素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード1】

双瀬桔梗

女子高生ヒーローは可愛い敵幹部を激推ししたい

「レジーナ姫は今日も可愛いッス! とっても可憐ッス〜」

「貴方ねぇ……今は戦闘中ですのよっ!」

 丈の長い漆黒のドレスを身に纏った少女は、二丁の銃でゴム弾を撃ち込みながら叫んだ。それを黄色いパワードスーツに身を包んだ女子高生は、ハンマーで打ち落とす。

「今の撃ち方、すごくカッコよかったッス!」

 女子高生ヒーロー・スナオイエローことかわミナは、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、目の前の敵である少女を全力で褒めた。ミナは自身と同じくらいの長さのハンマーを片手でブンブン振り回し、もう片方の手で『レジーナ姫 好きッス』と書いたうちわを掲げている。

「いい加減、その恥ずかしいうちわを仕舞いなさい!」

 少女は弾を打ち落されたことよりも、ミナが持っているうちわに対して怒りをあらわにする。顔を真っ赤にしてミナを睨みつけるが、怒られているミナ本人は全然、気にしていない。むしろ、もの凄く喜んでいる。


 異世界人『ツン・デーレいちぞく』から世界を守るため結成された組織『デレデレ部隊スナオズ』の一員であるミナは今現在、戦っている相手……異世界人の少女『レジーナ・ツン・デーレ姫』を“激推し”している。

 異世界から世界征服(本当は友達作り)にやってきた、ツン・デーレいちぞくおさ、エベレスト皇帝の実の娘であるレジーナ姫。銀髪ツインテールに、あかい瞳、幼く見える美しい顔立ち……彼女を初めて目にしたその日、ミナはレジーナ姫に心を撃ち抜かれた。何よりミナは、レジーナの女王様気質なツンツンした性格が大好きなのだ。

 それゆえミナは戦闘中であろうと、レジーナが二丁の拳銃で放つゴム弾を、避けたり打ち落としたりしながら、彼女に声援を送る。ミナからレジーナに攻撃することは一切なく、くるくる舞うように戦うレジーナをひたすら応援し続けるのだ。

 ちなみにスナオズの他のメンバー仲間たちは戦闘員や怪人と戦いながら、その様子を優しく見守っている。


「レジーナ様! もう限界です! 撤退のご指示を!」

 戦闘員の一人がヨロヨロとレジーナの元にやってきて、指示を仰ぐ。レジーナは(体力の限界で)倒れている怪人と戦闘員達を見渡し、ハッと冷静になる。

「分かりましたわ。皆様、撤退しますわよ! スナオズ……いいえ、スナオイエロー! 今日のところはこのへんにして差し上げますわ! 次こそは……とも…………貴方を倒してみせます!」

 レジーナは不思議な力念力で、戦闘員達を上空で停まっているジェット機に乗せる。そのあとミナに人差し指をビシッイと突きつけ、今日も“友達になってほしい”と言えずに、悪役のような捨て台詞を吐いた。

「ちょっと待ってくださいッス!」

「……なんですの?」

 横たわっているウサギ型の怪人に手を貸し、ジェット機に乗り込もうとしたところで、ミナに声をかけられ、レジーナは嫌な予感がしつつも振り向いた。

「あの、もしよければグッズを作ってくださいッス! ジブン、レジーナ姫のグッズがほしいッス! いい値で買うのでお願いします!」

 レジーナは最初、何を言われたのか分からず、ぽかんとした。しかし、頭の中でミナの言葉を復唱することで、意味を理解したレジーナはぷるぷると震え出す。

わたくしのことを……どれだけ愚弄すれば気が済みますの!? 貴方って人は……貴方って人は!!」

「レジーナ様! 落ち着いて下さい! ここはひとまず退きますよ!」

 今までにないくらい激怒なレジーナをウサギ怪人は宥めながら、半ば無理やりジェット機に乗せる。

 ミナは去っていくレジーナ達ジェット機を見つめながら、悄然としていた。




 スナオズの本拠地『オネスト』休憩室。

「怒られたッス……レジーナ姫推しに怒られたッス……」

「ミーちゃん、大丈夫? よしよし」

 机に突っ伏し、ショボンとするミナの茶髪前髪を梳くように、スナオピンクこと しえりは優しく撫でる。

「しえりねぇさ~ん、心配してくれてありがとうッス……うぅ……レジーナ姫のことあんなに怒らせて、ジブン、もう姫に合わせる顔がないッスよ……」

「レジーナを怒らせてるのはいつものことだろ? 悪いと思ってるなら次会った時に謝ればいいんじゃないか? レジーナならきっと許してくれると思うぞ!」

 スナオズのリーダー・スナオレッドことあかみね ごうは拳をグッと握り、ミナに前向きな言葉をかける。

「あの怒り方はいつもと違うんスよ〜なんていうか、普段は照れ隠しに怒ってる感じなんスけど、今日のはガチ怒りだったんス! はぁー……やっぱ厚かましがったッスよね……いちファンでありながら、推しにグッズ販売をお願いするなんて」

