第7話 掃除の仕上げ

巣穴からゴブリンが出てこない事を確認するとミリーアは仕上げに掛かるために巣穴の入り口に向かう。


山に目をやると他に二か所からもうっすらと煙が出ている。どうやら別の入り口があるらしかった。

「結構な規模だったわね。中を探査するからちょっとどいて。」


二人が場所を空けるとミリーアが入口近くまで行き、探査の魔法を使う。反響のせいで解析が難しいが、どうにか洞窟の大凡の形が表示される。それを頭で補完してからミリーアが炸裂玉を一つ取り出す。


「エド、盾構えて。」

そう言うとエドは盾を拾い入口を塞ぐ様に盾を構える。ミリーアは炸裂玉の導火線に火を付けるとそれを洞窟の中にマジックショットで飛ばす。狙うは複数の入り口へのルートが交わるハブポイントだ。炸裂玉は誰もいない通路を飛んで一度壁にバウンドし、通路を抜けると大凡狙い通りの場所に到着する。


ミリーアがエドの後ろに隠れて耳を塞ぐと同時に爆音が響き、少し熱い風が入口から這い出る。シャルがわざとらしく口笛を吹く。心なしかエドが少しふらふらしている。同じ様にもう一つを居住区付近で爆破させ入口を塞ぐ。これでこの巣穴は当分使えないはずだ。


「ふぅ、これで任務完了かな。」


ミリーアがそう言ってエドとシャルの方を向くと、ガチャガチャと音をさせながら騒がしい声が近づいてくる。先ほど散らしたゴブリン達が戻って来たのかと見ると、兜を付けて小さめのアックスを構えたゴブリンを先頭に10体程のゴブリン達が奇声を上げながら近づいてくる。どうやら別の口から出てきてこちらに向かって来ていた様だ。奴らの目は怒りに燃えていた。


先頭に立つのはゴブリンチャンピオンだった。60体規模の巣穴のボスゴブリンである。200や300体のゴブリンを従える能力のあるゴブリンロード等とは違い知性が高いというよりは巣穴で一番強いためにボスとなったゴブリンである。

とは言えその戦闘力は侮れない。個体によっては熟練剣士とも渡り合える能力を持つ場合もある。


「おお、ボスのお出ましか。」

シャルが呟いて剣を構える。エドも囲まれない様にシャルと距離を取って盾とアックスを構える。ミリーアが二人の少し後ろで守りの魔法を唱え直す。ゴブリン達は少し距離を開けて止まり、お互いに牽制し合いながらにらみ合う。


ショートソード持ちが4体、前列に並び、その後ろに槍持ちが5体間から槍を突き出している。ボスの近衛隊と言ったところか、統率のとれた陣形である。


お互いにタイミングを見計らっている所へミリーアが鈍足の魔法を掛けようとすると、それを察知したゴブリンチャンピオンが雄叫びを上げ、前列のゴブリン達が一斉に襲い掛かる。ゴブリン達が二人の影となりミリーアは一旦魔法を止めて状況を観察する事にする。


エドはアックスを一閃し3体のゴブリンの剣を薙ぎ払う。強い力で払われた3体はバランスを崩すが、再度アックスで一閃しようとしたところで三本の槍が襲い掛かってくる。それを盾を前面に置く様にして防ぎながら右半身を後ろに運び、アックスを上段に構えなおす。槍を防いだ直後、盾を地面で扉を開ける様に回転させながら右半身を盾から踏み出し、アックスを振り下ろす。


あまりの勢いに逃げられず剣で防ごうと構えるゴブリンがそのまま潰れる様に地面に転がされる。それを見た他のゴブリン達は一瞬腰を引いて身構える。


シャルも片側をエドに任せながら剣を払い追撃で飛び出てくる槍をバックステップでかわして左手で腰から抜き出した腰のナイフを槍持ちの1体に投げつける。ナイフは見事左目に刺さり、ゴブリンは奇声を上げながら左目のナイフを引き抜こうと屈みこむ。


ゴブリン達が戦意を失いそうな瞬間に後ろでゴブリンチャンピオンがしゃがれた高い声で怒声を上げる。するとゴブリン達が再度隊列を組んで武器を構える。


「おいおい、こんなに統率のとれたゴブリン初めてだぞ。」

シャルが驚いたように声を上げる。そのシャルの真横を一本の矢が通り抜け前列のゴブリンの脳天に突き刺さる。一瞬何が起こったのかとシャルとゴブリンの動きが止まる。エドは、よく判らない。

