第7話
「…ツミキちゃんは元から私が買収して、自分自身を攫わせるよう斡旋屋に依頼してもらった。
そしてツミキちゃんを攫いに来た、地元の攫い屋からつづみちゃんを奪って、面子の潰された地元の攫い屋を脅迫して、京都の町の伝説的な逃がし屋を聞き出すつもりだった。
だから今頃ツミキちゃんは、自分の家で寝てるよ。」
「シャバの女とは思えない肝の座りよう…ツミキちゃん恐ろしい子…」
リツカと沙羅の激闘は、沙羅の弾切れで膠着状態に陥った。その状況に渡里が介入してきたことで、全員が全員、なぜここに集まっているのかが分からなくなり、ひとまず話し合うこととなっていた。
「リツカちゃんは、そうまでして伝説の逃がし屋にこだわる必要があるの?」
もっとも素朴な疑問を沙羅が投げかける。
「攫い屋にとって、得意先の逃がし屋を見つけることは大切だけど…。イマドキ、身代金目的や性的な目的の攫いより、隠蔽したうえでの亡命や失踪の方が需要があるから。でも、わざわざ”伝説の逃がし屋”にこだわる必要はないはず」
「え…。だってお得じゃん…。」
あまりにも予想外の答えが返ってきたせいで、渡里も沙羅も固まった。
「計画性があるのかないのか分かんないなー…。」
さしもの渡里も苦笑いだった。
「だって、お師匠に黙って北海道を飛び出してきて、一人でやっていくには強力なパイプがあった方がいいって思ったからで…。はっ!」
リツカのネガティブハイスイッチが無事押されたようだったが、なにやら悪そうな顔に切り替わる。
「ふふふ、色々と予想外だったけど、まだまだこれからだよ沙羅ちゃん!沙羅ちゃんさえ黙っててくれればいいんだ!」
「私への信頼が大きいな。」
「だから伝説の逃がし屋さんについて教えてください!お願いします!頼む!」
何も等価な条件になっていない。正直すぎる。本当にこんな世界でやって来ていたのか未だに信じられない。ちょっと頭が痛くもある。
そして何より、頭痛の種は他のところにあった。
「…その”伝説の逃がし屋”の話なんだけどさ、リツカちゃん。」
そう話して、恐る恐る渡里の方を見る。
渡里も何かを察したようで、さっきからかなりばつの悪そうな顔をしている。
「…店長!」
「はい店長です。」
リツカは相も変わらず、2人のやり取りを見てぽかーんとしている。
「えーと?」
「渡里店長、ずばり店長のご職業は何ですか。」
渡里は右手を挙げて、元気に答える。さてはこの人、結構趣味が悪い。
「はい、私こと渡里は、喫茶さんずの店長にして」
「え、ちょっと待って」
リツカの顔が少し青ざめる。だが渡里も止まらない。
「京都鴨川商店街組合の逃がし屋、三途屋の14代目当主の」
「待ってってば!」
「リツカちゃんの探している、伝説の逃がし屋、です!」
リツカが、耳をふさいだ姿勢のまま、しばらく硬直する。
数分たち、そろそろ蹴りでも入れようかと思ったころ、漏れるようにして
「嘘だあ…。」
という、音にも声にもならない何かが零れ落ちた。
こうしてリツカは夜明けまで叫び続けた。叫んでいる間、沙羅はいまいち事態の飲み込めない渡里に対して、説明することとなった。
裏社会の人間であることがばれるのはコラテラルダメージとして、あくまでも自分が攫い屋であることを話すつもりはなかったが、リツカが叫んでしまったので、沙羅も攫い屋としてばれてしまったのであった。
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「ふぃ~。」
その日の朝7時前。まだ日が昇ってしばらくたっているとはいえ、京都の街は、盆地であることや建物が密集していることもあってか、まだ陽光が差し込む気配はない。
喫茶さんずもそのひとつだった。落ち着いたリツカを回収し、渡里の車で街へ帰ってきたのはいいが、そのまま解散するわけにもいかず。とりあえず、喫茶さんずで眠気覚ましのコーヒーといった流れだった。
「「なにやってるんだろう私…。」」
店内は、爽やかな朝の空気とは対照的な重苦しい空気に包まれていた。
普段はお調子者というか、店内はまさしく自分の王国!と言わんばかりの態度を取る渡里も、流石に気を使わざるを得ない。
「いやーしかし、二人とも裏の人間──。そのうえ、身分は明かしてはならない攫い屋だったとは。
しかも二人とも自作自演で自滅…。」
「「言わないでください…。」」
「いやーお疲れ様…。ほら、私は言いふらすのは趣味じゃないし、仕事じゃないから!黙っててあげるからさ?」
そう言って、コーヒーのおかわりを注ぎ、二人の最も欲しい言葉をかける。しかし実際のところ、組合がどこまで攫い屋の仕事を把握できているのかは分からないが、昨日のあの一場面だけでバレる可能性はあった。
「渡里さん…。」
「店長…。」
伏せていたせいで、おでこに赤い跡をつけた二人が、とてもしおらしいまなざしで渡里を見つめる。
「逃がし屋って裏社会でも上澄みの方だからそんなに発言力ないのは知ってますよ。」
「しかも伝説の逃がし屋は先代で、店長じゃないんですよね?今まで逃がしにどれだけ成功したんですか?」
「う゛」
辛辣である。だがしかし、痛いところを突かれてしまった。
二人の痛い視線が突き刺さる。どうやらこちらに流れ弾が飛んできてしまったようで、逃げられそうにない。目をそらしつつ答える。
「う゛ぅ…。3年間で、3回…。」
「年一回じゃないですか!!!本当にこの店大丈夫なんですか!?」
「だって一回の逃がしでウン百万儲かるんだもん!
年1回でじゅうぶん稼げるもん!
先代が築いてくれた攫い屋とのパイプがあるから、数が少なくても大きな仕事は任せてくれるし、私の心配はいいんだよ!
というか”伝説の逃がし屋”の称号も嘘じゃないからね!?先代が引退した後の私の初仕事で、なかなか難しい逃がしを成功させたんだからね!?」
まくし立てているうちに、店の電話が鳴る。ちょうど都合よく2人の追求から逃げきれそうだったので、飛びつくように電話に出た。
「はい喫茶さんず…あ、どうも、お久しぶりです。え?沙羅ちゃんなら今いますけど…。え!?いやそんなことは…えちょっとまってあっ」
「どうしましたか?」
自分の名前があがったことで、沙羅が身をこわばらせながら恐る恐る聞いてくる。
「沙羅ちゃんの、実家…」
沙羅がすでにあきらめたような顔をしている。
「なんか…沙羅ちゃんの正体を知っちゃったから…今後…仕事…回さないって…あと沙羅ちゃんも『看板を仕舞え』だってさ…」
リツカも沙羅も渡里も、何も言わない。
いかにも古そうな、木製の壁掛け時計が、一時間おきに鳴るよう設定された鐘を鳴らす。相応に年代物であるらしく、弱くなったゼンマイが精いっぱいに鳴らした音は今にも消えそうであった。
しかしそんな小さな音でも、今この空間に響く音色がそれだけなのだから、この空間を虚しくさせる。
「沙羅ちゃん…リツカちゃん…」
「はい…。」「なんでしょう…。」
「私たち、一蓮托生だね…!」
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…言わずと知れた古都、京都。鴨川を境に、京都の町はこの世を少しだけ離れる。
神宮の北、百万遍の学生街の端っこに、この街ではありふれた純喫茶が一件。レトロとモダンという水と油・白と黒を混ぜ合わせ、京都の空気で冷やしたカフェオレを提供する客入りの悪い喫茶店。喫茶さんず。
その本当の顔は、この世から人間を、その存在ごと”攫い”、あの世ではなく、再びこの世で生きる新しい世界へと”逃がす”。
この世でもなければ、あの世でもない。川辺でお客を待ち続ける、渡し船のような店。
今日もこの店に、渡し船の切符を買い求める客が一人。
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