第3話

 「ごめんねー。こんなに引き止めちゃって。店長が次から次へとお遣い増やすんだから」


 「ううん、大丈夫。渡里さんと色々お話できたから…」


 結局、日が傾く時間になってやっと店に帰ることができた。そのころにはもう沙羅はヤバいナポリタンを食べ終え、店長と談笑していた。


 結局、あの注文の真意は聞けていない。今度2人に問い詰めようと思う。今日はそれよりも聞きたいことがあった。


 「なんか、沙羅ちゃん元気ないね…。なにかあったの?あ、店長が無理にカレー食わせた!?」


 「いや、まあ、それもあるけどうっぷ。ちょっと色々あったんだ…。」


 やはり、沙羅は何かあったようだ。場の空気を重くしないための冗談すらも真実だったが。メニューのリニューアルを真剣に打診しなければならない。


 「私にできることがあったら、なんでもするからね!だって沙羅ちゃんもツミキちゃんも友達なんだから!」


 「そう!例え!頼まれなくとも!」

 

 「そこは頼まれてほしいかな」


 「友情を失うことになっても!」


 「本末転倒って知ってる?…ふふ。でもありがとうリツカちゃん。ちょっと軽くなったかも。」


 そうして、少し困ったように沙羅が笑った。何故だか久しぶりに沙羅の笑顔を見た気がする。どうやら何かあったことは間違いなさそうだが、私が間に入らなくても大丈夫そうだ。今のリツカにできることは、メニューのリニューアルだろう。


 「…あとはもう、なるようになれ、だよね!」


 「よくわかんないけどよかったね!」



──────────────────────────────────────



 喫茶さんずの奥は土間になっていて、抜けた先には小さな庭がある。京都の旧市街らしく、幅はとても狭いが、奥行きは広い。喫茶さんずの土地建物は、この一帯でもそこそこ大きなもので、隣家との間に狭いながらも通路があり、裏の勝手口や庭へとつながっている。長屋風な作りであるのは間違いないが、一軒家としてしっかりと分離していた。

 

 そして庭の奥には、小さいながらも蔵がある。渡里の仕事場はこちらと言っても過言ではない。


 沙羅ちゃんの手紙にあった通り、決行日は明後日の朝2時。受け渡し場所は大原の山奥。


 今時あんなに古風かつ回りくどい方法を取ってまで、私を呼んだその真意はわからない…。だけど、やることは決まっている。


 「私だって、プロなんだから。」


 「…それはそうとしてペヤングペタマックスの在庫合ったかな」



──────────────────────────────────────



 「あれ、沙羅ちゃんだ。」


 「え?リツカちゃん?」


 夜23時の出町柳駅、今日の市営バス最終便を待つだけとなったバス停で、沙羅とリツカはおよそ10時間ぶりに再会した。


 「奇遇―!なにしてるの?」


 「えーと、いま帰るところ」


 今日は一緒にお昼ご飯を食べたところで、用事があるから、と沙羅が先に帰宅した。それからこんな深夜まで用があったという事は、バイトだろうか。邪推もよくないので、素直に聞いてみる。


 「遅いね~。バイト?」


 「そんな感じ。そういう六花ちゃんも夜遅いよ~。なにしてるの?」


 ぼかされた上にカウンターで返された。慌ててそれっぽい理由をひねり出す。


 「え!?いや、私も帰るところだよ!?」


 全然それっぽくない。今から山奥に行こうとしているバスに乗る人間の付く嘘ではない。


 「あれ、おうちって北山の方じゃなかったっけ…?」


 瞬間でバレた。そりゃそうだ沙羅ちゃんは地元民だ。怪しいことこの上ない。


 「し、親戚の家!ほらせっかく京都の大学来たんなら顔出せ~って言われちゃってなはは!私もバイト終わったからそうなんだ!」


 何言っているのか自分でもわからないが、そこそこうまくリカバリーできたのではないだろうか。


 「ふ~ん…親戚と仲がいいんだね」


 「ははは!ソウデモナイッスヨ!あ!私あのバスだから!じゃまたね!」


 ちょっと雲行きが怪しくなってきたところで、都合よくバスが来た。乗ってしまえばこっちのものだ。というか沙羅ちゃんを引き留めて申し訳ない気持ちもあったから、ちょっと強引に引き上げようとする。


 「あれ、私もそのバスだ」


 「…え」



──────────────────────────────────────



 乗客のほとんどいないバスは、京都盆地の街頭にさよならをして、エンジンをうならせながら山間部へと快走する。


 「あはは奇遇~。このバスけっこう山奥まで行くけど、沙羅ちゃんはどんなところ住んでるの?」


 「あ~…私実家通いなんだ~…。田舎もいいところだよね」


 「それ、私も同じになるよ~。実家北海道だし」


 「あはは~」


 「あはは~」


 …気まずい!


 別に仲が悪いわけではないが、シチュエーションが変わったり、ちょっと怪しい素振りを見せたせいでなかなか会話が弾まない!自分で思うのもおかしな話だが、リツカはムードメーカーだった。常にしゃべっている。だから自分が口を滑らせないよう、口を封じた瞬間、リツカ、沙羅、ツミキの間は言葉がなくなることがこれまでもあった。幸いにして、沙羅もツミキも静かな空気を持っているイマドキ大和撫子なので、リツカが緩い空気感に引っ張られほぐされることもある。


 がしかし、今日のこれは”沈黙”であった。幸い目的地まであと少しなので、何とかして話題をつなげたいところではある。あまり黙っていると、目的地について掘り下げられそうな気もする。


 「いや~でも雪が降らないだけマシじゃないかぁ~京都は!っと次か、ボタン押さないと~」


 そうやってヘラヘラ笑いつつ停車ボタンを押そうとすると、指が振れる直前で赤く光る。


 ありゃ、と横を見ると、沙羅が代わりにボタンを押していた。


 「あ、押してくれたんだ、ありがと~」


 「え、私次で降りるから…。」


 「え」


 「え」

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