾った。

 そして、無駄に高い下駄を履かせた。

 やたら、転んでしまえばいいと思う。

 転んで、裾が肌蹴てしまえばいい。

 個人的に、足袋が短くて足首が裾から覗いてしまったり、首元が覗いてしまったり、着物はチラリズムがいいと思う。

 そんなイヤらしい俺の視線に気付いたのか、空っ海がつと、顔を伏せる。 

 「マナトさん…そんな熱い目で、私を見詰めて…」

 「空っ海。折り入って聞きたいことがあるのだが。」

 「はい…何なりと…」

 「つかぬことを聞くが、あそこに居る横浜銀河と俺と、どっちがいいかね?」

 無謀にも、日本一、いや、世界一かもしれないモテ男に戦いを挑んでみる。

 「あの方と、マナトさんですか…?私は、その…出来ましたらマナトさんが…」

 「ひゃっほうっ!」

 勝ったぜ!

 あの、日本一、いや、世界一のモテ男に俺は勝ったんだ!

 自慢じゃないが、こちとら典型的な日本人体型だ。

 その上バリバリのインドア、というか単なるオタクで、運動なんてからっきし。

 筋肉なんてあって無いようなもので、デブではないが、まあ、だらしない身体をしている。

 外に出ないから、肌も生白い。

 ついでに、視力も悪い。

 そんな男が、世界一のモテ男に勝ったんだ。

 どうだ、悔しかろう。

 勝ち誇って、横浜銀河を見遣ると、まるで聖母のような慈愛に満ちた微笑みを向けられた。

 何だ、その顔は!? 

 まるで、幼稚園の先生が園児が作った下手くそな粘土を見て、上手ねえと、褒める時の顔のようではないか! 

 俺など相手にもならんと、そう言いたいのか、横浜銀河!

 

 「よう似合っとるのじゃ、空っ海。おなごより、綺麗で色っぽいのじゃ。」

 「本当ですか?そのように言ってもらえて嬉しいです。」

 「そのままBLCDに出てもおかしくないのじゃ。ちょっとやってみるのじゃ。」

 ぎりぎりと、歯ぎしりしながら横浜銀河を睨んでいると、師弟のBLごっこが始まっていた。

 「こうですか…?」

 「そうじゃ。そんな感じだったのじゃ。ちょっとしなだれかかるのじゃ。綺麗になったから、様になるのじゃ。」

 「それなら良かったです。」

 「昔の空っ海は、可愛かったのじゃ。いつも、儂の後を付いてまわって、後ろから抱き付いてきおった。」

 「お師匠様はお優しいので、実の親より大好きでした。甘えていたのです。」

 「それに、泣き虫じゃったのう。上手く出来んと、泣いておった。儂がそのうち出来ると慰めると泣き止んだのう。」

 「お恥ずかしい…そんなことを知っているのは、お師匠様だけです。空っ海は、お師匠様だけを頼りに生きていたのです。お師匠様がお亡くなりになって、とても寂しかった…共に日本で密教を広めたい、これからだと思っていたのに…」

 「中日如来になってから、毎日空っ海に話し掛けておったのじゃ。だが、空っ海に儂の声は、届かなんだ。空っ海は泣いておったのに…」

 「そうだったのですか…お師匠様…」

 

 ’第六感ー気付きの能力’


 ん?

 何だ?

 「マナトさん、今、何か…」

 空っ海が訝し気な顔をして俺を振り向く。

 「あ?ああ…無意識に能力が発動したみたいだ。」

 何に反応したのか分からん。

 偉人達のBLごっこを見て、荒んだ心を癒やしていただけなのだが。

 「そうなのですね。もう一度能力を使ってもらっても?」

 「分かった。」


 ’第六感ー気付きの能力’


 「…どうも、お師匠様の声が聞こえなかったのは、何者かが阻害していたようです。」

 「何者?」

 「そこまでは分かりません。お師匠様に情報を送ってみますね。」

 「分かったのじゃ。」

 師弟で何事か遣り取りしているが、眉を顰め顔を見合わせている。

 どうも芳しくないようだ。


 「あの…こちらに情報が来ました。」

 横浜銀河が声を上げる。 

 そうだった。

 中日如来は横浜銀河なのだった。

 中日如来に送った情報が横浜銀河にも届いたわけか。

 「ヨーデルの人が何かを知っているようです。ああ…今、話しかけられました。」

 なるほど、ヨーデルの人なら何か知ってそうな気もするが、相変わらず出て来ないつもりなんだろうか。

 「…分かりました…今、ヨーデルの人から、情報を送ると言われたのですが、融合した方が送りやすいと言われたので…ちょっと待って下さいね。」

 融合か。

 中日如来と融合した時は、悲惨…非常に面白い感じになったよな。

 ヨーデルの人と融合したら、どうなるんだ?


 横浜銀河の髪が、長めの明るい色になった。

 そうだよな。

 ヨーデルの人は、ロングヘアの金髪だった。

 少し、身体が華奢になって…

 なんたって、14歳だもんな。

 色白で…

 白人だし。

 ふっくらした頬に、明るい色のぱっちりした瞳、長い睫毛…

 ただの美少年じゃねえか!


 「俺の第六感が告げている!今すぐ、ヨーデルの人との融合を解き、中日如来と融合した方が良いと!」

 「分かりました。分かりましたから…すぐ終わるので、もう少し待って下さいね。」

 駄々をこねる園児をあやす、幼稚園の先生のようではないか!

 女にモテ過ぎて、入れ食い状態になると、あんなに余裕のある人間になれるんだろうか。


 「マントラゴラ…」

 心の狭い男の耳に、聞いたことがあるような、無いような言葉が届く。

 空っ海が沈痛な面持ちをしている。

 「真っ言宗の唱えに、原因があるようじゃの。」

 「どういうことなんだ?」

 「真っ言宗で、唱えらえる経を梵っ字で、マントラゴラと言うんじゃが、その表向きの意味は、中日如来を頼れば平和になるというような意味なんじゃが、隠された裏の意味があったようなんじゃ。」

 「そのマントラゴラに、中日如来様を縛り付ける力が混ざっていました。梵っ字で、読めないようになっていたのですが、中日如来様も、この空っ海もマントラゴラに逆らえないのだと。」


 

 「おーほっほっほっ!やっと、敵の尻尾が掴めたようね!」



 あ、やっと出て来た。

 



 

  


 

 

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