「姫は別にミナチャンが厚かましいから怒った訳やないと思うで。あれは多分、ミナチャンにバカにされたと勘違いしたんやわ」

 メンバー内最年長のスナオブルーことあお こうろうは、「これでも食べて元気だしぃ」と自分のカバンから高級そうなチョコを取り出し、机の上に置いた。

「オレもこーろーさんと同意見。だからさ、誤解を解いた上で、ごーが言うように、レジーナ姫に謝ればいいと思うよ」

 スナオホワイトことゆきしろ はやはミナに優しく話しかけながら、メンバーそれぞれに飲み物の入ったコップを手渡していく。

 ミナは少しの間だけ無言になった後、ポニーテールが大きく揺れるくらい、勢いよくガバっと顔を上げた。

「そうッスね……誤解されてるなら誤解を解いて、きちんとレジーナ姫に謝るッス!」

 ミナは「皆さん、ありがとうございます!」と元気よくお礼を言った。そんなミナを見て、四人はホッとしたように微笑んだ。




 次にレジーナがやってきたら絶対に謝ろう。

 そう思っていたミナの前に、思いがけない形で、レジーナは現れた。

「メイド喫茶『ハウラー』です。よろしくおねが……」

「レジーナ姫ッスよね……?」

 秋葉原にアニメグッズを買いに来ていたミナは、眼鏡をかけメイド服に身を包んだレジーナを見て固まった。一方レジーナはミナ顔見知りに、メイド服を着てビラ配りをしているところを見られ、涙目で赤面している。

 しばらく口をパクパクさせていたレジーナだったが、恥ずかしさと、ミナに対するいろんな感情が爆発して、泣き出してしまった。



「ごめんなさいッス!」

 レジーナと一緒にビラを配っていた先輩メイドのはからいで、二人は近くの公園のベンチに座っていた。ミナはオロオロしながらレジーナが泣き止むのを待ち、彼女が落ち着いたタイミングで立ち上がり、バッと頭を下げる。

「別に、わたくしが泣いたのは、貴方の所為では」

「その、前にジブン、レジーナ姫を怒らせたじゃないッスか。だからレジーナ姫に会ったら、謝ろうってずっと思ってて。本当にごめんなさいッス! でも、レジーナ姫のこと大好きなのはホントッス! グッズが欲しいというのも本音ッス! バカにしたつもりは全くないんです。好きって気持ちに嘘偽はないって、胸を張って言えます。レジーナ姫、大好きッス。あなたのこと、ずっと推していたい、本当に大好きッス!!」

 ミナはレジーナの目を真っ直ぐ見つめ、誠心誠意自分の想いを伝える。

「……貴方は、何も悪くないですわ……わたくしこそ、ごめんなさい。貴方の言葉が嘘でないことくらい分かっていたのに……いつだって素直な貴方が眩しくて、そんな貴方に嫉妬して、素直になれない自分が嫌になって……八つ当たりしてしまった。本当にごめんなさい」

 レジーナは一度、目を逸らし俯いたものの、意を決したように顔を上げ、初めてミナの前で本音を口にした。ミナはレジーナの意外な言葉に驚いたものの、恐る恐る「ジブンのこと、許してくれるんスか……?」と問いかける。

「許すも何も、八つ当たりと言ったでしょう。寧ろ、許しを請うのはわたくしの方ですのに……」

「ジブンはレジーナ姫に怒ってないッスよ? それなのに、許すとか許さないとか、ジブンなんかが決めるなんて恐れ多いッス!」

「ふふっ……貴方ってどこまでもわたくしに甘いですわね」

 レジーナは今まで見せたことのない柔らかな表情で、ミナに微笑みかける。

「かわいい……笑った顔も鬼かわいいッス!」

 ミナはこれでもかっていうほど緩みきった顔で、デレデレしている。そんな彼女を見て、照れくささがMAXまで到達したレジーナは、いつものようにツンとした真っ赤な顔で「可愛くないですわ!」と叫んだ。




 レジーナのグッズの件だが、エベレスト皇帝彼女の父親が『不特定多数の、どこの馬の骨とも分からない男共に娘のグッズはやらん』と言ったことで、結局されることはなかった。けれども後日、『女の子スナオイエローにだけであれば、渡しても構わぬ』と皇帝が許可したことで、ミナの元にたくさんのレジーナグッズが届くこととなる。

 “勘違いしないで下さるかしら。これは貴方の為ではなく、あくまで御父様のお心遣いを無碍にはしたくなかっただけですわ”

 グッズと一緒に届いた手紙に書かれていた、ツンデレなふみを読んだミナは、自力でツン・デーレいちぞくの城に乗り込んだ。

「素敵なグッズありがとうございます! でもタダでもらう訳にはいかないッス! お金を払わせて下さいッス! せめて製作にかかった費用だけでも!」

「費用はかかってませんので結構ですわ! これは変態義兄……リベアティ博士が作って下さいましたので! 本当にいりませんから!」

 こんなやり取りを二・三した後に、“グッズ代のかわりに、レジーナが働いているメイド喫茶の常連になる”という、ミナにとっては得しかない条件をレジーナが強引に押し付けたことで、『スナオイエロー、ツン・デーレ襲撃? 事件』は幕を閉じたのであった。



 その後、ミナはレイナ(レジーナの源氏名)とチェキを撮ることを目標にメイド喫茶『ハウラー』に通い続け、ツン・デーレとの戦闘時ではレジーナに怒られながらも変わらず彼女に声援を送り続けている。



 レジーナ姫ツンデレお姫様幹部樹乃川ミナ女子高生ヒーローになるのは……まだもう少し先のお話。


【樹乃川ミナ 視点 完】

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