➆皺くちゃのメモ用紙
(酔い、醒ましてから帰ろ)
駅に着いたあたしは進行方向を変え、例の公園に移動した。夕方、りりあと話したベンチにはカップルらしき二人が座っていたので仕方なく、おじさんが寝そべっていた方のベンチに腰掛けた。春とは言え、夜は少し肌寒い。
見上げると、綺麗な三日月があたしを優しく見下ろしていた。だけど、その柔らかな光が、今は途轍もなく苦しかった。
(あたし・・・からかわれたんだ・・・)
絢さんは
(・・・最悪)
そう思った。そう思ったのだけれど、どうしても絢さんの事は嫌いになれなかった。どこが好きかと訊かれても答えられない。逢った瞬間、好きになっていた。
あたしは、暫く途方に暮れていた。
どれくらいの時間が流れたのだろうか・・・気が付くと、頭痛は殆ど治まっていた。
ベンチにいたカップルもいなくなっている。
ケータイの時計を確認すると、二十一時半だった。
(え?!もうこんな時間?!)
一時間以上もぼーーっとしていた事に、驚いた。
途端、我に返る。
(お腹空いたぁ・・・そう言えば、料理、あんま食べられなかったなぁ・・・コンビニで何か買って帰ろ)
あたしは立ち上がり、駅に向かった。
駅構内のコンビニは、土曜日だからか結構混み合っていた。
あたしは昆布と梅のおむすびふたつと板チョコを掴んで、レジに並んだ。
順番が来て商品を台に置くと、「いらっしゃいませ~」と声掛けされた。
(どこかで聞いた事ある声だな・・・)と思いながら財布の中の小銭を漁っていたら、「つか、こんな時間に食べたら太るぞ?」と言われ、思わず顔を上げた。すると、絢さんそっくりの店員さん・・・否、絢さんが微笑んでいる姿が瞳に映った。
「・・・え?!」
ピッ、ピッ、ピッ-
絢さんは平然とした様子で、バーコードの読み取りをしていく。
「以上三点で、三百六十四円になります」
「えっ?」
「三百六十四円です」
(そういう意味の『えっ?」じゃないんだけど・・・)
心でツッコミを入れつつも、「ぁ、はぃ・・・」と言ってあたしは、四百円をレジ台の上の青色のカルトンに乗せた。
心臓がバクバクする。
「三十六円のお返しです」
「・・・ど、どうも」
あたしはカルトンに置かれたレシートとお釣を財布に入れ、購入した物を肩掛けバッグに押し込み、
「ありがとうございます、またお越し下さいませ~」
絢さんの声を背中に、あたしは自分の鼓動を聞きながらそそくさと店を後にした。
(ヤバぃ~~~!絢さんのバイト先、駅のコンビニだったの?!何、この展開!てか・・・こんな事、あるぅ~?!)
あたしは、自問しながら改札口へと歩を進めた。
もう少しで改札という所で、「おいっ!」と背後で声がしたかと思うと急に腕を掴まれて心臓が縮まった。
振り返ると、あたしの腕を掴んでいたのは息を切らせた絢さんだった。
「これっ、ケー番っ」
掴んだあたしの腕を離した絢さんはそう言うと、ポケットから二つ折りにした皺くちゃのメモ用紙を取り出し、それをあたしに差し出した。
「・・・え?」
「とりあえず、連絡しろよっ!じゃあなっ!」
あたしの手の中に無造作に紙を押し込むと、絢さんは足早に去って行った。
あたしは、それをゆっくりと開いた。
『080-4265-××××』
そこには、本当にケータイの番号が書かれてあった。
ずっきゅーーーーーーーーん♡
あたしは、それを両手の平に包み込み、胸の前でぎゅっと握りしめた。
(ありがとう、絢さん♡ありがとう、神様っ☆)
あたしの『春』は、まだまだ終わってはいなかった。
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