⑭揺れる想い

 春の海岸には、あたし達の他に誰もいなかった。

 寄せては返す波の音をBGMにして、あたし達は砂の上に座り込み、取り留めのない話をした。今日、スカートで来なくて本当によかったと思った。

 絢さんは本当にゲームが好きみたいで、その話をする時が一番楽しそうだった。そして、合コンで幹事をしていた悠吾さんとは小学校以来の親友だという話や、コンビニ店員あるある等を面白可笑しく話してくれた。

 あたしは、最近観た映画の話や大学で専攻している心理学の話、そしてお気に入りのカフェの話なんかをした。

 時間ときが、とてもゆっくり流れている様に感じた。

 一通り話し終わって、お互いが何となく沈黙になった時、「俺、今日、用事あるんだ・・・だから、これから一緒に飯食って、三時過ぎには家まで送るから」と突然言われて驚いた。

「え?・・・用事って?」

 もっと長くいられると思っていたから、不意打ち過ぎてびっくりした。

「研修」

 絢さんは、それだけ言うと立ち上がり、ズボンに付いた砂を払った。あたしも、後に続いた。


 その後、海岸を後にしたあたし達は、元来た道とは違うルートで帰路に着き、途中にあるレストランで食事をした。

 時間が気になり過ぎて、そこではゆっくり話ができなかった。

 絢さんの方は自分のペースで動いているから余裕がある様で、あたしにいくつか質問をしてきた。あたしは、それに簡潔に答えるよう努め、(とにかく、早く食べなきゃ)という感情に追われていた。

 本当に、慌ただしい食事だった。


「じゃ、また連絡する」

「うん・・・今日は、ありがとう。ご馳走様でした」

 家の前に停めた車の中で、あたし達は最後の挨拶を交わした。

 パタン。

 車外に出て扉を閉めると、車はゆっくりと発進した。あたしは、先の角を曲がるまで車の後ろ姿を見送った。


 玄関でローファーを脱いだら、めちゃくちゃ解放感だった。

(今度のデートはスニーカーにしよう)

 と思ったところで、次のデートの約束がされていない事に気が付いた。


「あれ?!・・・早過ぎない?」

 リビングのドアを開けると、ソファーに寝そべってテレビを観ていた母が半身起こして驚いた顔をあたしに向けてきた。画面の中ではやはり、犯人が刑事に追われているシーンだった。一瞬、デジャヴかと思った。

「研修があるんだって」

 あたしは、父の指定席である一人掛けのソファーに身を落とした。

「ねぇ・・・その『研修』の内容、ちゃんと訊いた?」

「ううん。そんなの、初デートで訊けるワケないじゃない・・・」

「それを訊く為のデートなんじゃないのぉ~」

 少し呆れた様な口調で母は言い、ソファーに座り直すとリモコンを使ってテレビを切った。

「あっ!そうそう!ビッグニュースがあるの!」

「なぁに?」

「あのね。絢さんの車、レンタルじゃなかったの!」

「あ、そう・・・」

 母は、なぁ~んだ、そんな事?という様な表情かおをした。

「それもね、ポルシェだったのよっ!」

「ポルシェぇぇぇええええ?!・・・外車の?」

 やはり母も、『おそ松くんのイヤミさん』になってしまった。

「国産車で、ポルシェ、ある?」

「・・・紅美?・・・中村くん、何だか色々怪しくなぁい?」

(中村じゃないってば!)と言いたいところなんだけど、そんな気力は無かった。

「うん・・・色々怪しい気がする」

 あたしは『エリさん』の事を思い出しながらも、母には伝えずそう返した。

「土日だけアルバイトして。平日は研修。それでいて、ポルシェ・・・ちょっと普通ではない感じしかしないわ・・・」

(普通って、何?)と問いただしたかったけれど、母の言わんとする事が何となく伝わってきたので、あたしは頷く事で返事をした。

ちまた流行はやりの投資?をしてるとかなら・・・そんな事もあるかも知れないけど」

「そんな話は一切出てこなかった」

「今日みたいに、数時間だけ遊びに行く、くらいの関係なら問題無いと思うけど・・・それ以上親密になるのは、母さん、賛成できないかも」

 もっともだと思う。

 あたしが母親でも、娘にそうアドバイスすると思う。


 その夜は、なかなか寝付けなかった。

 絢さんの事をどんどん好きになっていく気持ちと、絢さんに深く関わってはいけないという気持ちの狭間はざまで揺れていた。

(あたし、何で絢さんの事、好きなんだろ・・・)

 色々な事をぐるぐると考えていたら・・・最終的に、そこに辿り着いてしまった。

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