壁と障子
「…儂は多重人格だったのじゃ!」
中日如来が、食い入る様にパソコンのディスプレイを覗き込んでいる。
口に手を当て、アワワワワ、とでも言いそうなくらい口を大きく開けている。
それでも、綺麗に正座をして、背筋はピシッと伸びている。
我が家には、座布団なんて洒落たものは無いから地べたに座り、物置と化している棚に鎮座した、中古のパソコンに齧りついている。
「あー、まあ、通常、心理的要因があって、多重人格になるわけだが、仏になったら、3人になると思っていて、死んだら3人になっていたわけだよな。なら、関係ないのかも知れんが、一応。生前のけいしんは、どんなだった?」
「厳しい家庭で育ったのじゃ。母は礼儀に厳しく、父からは男らしくしろと、よく叱られておった。」
「どんな子供だったんだ?」
「物語を書くのが、好きじゃった。山に入って草木を眺めているのも楽しかったのう。」
「へえ…ほっとけ教とは、いつ関わったんだ?」
「村に修行僧がやって来て、話を聞いて感動したのじゃ。それから一人で寺に通って本を読みふけって14歳で寺に入って、一人で山で修行したのじゃ。」
「一人で…師匠、は確か居なかったんだよな。仲間とかは?」
「父になよなよしているとよく叱られておって、…儂が男に興味があったようなんじゃ。それで父に友達を遠ざけられたんじゃ。それから、ずっと一人じゃ…」
「そうなんか…」
カチカチとマウスを操作して、mytubeのページを開く。
「俺はよく知らんが、ニューハーフとかって、それで仕事したり、テレビに出たりしてる人も居るぞ、ほら。褒められることじゃないかも知れんが、今時、そんなに気にしなくてもいいんじゃ…ああ、そうだ。こんなのもあるぞ。BLCD。」
「これは何じゃ?」
声優のページも開いてやる。
「このアニメの声出してる男の人が、こんな可愛い声で演技してるんだ。同一人物だぞ。すごいだろう?」
「すごいのじゃ!可愛いのじゃ!」
「気に入ったか?」
「面白いのじゃ!もっと聞きたいのじゃ!」
「そうか、そうか。そりゃ、良かった。」
果たして良かったのか?
仏様を腐の道に引きずり込んで、一抹の不安は無きにしも非ず。
「儂は何がいいのか分からん。」
可動明王が腕組みをして、それでも律儀にBLCDを聞いている。
同一人物なのに、こんなに性格が違うのか。
「男らしくあれと父に言われて、儂が思う理想の男らしい姿が、可動明王なのじゃ。現実の儂の姿は、中日如来と近いのう。」
「へえ…」
生きている時の記憶があって、人と同じように、思考し、感情があり、視覚や聴覚もある。
半透明の姿で、俺は美少女に会う前は、全く悪霊も仏モドキの姿も見えなかった。
カチカチとマウスを操作して、心霊番組のページを開く。
「こういう風にさ、テレビでよく心霊番組っていうのをやってるんだけど、何百年前の落ち武者が、イタコと話して成仏するってことなら。霊の状態で、記憶、思考力、視覚、聴覚があるってことだろ?じゃないと、イタコと話して成仏するってことが出来ない。」
「何の話なんじゃ?」
「肉体が無くなっても、記憶、思考力、視覚などがある。しかも、何百年も。それは、幽霊全般に言えることで、中日如来達だけに限ったことじゃない。自分が何者かって聞いたろ?基本、存在としては幽霊なんかと同じじゃないか。」
「むう…」
「よく、こういう霊って、磁場に居るとかいうけど、何かが動くにはエネルギーが必要で、磁場からエネルギーを供給してるんじゃないか。」
「儂が普段居る場所も、霊的なエネルギーが密集しているのじゃ。」
「じゃあ、たまにそこに帰ってエネルギーの供給をしてると?」
「そうじゃ。」
「俺が思うに、霊体ってのは基本、電気なんじゃなかろうか。それで、磁場からエネルギーを供給して運動している。肉体とは別に、電気だけで情報処理が出来てるわけだ。」
「むう…」
「生霊っていうのもあるもんな。俺に取り憑いてた悪霊みたいに。昼間だったから、寝ていたとは考えにくい。ということは、肉体と霊体の両方で別々に思考などが出来ることになる。肉体が無い時は、霊体だけで思考などをしていて、生きている時は、肉体と霊体が重なって思考などしてるんじゃないか。オーラっていうのが、肉体の周りに見えるしな。肉体で得た情報は、霊体にも取り込まれて、輪廻転生でその情報は残ったままで、たまに、前世の記憶がある人なんかも居るけど、あれは霊体の情報が残ったってことかもな。漫画とかで魂が抜けるとか表現があるけど、あれは一部の霊体が肉体から離れたってことか。意外と珍しくもないことかもな。」
「儂は、儂は…」
「何だ?怒ったのか?偉い仏様なのに、幽霊と一緒だって言われればそりゃそうかもしれんが…」
「違うのじゃ。今まで長く思い悩んでおったのじゃが、まるで、霧が晴れるようじゃ!」
本人が霧みたいなもんだが。
「話は聞かせてもらったわ!」
頭に直接響く様に、聞き覚えのある声が聞こえる。
起きてる時まで聞こえるようになったか…
「ミナト…」
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