⑩ふたつの恋
『珈琲屋』で待ち合わせをしていたのに、りりあとは最寄り駅のホームで会ってしまった。世間では、あるあるかも知れない。あたし達はそのまま並んでカフェへと向かう。お互いに口数は少なかった。云いたい事がある時って、何故か勿体ぶってしまう。これも、あるあるかも知れない。
暗黙で、奥の窓際の席へと進む。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
程なくして現れた店員に、りりあはエスプレッソマキアートを、あたしはアッサムティーを注文した。
店員が移動した途端、りりあが口を開いた。
「ねぇ!聴いてよ~~あたし、好村さんの連絡先、ゲットしちゃった!」
「カラオケで?」
あたしは、自分も云いたいのをグッと堪えて質問した。
「ううん。カラオケではもうドンちゃん騒ぎになっちゃってね~特に悠吾さんと紗世先輩がノリノリで・・・みんなで巻き込まれてた」
りりあは言いながら楽しそうに微笑んだ。
「その状況、想像つくわ~・・・じゃあ、連絡先はどこで?」
「それがね、帰りのバスが一緒だったのよ~」
「二人だけ?」
「最初は紗世先輩も一緒だったんだけど、乗り換えで、ね」
「そこから、二人きり?」
「そう!で、『今日は楽しかったね~』みたいな話してたら、好村さんの方から『連絡先交換しよう』って言ってくれたの!」
「で?・・・やりとりは、続いてるの?」
「ャ・・・帰宅してから、ちょこっとやりとりしただけ」
りりあは不満そうな
「けどね、バスの中で『今度どっか遊び行こう』って話題も出たから、それ待ち・・・かな?」
「それってデートの誘いじゃんっ!よかったじゃない!」
あたしがそう言ったところで注文した飲み物が運ばれて来て、話は一時中断した。
「ここのエスプレッソ、最高に美味しいのよね~・・・ところで、残念だったわね、紅美・・・」
言いながら、りりあはカップに口を付けた。
「え?」
「ャ・・・あの後、絢さん?だっけ?・・・バイトとかで帰っちゃったじゃん?本当にバイトかどうかはわかんないけど」
あたしは、そのりりあの言葉を聞いてるそばからニヤニヤしてしまった。
「・・・ん?どうした?・・・何かあたし、変な事、言った?」
「ううん・・・そうじゃなくて。絢さん、本当にバイトだったの」
「へ?」
ポカンと口を半開きにさせて、りりあはあたしをみつめた。
「あの後ね。あたし、頭痛くなっちゃって。で、酔いを醒まそうと思って、りりあと行った公園に寄ったの」
「あぁ~紅美、お酒、弱いもんね・・・酎ハイで酔っ払っちゃうからぁ~」
りりあは軽く笑った。
「うん・・・でね、気が付いたら九時半とかになってて」
「え?・・・一人で?」
「そう。でね、ちょっとお腹空いてたから、駅にあるコンビニに寄ったのね」
「うん」
「そしたらね、そこにいたのっ!」
「・・・誰が?」
「絢さんっ!」
「え゛っ?!」
りりあは目を見開いてあたしを凝視した。
「マジ?」
「うん、マジ!」
「で?」
りりあは身を乗り出して来た。私事だけど・・・その気持ちはとってもよく解かる。
あたしは、アッサムティーで喉を潤してから、その後に起こった出来事を順を追ってりりあに説明した。
全てを聴き終えたりりあは、「そんな事あるの?!素っ敵ぃ~~!紅美、漫画の主人公みたいじゃん!」と、我が事の様に興奮していた。けれど、次の瞬間、「けどさ・・・それって、フリーターって事・・・だよね?」と、声のトーンを落とした。
「バイトが副業でなければ・・・ね」
あたしの声も沈み込む。
「あの日、何て言ってたっけ?自己紹介の時」
「平日は研修、って言ってた。確か」
「研修か・・・何か、ニオうわねぇ」
「匂うって?」
「怪しいって事!」
りりあはエスプレッソの泡を唇に付けたまま、難しい顔をした。
(そうだよね。みんなそう思うよね・・・お母さんも妙な感じだったしなぁ・・・)
塞ぎ込むあたしにりりあは、「ま、とりあえず、お互い幸せ目指して頑張ろ!」と言ってカップの中身を飲み干して笑い掛けた。
「うん」
窓の外でそよそよとそよぐ葉桜があたしには、ふたつの恋にエールを送っている様に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます