第5話

 ”鴨川商店街組合”。


 平安時代は養和の飢饉時、治安が悪化した京都に多く現れたならず者集団を治めるべく、後白河院政と平氏が設置した組織が前身であり、鎌倉幕府成立以降は将軍直属の裏組織として現代まで存続した、”裏の都”京都の裏稼業を総括管理する組織。


 京都における仕事の情報、麻薬、武器類の流通のほとんどを牛耳っている。特に政界や財政界、ロシアンマフィア等が絡む仕事は組合経由でしか入ってこない。


 組合幹部には、それぞれの業種から代表の”店”を決め、店主が任命される。それは攫い屋であったり、運び屋であったり、噂屋であったり…。


 佐藤沙羅は、”組合”攫い屋代表の次女であった。


 (京都の裏社会では老舗の攫い屋、佐藤家の娘である私が、実包も知らないようなリツカちゃんに不覚を取られて、ツミキちゃんを攫われたのか…。)


 茂みの中で、佐藤沙羅はうなだれる。


 (あれ、なんだろ、この気持ち。2人の親友を思う気持ちと自分の不甲斐なさがごちゃ混ぜになってすごい気持ち悪い。胃が痛い。)


 マジか~。という言葉が永遠に脳内を反響している。かろうじて、これ以上口から出そうになるのはせき止めてはいるが。


 (とりあえず、ツミキちゃんは取り戻して、リツカちゃんとはいったん話をつけないとな…。)


 京都裏社会の鉄則。”組合商売取決その三、信用取決。攫い屋の項その二条。「攫い屋は仕事中に姿を晒してはならない」──。”とりあえず話をつけねばならない。


 沙羅はカバンの中から仕事道具を取り出す。二酸化炭素を主に混成された、特製の変声ガスだ。佐藤家の秘伝の方法で、30代前半の男性の声となる。


 「貴様のような小娘が、ここに何しに来た。」


 声もそうだが、なるべく雰囲気を出すような言葉遣いをする。リツカは案外耳がいいらしく、沙羅に気づいてはいないものの、声のする方向にはすぐに気が付いた。


 「小娘じゃないやい!私は東では名のある攫い屋の一番弟子だぞ!ってそうじゃない!」


 まさかの同業者だった。本格的に胃が痛む音がする。東の人間はこんなにも大胆な手口を取るのか。


 「貴様か!私に不覚を取って娘を奪われた哀れな地元の攫い屋は!姿を見せろ!」


 「うん、その前に聞いときたいんだけど、京都裏社会の鉄則──組合商売取決って知ってる?」


 おそらくこの顔のことを”ぽかーんとしている”というのであろう。顔文字で見たことがある。本格的にリツカは何も知らずに、京都で人さらいをしたらしい。


 「組合商売取決その三、信用取決。攫い屋の項その二条。「攫い屋は仕事中に姿を晒してはならない」──。依頼に対して、攫い屋たちが対象人物の奪い合いを起こさないように…。

 そしてなによりも、この狭い京都の町で姿がばれてしまったら、攫い屋稼業として商売ができなくなるから…。」


 三角と四角の間のようなかたちでぽっくりあいたリツカの口が、徐々に閉じていく。眉が水平になっていく。


 「この掟は京都の攫い屋御三家で決められた戒厳に等しい掟。それを破るってどういうことか分かってる?」


 満月のおかげで、彼女の顔色までよくわかる。みるみる青ざめていくそのさまが。


 「…うん、分かってなかったんだね。」


 「ああああああああやらかしたああああああああ!!!!!」


 頭を抱えて、その場にかがみこむリツカ。


 「かんっぺきな計画だったのになんで私ってこう詰めが甘いんだなんのツテもない京都の町で頑張って裏社会の依頼板にもたどり着いたし大原の使い方も盗み聞きしたのになんでなんでなんでなんで!!!!!」


 さすがに少し可哀想になってきた。だが、沙羅にも沙羅の仕事がある。アホなことにリツカは自分から弱みを見せてしまったので、ここにつけこんで沙羅は自分の目標を達成したい。


 「うん仕方ないね、よそ者には厳しかったかもね。じゃそういうことだから対象者を引き渡してもら」


 「だいたい京都の閉鎖的な環境が悪いんだなんでこんなに外部の人間は商売がやりにくいんだ談合か?そうか談合か!?最近影響圏を長野まで広げやがったから東のうちらは商売あがったりなんだよコノヤロー!」


 「あの~…?」


 しまった。


 「思えば今年上京した時からそうだった私というやつは、仕事の脚のバイクもパンクするしバイトには恵まれないしお師匠に居場所特定されるのが怖くてスマホも捨てちゃったし」


 リツカ特有のネガティブ”ハイ”スイッチを押してしまった。



──────────────────────────────────────



 「かくがくしかじかってなわけで、北海道じゃ商売がやりにくくなってるってのにまだ土地にこだわるお師匠をぎゃふんと言わせるためにわざわざ京都まで進学してきたってのに、なんなんですかこの土地は!」


 「そ、そうか、大変だったな…。」


 かれこれ1時間、リツカは得体も知れない声に向かって愚痴を吐いていた。


 身の上をほとんど語ってしまう裏社会の人間など聞いたことがない。むしろフェイクであってくれたほうが嬉しい。裏社会の人間か疑ってしまうリテラシーだ。


 だが仮にリツカの話が本当なら、攫いの実績は沙羅より圧倒的に上であった。


 京都にも噂として流れてきた大きな人攫いも、リツカの手柄であるという。


 (なにはともあれ、リツカちゃんがどれほどすごい攫い屋であっても、ドジな攫い屋であったとしても、ちょっと京都では面倒になる。とりあえずこの場を収めないと──)


 「ということで!!!私ばっか割を食うのも理不尽なので、あなたにも姿をさらしていただきます!」


 「へ?」


 さっきまでの吐露から自然な流れで、聞き捨てならない言葉が飛んできた。そして、


 「やぁっ!!!」


 張りのある声とともに、金属音。衝撃と風切り音が、沙羅の背後から左に突き抜ける。


 見ると、沙羅が隠れている木が、半分えぐれていた。


 「えぇ…」


 流石にドン引きである。


 「はぁっ!!!」


 同じ音がする。沙羅は半ば本能で、茂みから飛び出す。寸でのところで、何やら重そうなものが空気を切る。


 「ひゃっ!!」


 勢いよく飛び出してしまったせいで、茂みからスライディングする形で、月明かりのもとに姿をさらす。


 さっきまでリツカが立っていたところは、山腹にして少し広場となっているところで、見通しがよい。この大原の穴場は、人目にもつかないので、組合では決闘場として、半ば公式に扱われている。


 そんな遮蔽物もない分かりやすいところに、頭から突っ込んだ沙羅。真ん中に突っ立っているリツカ。しばしの静寂。


 「そういうことかーーー!!!!!!!!」


 「リツカちゃんのばかー!!!!」


 

 ”攫い屋は仕事中に姿を晒してはならない”。佐藤沙羅の攫い屋稼業が、暖簾をしまう音がする。

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