③一目惚れ

 店員に案内されるまま進むと、奥のテーブルに男女の集団が見えた。

「遅れました~」

 テーブルに近付いたりりあが誰に言うでもなく口にすると、「いや。遅れてないからー」と、茶髪の、少し派手目の女性が言いながら笑った。見た事あると思ったら、りりあのバンドのボーカルさんだ・・・卒業したから、もう違うかもだけど。

「ま、座りなよ」

 真ん中の男性がそう言って、目の前の女子側の空いてる席を指さした。

「あ、はい。失礼しまーす」

 りりあがボーカルさんの隣に座ったので、会釈をしながらあたしも隣に腰掛けた。

 あたしの前は空席だった。

「ちょっと早いけど・・・とりあえず、飲み物だけ注文しとく?」

 先程の男性が、ボーカルさんに訊いた。

(この二人が幹事なのかな~)

 なんて思いながら、何気に男性陣を視た。

(うーーん・・・社会人ってのはいいんだけど、何かパッとしないなぁ・・・)

「・・・み?・・・紅美?・・・紅美!」

「え?」

「飲み物。何にする?」

 メニューを差し出すりりあに訊かれて、ハッとする。

「ぁ・・・あぁ・・・んーっと・・・じゃあ・・・酎ハイカルピスで」

 メニューを見ながら、だけど、あたしは無難にいつものを頼んだ。

「紅美、いっつもそれじゃ~ん。偶には違うのも飲んでみなよ~」

 りりあにそう言われて、もう一度メニューを覗き込んだ。

「んー・・・」

 迷っていると、「ま、いいじゃん。お代わりで別の物頼んでもいいんだし」と、あたしの斜め前の男性が助け船を出してくれた。


 十八時になったと同時くらいに、飲み物が運ばれて来た。

 だけど、あたしの前は未だ空席だった。

「えー。約一名がまだ来てないんだけど、時間が来たので始めまーす」

 真ん中の男性が音頭を取り、乾杯をした。

「ではでは・・・まずは自己紹介から。俺から左回りで!」

(え~~自己紹介とか、めっちゃ苦手なんだけど・・・やだなぁ・・・)

 そんな事を思っている間に、それは有無を言わさず開始されてしまった。

悠吾ゆうごです。来月23になります。この春、某大手車会社に入社!営業に配属されました。趣味は音楽でっす!」

「その『大手』っての、要る?」

 ボーカルさんが素早くツッコむ。

「要るっしょ!あっはっは!」

 悠吾さんは高らかに笑った。

「えーっと。好村よしむらです。車の開発してます。趣味はバスケです・・・あ、今年24です」

麗子れいこです。22才です。本屋で事務をしてます。最近、陶芸教室に通い始めました」

 自己紹介は、つつがなく進んでいった。

紗世子さよこ、同じく22です。ジムでトレーナーしてます。趣味はカラオケとピアノです」

「りりあです。大学三年で心理学部です。サークルは軽音でギター担当・・・趣味もギターです」

(次はあたしだ・・・落ち着け、落ち着け・・・)

「えっと・・・く、紅美です。大学三年、心理学部。カフェ巡りが好きです。」

東藤とうどう清士朗きよしろう、23。俺は車の設計してる。趣味はゲームと車かな~」

「はいっ!って事で、一応自己紹介済んだんで、後はテキトーにやって下さーい!料理は店側にお任せしてるけど、欲しい物あれば各自で追加注文して下さい!」

 悠吾さんが仕切る。

(んー・・・全員そこそこ格好いいんだけど・・・なんだかなぁ・・・)

 そんな事を思っていると、りりあが耳元で「あたし、好村さん」って囁いて来た。

「そうなの?・・・あたし、今日も全滅かも」

 別の意味で、あたしも小声になる。

 と、その時。

「わっりぃ~~遅れたぁー」

 その場の空気にそぐわない、ボサボサ頭のヨレシャツ男があたし達の空間に闖入ちんにゅうして来た。

「ノセ~~遅過ぎだぞ~!もう自己紹介、終わったしっ!」

 きっと仲が良いのだろう。悠吾さんが冗談っぽく文句を言った。

「ぇ?自己紹介?メンドクセ~」

 そう言いながらノセと呼ばれたその男は、あたしの前の空席に腰掛けた。

「えー。名前は、じゅん。22。平日は研修、土日はバイトしてる・・・で?後、何言ったらいいの?」

 すると、隣の清士朗さんが「趣味とか?」って答えた。

「あぁ・・・趣味はゲームとゲームとゲームっ!」

「おっまえ、ゲーム三昧じゃん~」

 悠吾さんがツッコンだ。皆が一斉に笑う。

 だけど、あたしだけは笑わなかった。というか、笑えなかった。というか、それどころではなかった。

「どうしたの?」

 皆が笑っているのに一人だけ無言のあたしに気付き、りりあが声を掛けて来た。

「りりあ・・・あたし、ヤバいかも」

 りりあの耳元で囁くと、「え?・・・具合でも悪いの?」と心配そうに彼女があたしを覗き込んで来た。

「好きかも」

「ぇ?」

「絢さん」

「え?!・・・マジ?!」

 飛び出しそうな眼をして驚くりりあに、あたしは目をハートにして頷いた。


 大学に入って丸二年。

 めっきり恋に縁遠かったあたしにも、ようやく「春」がやって来た。

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