第一九話 自然の体現者②

 ペレウスはズヴェスダがアルコルの息子だと全く予想だにしなかったわけではない。だがコブリーツ氏によれば、ズヴェスダの外見は一九四四年生まれの彼と然程年齢差があるとは思えなかったという。だからさすがに一九一二年生まれの息子とは別人だろうと判断したのだ。

「ズヴェスダさんは何年生まれなのですか? まさか彼も同類?」

「正確な年は分からない。彼は人間です。もし彼の外見年齢が異常に若かったと思うなら、同類アルファルドの『再生』の性質が少なからず影響を与えたのでしょう。二人は三十年近く一緒に過ごしたから」

「『再生』の性質……」

 ペレウスは大きく溜息を吐いた。地道に積み重ねたつもりの調査が、超自然現象で説明されていくのはあまりにも馬鹿げている。

「荒唐無稽すぎる。そんな事、調べられる訳ないじゃないか」

「そう言わないでくれ。改正条約は危険な計画だ。阻止するには君の力が必要だよ」

「私が何の力になるって言うんだ。どうせ何も知らないのに」

 カラーは少し考える素振りを見せた。

「確かに。委員会職員としてだけなら、貴方は喪った二人の代わりに引き入れる程の人材ではないと思います」

「それ位私も承知していますよ」ペレウスは憮然とした。

「でもアルファルドが求めているのは曄蔚文の代わりではありません。彼が貴方を招待したのは、貴方が「提言」を辛抱強く調べた経緯を知り、その真相に最も近い人間だと判断したからです」

 マリアンが続けた。

「改正条約締結の背後には人間の『感動』を操るユリアがいる。だからアルファルドは曄蔚文たちに、自分がユリアを打倒すると申し出た。彼はユリアが調査共有委員会に行った援助と、彼女による『歴史を扱う国際機関構想の先駆アルコル博士』への排斥とが無関係ではないと考えているからね」

「でも彼は余り賢くないため、重要な問題で行き詰っています。それでフィデリオさんの助けを借りたいと」

「重要な問題とは?」

「ユリアが『アルコル博士』を排斥する理由です。そのせいで彼は迂闊に手を出せない。順当に想像すれば、アルコルの思想が彼女の信条と絶対に相容れないからでしょうが、彼は「提言」の原本を何度読んでも、一体何が相容れないのか理解できないのです」

「ちょっと待ってください、彼は原本を所有しているのですか?」ペレウスは身を乗り出して聞き返した。

「簡単な話です。ズヴェスダが一九三七年にバルセロナを脱出し、ウィーンのアルファルドの館に身を寄せて以来、ずっとあの館に保管されています」

 カラーは「保管」の部分だけ歯切れを悪くしたが、すぐさま元の冷淡な口調に戻った。

「アルファルドは誰よりも同類アルコルを理解していると自負しています。そんな自分が『アルコル博士』に関する答えを導き出せない原因を、彼は自分の非人間性、つまり委員会関係者や歴史研究者、或いは人間としての素養不足に求めている。だから貴方に原本を提供し、貴方の知見を得たいと考えているのです」

 マリアンが付け加えた。

「アルファルドは一筋縄ではいかない奇人だ。でもあの独占欲の塊みたいな彼が、「提言」原本を提供すると言うなら、心から君の協力を求めている証拠だよ。それにペレウスだって、彼の言付けに心当たりがあるからこそ、ここまで足を運んでくれたんだろう。。彼の言葉はそういう意味じゃないのかな」

「僕もアルファルドさんの話を聴きたいです」

「だがフェイトン君……」

「確かにカラーさんたちの話は信じ難いですが、少なくとも彼女は同類の秘密とリゲルさんの死の真相を明かしてくれました。情報を集める手段が非常に限られている中で、開示してくれる人がいるのなら、どんな些細な情報でも得たいのです」

 そう言いながら、フェイトンは祖父の言動の矛盾について考えを巡らせた。昨年八月のロンドンにおいて、祖父はモデラ委員長やアントニス・フィデリオを前に、改正条約が委員会運営の集大成だと断言した。しかしその直前、彼は孫に以下の如く口にしたのだ。


  ……学術成果が生みの親の予期せぬ方向で利用された時、社会は必ずしもその研

  究者を責めないし、まるで被害者の様に看做す者すらもいる。だが私に言わせれ

  ば、それは研究者が負うべき責任だよ。その研究について誰よりも考えた人間

  が、全く予期しなかったなどあり得ないからだ。あらゆる可能性を考えた上で、

  研究者は己が今発表すべきと結論付けた。その過程は決して軽視されるべきでは

  ない。


 祖父はこれを確かに自戒と表現し、いつか自分にも話してくれると言った。カラーたちの話と併せ考えるに、以上の言葉は調査共有委員会に対する態度の表明と捉えるべきではないだろうか。そしてフェイトンは、いつも自分を溺愛し、かつ決して対等な研究者として扱わなかった祖父が、あの時だけ峻厳たる姿勢を示した理由に思い至ると、居ても立っても居られなくなった。これは彼が自分に掛けてくれた、最初で最後の期待なのかもしれない。

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