[広告]ヒゲ脱毛

木村直輝

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 同級生の三人が、ガムテープを持って迫ってくる。

「タクミィ~。俺らがお前のその青ヒゲ、脱毛してやるよ」

「ぁっ……、ゃっ……」

 俺の目に、涙がにじむ――。


 俺の名前はタクミ、十七歳。

 高校生だけど、輝かしい学校生活なんて俺にはない。彼女はもちろん友達だっていない。

 だって、俺にはこの、青ヒゲがあるから……。

「ねえ、タクミ君。これ、さっき落としたよ?」

「えっ!? あっ、ああ……。あり……が……」

「ちょっとキララー!? 何してんのぉー! 早く行こうよー!」

「あっ、うーん! ごめーん! ――じゃあね、タクミ君」

「あっ、ありっ、ぁっ……」

 彼女は同じクラスのキララさん。

 容姿端麗、才色兼備、文武両道、天真爛漫と、とにかく四字熟語の似合う完全無欠最強無敵国士無双女子高生だ。

 そのキララというキラキラネームの煌めきも、彼女を星のように目立たせ、よりその魅力をみんなに届けるために神が贈った名前ではないかと地元では疑われている。

 噂にたがわず、キララさんは俺なんかにも優しい、心までキラキラの女子高生だ。

 そんな彼女に、俺は、秘かに恋心を抱いてしまっている。

 もちろん、叶わない恋だってわかってる。キララさんと俺なんかが釣り合わないなんて、よく知ってる。でも、この気持ちはどうにもできない。

 だから、せめてキララさんに迷惑はかけないよう、ずっと胸に秘めておくつもりだ……。

「……ねえ。タクミ君って、青ヒゲすごいよねぇ」

「わかるー。清潔感のない男ってマジ無理ぃ」

「それな~。最低限の身だしなみにも気ぃつかえないならぁ、学校来んなって感じぃ~」

 また、女子たちが俺の陰口を言っている……。

「ねえ、キララもそう思うでしょ?」

「え? いや……。人の容姿を悪く言うのは、私は、あんまり好きじゃないかなぁ……。ごめんね」

「キララはホントにいい子なんだからぁ~」

「いやでもー、マジな話好きじゃなくてもキモいもんはキモイじゃーん? ぶっちゃけ、あいつキモくない?」

「……」

 俺は女子たちに気づかれないよう、こっそりひっそりその場から逃げ出した。

――キララさん……、ごめん……! 俺なんかのせいで、困らせちゃって!――

 でも、俺にはどうすることもできなかった。

 それに、キララさんならきっとあの場も上手くやり過ごせるはずだ。なんて、俺は最低だ。

「……ぅっ」

 でも、俺だって……。俺だって……、好きでこんなヒゲに生まれてきたわけじゃないのに……!

「おーい、きったねぇ青ヒゲのタクミぃ~!」

 あれは、同級生の男子三人組。

「あのさぁ、金貸してくんねぇ? 俺らぁ、これから永久ヒゲ脱毛に行くんだけどぉ、小遣いギリギリなのよぉ? タクミ君とは違ってぇ、ツルッツルになる努力してるからぁ、お金もかかるわけぇ。わかる?」

「……ぃっ……、ぃゃっ……」

「無視してんじゃねぇよ、タクミくぅ~ん! 俺らだって努力はしてんのよぉ? 漫画村閉鎖しちゃったけど似たようなサイト探してさぁ。音楽もドラマも全部ユーチューブでダウンロードしてぇ、毎日広告と格闘しながらエーブイ見てさぁ、節約してるわけぇ。コンビニのウィーフィー使ってさぁ」

「……でっ、でも……。俺、お金な」

「ないのぉ? 可哀そうだねぇ~。だからそんなきたねぇ面してんだー」

「あっ、俺ちょうどガムテープ持ってんだけど」

「おっ、いいねぇ! 俺らが脱毛してやろうぜ!」

 ジィーと通学カバンのチャックを開ける音がして、茶色いガムテープが姿を現した。

「タクミィ~。俺らがお前のその青ヒゲ、脱毛してやるよ」

「ぁっ……、ゃっ……」

 目に、涙がにじむ。せっかく今日まで目立たないように学校生活を送って来たのに。こんな……、こんなのって……。

 ビリーッとガムテープの音がする。

「青ヒゲにもう、サヨウナラ!」

「アハハハハハハハ!」

「ヤッベぇ、マジヤベー!」

 青ヒゲのせいで……。青ヒゲのせいで……。俺の高校生活は、人生は、滅茶苦茶だ……。

 なんで、なんで俺はこんな体に生まれて来たんだ? なんで、なんで俺なんか生まれて来たんだ?

 なんで? なんで? なんで? なんで?

