⑪デートの約束

「中村くんとは、どうなの?」

「ぇ?・・・中村くんって、誰?」

 りりあとカフェで会って帰ってからの夕飯の後、食卓の片付けをしていた母に突然訊ねられて、頭がハテナになった。

 それは、K-1の試合を観る為に父と弟が揃ってリビングに移動した時の事だった。

「中村倫也似のフリーター」

 言いながら、母は手際よく食器をシンクに移動させてゆく。

「あぁ・・・今朝あたしが送ったメッセージで、止まったまま」

「・・・そう」

「てか、『一ノ瀬さん』だから」

 あたしは軽くツッコんだ。

「はいはい・・・で、その一ノ瀬さんはいくつなの?」

「今年二十三・・・だと思う、確か」

 悠吾さんと同い年なら、必然的にそうなる。

「社会人との飲み会だって喜んでたから、フリーターって聞いて・・・ちょっとびっくりしたわ、母さん」

「あたしもびっくりしたわよ」

 言いながら、あたしは自分の前にある食器を母の取り易い位置に寄せた。

 こんな話をしていたら、高校時代に好きだった人の事を母に語り撒くっていた頃を思い出し、ほろ苦い気持ちになった。あの頃のあたしの涙を受け止めてくれたのは、咲子と母だったから・・・。

「まだ付き合うとか結婚とかまではわかんないけど。だけど、あたし、絢さんとは仲良くなりたいと思ってる」

 あたしは、こちらを見てはいない母を真っ直ぐみつめて言い切った。

「そうね。大学に入ってからめっきりそういう話しなかった紅美に訪れた恋だものね。母さんも、応援するわ」

 母はそう言うと、シンク側に回り水道の水を勢い良く出した。

「何かあれば、あの頃みたく母さんに相談するから・・・安心して」

「え?なぁに?」

 母は、出していた水を止めた。

「ううん。何でもない」

 あたしはそう言い残すと、試合に興奮している父と弟を横目に二階に上がった。


 部屋に入って何気にケータイを確認すると、絢さんからメールが入っていた。

 急いで読む。


『俺はツナ派笑

 つかドライブ行かね?』


(え・・・ドライブ?・・・ドライブって、車で行く・・・アレだよね?)

 あたしは、瞬間、『ドライブ』の意味が解からなくなってしまった。

 その簡潔な文章をあたしは暫く眺めた。

(ドライブ・・・ドライブ・・・車、だよね・・・)

 時刻を確認する。

(八時か・・・バイト中かぁ・・・)

 あたしは、ケータイを持って母のいるキッチンに戻った。


「お母さん?」

 手を泡だらけにして食器を洗う母の隣に立つと、「なぁに?・・・早速、問題発生?」と母は軽く微笑んだ。

「ドライブって、車に乗ってどこかに行く事だよね?」

「・・・多分ね。・・・どうして?」

「ャ。絢さんにドライブに誘われたんだけど・・・土日だけのバイトで、車なんて買えるのかなーって思って」

「え゛っ?!」

 途端、母が素っ頓狂な声を上げた。その声があまりにも大き過ぎて、父と弟がこちらを見た。が、二人はすぐに画面に視線を戻す。

「やっぱ・・・車は無理だよね?」

 母に同意を求めると、「そうじゃなくて・・・働いてるの、土日だけなの?」と今度は逆に質問された。

(そっち?!)と心の中で思ったがそれは音声にはせずあたしは、「え、あ、うん・・・」と曖昧な返事をした。

「じゃあ、月曜から金曜までは何してるの?」

「なんか・・・研修とかって言ってた」

「何の?」

「わかんない」

「・・・車は、レンタル出来るから」

 母が急に意味不明な事を口走ったので、「どういう意味?」と訊き返すと、「レンタカーするんじゃないの?」と答えてくれて、とても納得がいった。

「そっか!レンタカーね!」

 安心したあたしは、返信する為にカウンターの椅子に腰掛けた。


『うん!

 行きたい!』


 また自然に顔がニヤけてくる。

「青春だわねぇ~」

 目尻を下げながら、母があたしを見た。


 絢さんから返事があったのは夜中の二時頃だったけど、あたしがそれを読んだのは目を覚ました朝の七時前だった。


『いつがいい?

 平日なら俺はOK』

『水曜日なら学校休みだよ!』


(ここでまた、返事、待たされるのよねぇ・・・)

 と思っていたら、その返事は数分後に届いた。


『了解。

 十時頃迎え行くわ。

 家、教えて?』

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