「怯んだわよ!押し込んで!!」

その声で2人は一気に攻勢を始め虚を突かれ怯んだゴブリン達が慌ててそれを防ごうとする。


さらに前列の1体を切り捨てながらシャルがクレームを入れる。

「背後からいきなり飛ばすんじゃねぇよ!めっちゃビビったわ!!」

「敵を欺くにはまず味方からってね!」

「それなんか違うだろ!!」

「細かい事はいいのよ!集中しなさい!」


突如ミリーアは山の方を向くと最後の矢を飛ばし、巣穴の櫓で弓をつがえたゴブリンを射落とす。弓ゴブリンを周り込ませるとはなかなか知恵のある事だが、その位置取りがミリーアの殺意を感じ取る危険探知魔法の範囲内だったのが命取りであった。


危険探知魔法は混戦状態だと全く見分けが付かないので役に立たない。しかし離れた所から殺意を飛ばす遠距離攻撃に対しては結構活躍するのである。


既に大勢は決していた。順調にゴブリンは減り続け遂に残り3体、という所でゴブリンチャンピオンが大きく遠吠えの様な声を上げる。残りのゴブリン達はビクリと体を震わせあたかも道を作るかの様に素早く左右に引く。


その開いた道をゴブリンチャンピオンがゆっくりと歩み出てくる。肩を怒らせ、口は威嚇する様に歯をむき出してこちらを睨んでいる。

それを見てシャルが前に出ようとするが、エドがそれを止める。


「ここはまかせてもらいたい。」

「しゃーない、フルーツクリームサンドの借りはこれでチャラな。」

「フッ、いいだろう。」


エドが盾を捨てゴブリンチャンピオンとお互いにアックスを構えて徐々に距離を詰める。まるで大人と子供の様な体格差であったがゴブリンチャンピオンは怯む様子もなく隙を伺う。


先に仕掛けたのはエドであった。アックス同士で何合か打ち合い、互いの力量を測る。ゴブリンチャンピオンは小さな身体でありながらエドの打撃を見事に受け流し、打ち返していた。エドもそれを難なく受ける。


ゴブリンチャンピオンは大振り小振りの攻撃を使い分け、エドを翻弄しようとする。なかなかの技量である。いつの間にか集まったのか、鎧を付けたゴブリン達に加えゴブリーナや子ども達もゴブリンチャンピオンの後ろから熱狂的声援を送っている。いや、人間としぐさが違うので興奮で奇声を上げているだけなのかもしれないが。


さらに数合打ち合うと、ゴブリンチャンピオンがエドの重い一撃にバランスを崩して前かがみになった。そのチャンスを見逃さずエドが大きく振りかぶりゴブリンチャンピオンめがけてアックスを振り下ろす。


狙いは確実であった。アックスはゴブリンチャンピオンの身体を捉え、その鎧の上から遠慮なく叩き潰そうと襲い掛かる。


その瞬間、ゴブリンチャンピオンはバランスを崩した姿勢のままエドの右側にステップを踏み、姿勢を戻す。どうやら大技を誘う演技だった様だ。

エドのアックスは小石を跳ね飛ばしながら地面に埋まり、その動きが止まる瞬間に合わせてゴブリンチャンピオンがアックスを振りかぶってエドに飛び掛かる。


タイミングはピッタリであった。アックスを抜いて防ぐには遅すぎる。

しかしそれはエドの予想していた展開でもあった。わざと誘いを受けた、と言った方が正しいかもしれない。


エドは地面に刺さっているアックスから右手を放すと振り下ろされるアックスの脇に籠手を当てて弾き、さらにその勢いのまま更に上半身を回転させて、無防備に全身を曝すゴブリンチャンピオンの顔を左手で殴り飛ばす。拳は見事に右頬を捉え、打撃と苦痛でその顔を歪めさせた。


勢いあまって地面を転がるゴブリンチャンピオンにエドはアックスをひっつかんで走り寄り、もう避けられまいとばかりにさらに大振りの一撃をくらわせた。

戦いは終わった。流れる様な一連の動きはエドの筋力と体幹バランスの成せる業であった。


エドがゆっくりと血の滴るアックスを持ち上げ、他のゴブリン達を見渡すとみな一斉に山の方へ逃げだして行った。一拍置いてミリーアとシャルが、「おお」と拍手を送った。

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