「やっべー、泣いてやがる!」

「青ヒゲとサヨナラできるのそんな嬉しいかよぉ!」

「アハハハハハハハ! アハハハハハハハ! はぁーらいってぇ!」

 ガムテープが俺の顔に迫ってくる。

「そこまでよ! あなたたち!」

 それは、女子生徒の声だった。

「ぁあ?」

 振り返った男子たちは、声を失った。

 そして俺も、呆然と彼女を見上げた。

「ごめんね、タクミ君。遅くなっちゃって」

 なぜなら、彼女は……。

「さあ、あなたたち。まずはそのガムテープをしまいなさい」

 なぜなら、彼女は……。

「ああ、慌てなくていいわよ。急いで戻すとガムテープがひっついて、綺麗に戻らないものね」

 なぜなら彼女のその顎には、天に向かってカールした、立派な巻きヒゲがあったから!

「なっ、なんだアイツぅ!?」

「あの巻きヒゲ……、聞いたことがある……。この学校には、立派な巻きヒゲを蓄えた女子がいると……。その名も……」


『巻きヒゲのエリ』 -読み切り版-


「巻きヒゲの……エリ……だと……」

「いかにも私が巻きヒゲのエリよ」

「……くそっ! ふざけやがって! お前も俺らが脱毛してやるよぉ! いくぞ、野郎共ォ!」

 三人は一致団結、エリさんに迫る。

「やめなさい」

「っ!?」

 突然、三人はアスファルトにひれ伏しエリさんに頭を下げた。

「無駄よ。貴方たちでは、私のヒゲ一本抜けないわ」

「なっ……なにが……、おこって……」

「ヒゲは権威の象徴。ヒゲを使えば、相手を傷つけることなく争いを治めることだってできるのよ」

「そんな……馬鹿な……」

「でも……体が……」

「くっ……! 覚えてやがれー!」

 三人はあっという間に下校していった。

「大丈夫? タクミ君」

「ああ……、えっと……、はい……」

「ならよかったわ。……あら? あなた……。なかなかいいヒゲ力りょくを持っているわね」

「ヒ……ヒゲ力りょく……?」

「ええ、ヒゲ力りょく。それは、ヒゲのちからよ」

「……」

 ヒゲの……ちから……、ヒゲ力りょく……。一片の捻りもない、なんて真っ直ぐな造語なんだ……。ヒゲはあんなにカールしてるのに……。

「さっき私があの子たちを鎮圧したのも、ヒゲ力りょくによるものよ」

「……」

 何を言ってるんだろう、この人……。

「あなた、青ヒゲで悩んでるんでしょう?」

「!」

「ふふっ。たしかにね、毛には剃るという選択肢もあるし、抜くという選択肢もある。でも、それだけじゃない。私みたいに伸ばすという選択肢もあるのよ」

「でも……。清潔感が、ないって……」

「そうね。そういう感じ方もアリだと思うわ。でも、感じ方は人それぞれよ。ねえ、タカシ君」

「呼んだか!?」

「!?」

 突然、どこからともなくにゅるっと坊主頭のつるつる男子高校生が現れた。

「俺は、腋毛フェチのタカシ! 偶然ちらりと袖の間から見える、女性の未処理の腋毛って……、最っ高だよなぁ~……」

「……いっ、いや……」

 俺にはちょっと、理解できない趣味だった。

「せちがらいぜ!」

 そう言うと、タカシ君は自分の陣地に戻っていった。

「ね? 好みは人それぞれでしょ? それにね、脱毛と言ってもつるつるにするだけが脱毛じゃないの。私のライバル、ハートアンダーヘアのメグは、完全には無くさない脱毛をしているわ。脱毛の形も、毛との付き合い方も、人それぞれよ」

「脱毛の、形……。毛との、付き合い方……」

 エリさんとの出会いで、俺は今までより視野が広がった。でも……、でも……。

「俺……どうしたら……」

 確かに、好みも形も付き合い方も、人それぞれだということはわかった。でも、じゃあ俺は、この青ヒゲとどう向き合っていけばいいのか……。

 わからない。わからない……。

「ふふ。いいんじゃない、それで」

「えっ……?」

「これは、読み切りの漫画とかじゃないんだから。そう簡単に、人は変わらないし、答えなんて出ないものでしょ? それでも、迷いながら、迷いながら、答えなんて出ないままだって私たちは日々を生きていく……。そういうものじゃない?」

「エリさん……」

 こんなに真っ直ぐに曲がっているエリさんにも、迷いや悩みがあるんだろうか……。

「じゃあ、またね。タクミ君」

 そう言うと、エリさんは立派な巻きヒゲを天に向け、前を向いて歩いて行った。

「……」

 俺は、この青ヒゲとどう向き合っていくか。ヒゲ力りょくとはなんなのか。巻きヒゲのエリとはいったい何者なのか。なんにもわからないまま、なんの答えも出ないまま、歩き出した――。


    俺

  つ人た

  づ生ち

  くはの

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