mytube

 「わ、儂は!ふ…可動明王だ!」

 「可動明王ね…おお、何かすげえ人気あるな。」

 「そうなのか?」

 「中日如来は何か堅苦しいのしか無かったけど、可動明王は、なんだこれ。ゲームになってんのか…?」

 「ゲーム…」

 食い入るように、パソコンの画面に近づく。

 俺の顔の前に可動明王の頭がある訳だが、透けているので、俺が画面を見るのには問題無い。

 「すごいな…」

 心なしかウキウキしてる様に見える。

 「嬉しいのか?」

 クルリと、俺の目の前で可動明王が振り向く。

 どうなってるんだか分からんが器用だ。

 「うむ。」

 真面目くさって大仰に頷く。

 つぶらな瞳だ。

 可動明王ってこんなんだっけ?

 「お可動さんって、親しまれてるって書いてる。俺だって、可動明王の名前くらいは知ってたぞ。何か知らんが、仏様の中で一番有名だろ?知らなかったのか?」

 「知らなかった。こんなに知れ渡っていたのか。嬉しい。」

 可動明王がパソコンのディスプレイにかじりつきながら、答える。

 「もっと、厳しくて、恐い感じだと思ってた。たしか、そんな感じで言われてたし、仏像もそんなんだったし。」

 「頑張らなければと、無理をしておるのだ。」

 「そうなのか…」

 大きな身体を縮こませて、しょげかえる。

 今は焔は背負ってないが、髪は逆立ち、赤黒い肌に筋骨隆々な大男だ。

 何だかこの、控え目なガチムチを、励ましてやらねばという使命感に駆られる。

 「何か知らんが、mytubeで喚ばれて、喚んだ人間を守護してるんだろ。そいつらだって、パソコンくらい見てたろ?パソコンの画面で自分の事、見たこと無かったのか?」

 「そんなことはしてはいかんと思って、見たことはないのだ。」

 「必要以上に他人の事情に首を突っ込むのはどうかと思うが、必要なら別にいいだろう。俺だったら、人間関係で悩んでるって、あんたらを喚んだんなら、メールの内容くらい見られたっていい。」

 「そうなのか。いいのか…」

 「別に守護するからって、四六時中突っ立ってる必要も無いだろ。涅槃だっけ。あんな感じで、ゴロゴロして、テレビでも見ながら悪霊が出てきたら、ズバシャァッってやりゃいいじゃん。よく分からんが、物に触れなくても、ウインドウショッピングとかさ、もっと人生?ってか、楽しめよ。ああ、そうだほら。お前らって、透けてるし普通の人間には視えないんだろ。透明人間みたいなもんじゃん。定番で、風呂とか覗けば?」

 「お主の風呂は毎日覗いておる。」

 「そうだな…あれは覗くっていうか、一緒に浸かってるというか…」

 「同衾もしたいのだ。いいだろうか。」

 「そう言われて俺にどうしろと…分かった、分かったから圧を掛けてくるな。どうせ、見えないんだから、好きにすればいいだろ!言い回しは古めかしいくせに、どこまで本気なんだか…慰めてやったのに、圧力を掛けられるのは解せんな。よし、次。般若っ菩薩いくか。」

 「あっ、お、おい!」

 「あーはいはい。取り敢えず、何で3人いるのか調べるわ。検索!えー、密教では三輪身といって、一つの「ほとけ」が「自性輪身」「正法輪身」「教令輪身」という3つの姿で現れる…ふむ。で、自性輪身が、中日如来で、教令輪身が可動明王で、正法輪身が、金剛波羅密多っ菩薩…?」

 「元々は般若っ菩薩だったんじゃが見栄えが悪いからと、変えられたのじゃ。」

 「へえ。そういうことはよくあるわけ?」

 「そうなんじゃが、言うても仕方がないと思って、黙っておるのじゃ。」

 どうして、この仏像モドキ達はこう、残念臭が漂うんだか。

 「お前ら、もうちょっとこう…まあいい。取り敢えず話を聞かせろ。この、正法輪身、教令輪身って言うのが、中日如来の化身とされているって、宇木先生は言ってるけど、元々一人って事でいいわけか?」

 「そうじゃのう。あんまり考えたことは無かったのう。仏になったら、3人になるもんじゃと思っておって、死んだら3人になっておった。経典にも書いてあったしのう。仏は、皆、3人になっておるのじゃ。」

 「化身って言うのは、どういうことなんだ?中日如来が可動明王に変わったりするのか?」

 「変わるわけじゃないんじゃが、どう言えばいいかのう。中に入れば、中日如来になったり、可動明王になったりするのじゃ。」

 中日如来が、自分の腹の辺りに、可動明王を押し込むような動きをすると、可動明王が消え、中日如来になった。

 「すごいな…また出てきたら、別々に動けるようになるわけだよな?」

 「そうじゃ。」

 「今、中日如来の中に可動明王が入った状態では、可動明王はどうなっているんだ?」

 「眠っているのじゃ。」

 「眠っている…意識はどうだ?外のことを知る事は出来るのか?」

 「知ろうとすれば、出来るのじゃ。隠そうとすれば、わからんのじゃ。」

 マナトの米髪を冷や汗が伝う。

 俺は、これを知ってる。

 「つかぬことを聞くが、中日如来の生前の名前は、けいしんだよな?」

 「そうじゃ。」

 「それは、もしかして可動明王と、般若っ菩薩も?」

 「そうじゃ。元は儂は一人じゃった。」

 マナトは、おもむろにマウスを手に取り操作する。

 開いたのは、いつもお世話になってるmytubeだ。

 「これを見てくれないか?」

 「これはなんじゃ?」



 「多重人格だ。」

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