第5話 山の中で
村を出て山に向けて一時間程歩くと幅5m程の小川がある。秋も近く小川の水は徐々に冷たさを増していた。川に浸かると体温が取られ体力を消耗する。シャルが浅瀬を探して石を足場にしながら渡っていく。二人もそれに続く。
小川の反対側は土手になっている。上る途中、ミリーアが山の方を見ながらシャルに指示をだす。
「シャル、先に行って偵察をお願い。あそこの茂みにまずは向かおうと思うの。」
そう言うとミリーアは速度上昇と静寂の魔法、認識阻害の魔法を全員にかける。
シャルもミリーアの目線の先にある茂みを観察する。
「おーけー。」
シャルはそう応えると腰を低くしてできるだけ物陰に身を隠す様に茂みを目指して走っていく。
シャルは昔村の自警団でレンジャーをしていた。その村は山と森に囲まれた場所であったため狩人から周囲の警戒方法や身を隠す術、索敵、追跡等の能力を教わった。その際に魔法と呼べる程のものでも無いが視覚強化や隠密の術も身に着けた。
剣はほぼ我流だが、ミリーアの旅に加わってから一時的にパーティーになった騎士からトレーニングを受けたものだ。村では負けなしだったが、剣術を学んだ者には全く歯が立たず、赤っ恥をかいたのは忘れたくても忘れられない思い出だ。
シャルは木の陰から周囲を見渡す。きょろきょろしてはいけない。できるだけ視界を広くし、ゆっくりと周りに視線を送り情景から浮いた異物を探し出すのだ。草地の上を蛇が動いている。茂みを揺らしているのは小動物だろう。特に怪しいものは見当たらない。まぁ事の始めというのはそんなものだ。
シャルが手招きするとミリーアとエドが早足で同じルートを辿ってくる。
三人は茂みに到着すると周りの視界が茂みや木などで遮られている事を確認する。しっかりと身を隠せる場所である事が確認できると、ミリーアが地形探査の魔法を発動させる。すると三人の前に徐々に立体的な山の地形図が表れた。
地形探査の魔法は魔力を波動の様に発しソナー効果を利用している。そのため物陰の様な裏側や小さいものを探る事は難しい。そのため結果の解釈にはある程度の熟練が必要である。また、敵も探す事ができるが魔力の動きから相手側に探知される可能性もあるため状況を見極めて使う必要がある。覚えたての素人が多用して痛い目を見るのは定番の失敗である。しかし熟練者には地形の探査だけにとどまらず非常に応用力のある魔法である。
「で、どこら辺から探すのがいいかしら。」
ミリーアがシャルの顔を見る。シャルはレンジャー時代の能力と経験を活かし注意深く地形を観察する。
「ぱっと見巣穴らしい所は映ってないな。ゴブリンらしき影は映ってないか?」
「うーん、このあたりの何本かある低い木立っぽいのそうかしら?」
ミリーアが地図の端の方に若木の様な棒が何本か立っている場所を見つけ指さす。
「その先の地形が出てないから判断できないが、もしかするとそうかもしれんな。ここなんかは奴らの使う道かもしれない。」
「よし、シャル、偵察お願い。ゴールをここにしてあと、ここ、ここ、ここをチェックしてきて。私は他を探すわ。」
ミリーアが地形図のいくつかの怪しいと思われる場所を経由地として指示する。
「オーケー!」
そういうとシャルは用心深く周りを確認しながら木立の方へと移動を開始する。
それを見送るとミリーアはエドに声をかける。
「エド、護衛よろしく。」
エドが頷くとミリーアはできるだけ太い木の前に立つと目を瞑り両手を前に捧げ呪文を唱える。すると手の上に一匹の影の様な鳥が表れた。その鳥に意識を乗せて鳥を放つ。
これは幻影魔法の一つ、イリュージョンクラフトである。想像したものをあたかもそこにあるかの様に見せる事ができるが実体は無い。作成したイリュージョンに意識を移す事で視覚外の操作が可能となり、イリュージョンの見聞きした事をダイレクトに本体に伝える事ができる便利魔法である。
鳥はシャルとは別の方角へとゆっくり飛んで森の中へと消えていった。ミリーア本体はまるで人形にでもなったかの様に身じろぎもしない。そのミリーアの前にエドが盾を構えて陣取り周りを警戒する。
シャルは二つ目の経由地をチェックし終え、三つ目の経由地を目指して進んでいた。そして遂に山の中腹から下っている途中で下の獣道を歩いているゴブリンを見つけたのであった。ゴブリンは3体、どうやら狩の帰りらしく全員弓を担ぎ、手にはウサギを2羽引きずっている。
(どうやら帰る所らしいな。これについていけば巣穴に案内してくれるはず。)
彼らはやはり最初に当たりを付けた場所に向かっている様であった。シャルは匂いが渡らない様に風向きに気を付けながらこっそりとゴブリン達を追跡する。
一方のミリーアは木々の間を飛びながら巣穴を探索していた。居るのは野獣や野鳥ばかりでそれらしい地形も見つからない。徐々に探索範囲を広げていた。そこへ魔法の笛の音色が聞こえてくる。どうやらシャルが巣穴を見つけた様だ。ミリーアは一瞬で鳥から意識を戻し、鳥を消滅させる。
ミリーアは覚醒すると警戒態勢のエドに声をかける。
「戻ったわ。まずはシャルをここへ呼び戻して昼食にしましょ。」
エドは振り向いて頷く。ミリーアは懐から小さな笛を取り出し、シャルに戻る様に合図を送る。そして昼食の準備を始めた。
とは言え準備は簡単なものだ。まずは周囲に警戒魔法を展開する。その中でバスケットに入っているサンドイッチを敷物の上に広げ、あとは各自の水筒を用意するだけの事である。
なので二人がシャルが戻る前に昼食を開始したのは当然の事であった。
「おい!なんで先に食べてるんだよ!!」
「食べられる内に食べる!これが戦場での鉄則でしょ?」
「ならその件は良しとしよう。だがこの一角にあったはずのフルーツクリームサンドの一切が無くなっているのはなんでだ!?」
「っふ、カロリーの高い物から口にする、これも戦場での鉄則よ!」
「鉄則はいい!俺の分はどこだと聞いてるんだ!!」
「こ、ここ、かな?」
ミリーアが自分のお腹を遠慮がちに指さす。
「冗談じゃなく?ホントに食べちまったのか?」
「てへ。」
「てへじゃねぇぇぇ!楽しみに、してたのに。」
心底絶望して膝をつくシャルに罪悪感を感じてミリーアが一切れのサンドイッチを差し出す。
「悪かったよ~、私のこれあげるから許して。」
ちら、シャルが差し出されたサンドイッチに目をやる。
「って、それお前の嫌いなピクルスサンドじゃねぇか。」
「大丈夫、シャルならきっと美味しく食べられるよ!」
やり取りを見ていたエドがため息をついて、食べかけの部分を千切って残りをシャルに渡す。
「俺のを半分やる。」
「エドォォ、ありがとおぉぉ。ったくお前は食い意地はりすぎなんだよ!」
「いや~、甘いもの久しぶり過ぎて見境無くなってたよ。ごめんごめん。」
砂糖は貴重品である。酒場が主な食事場所の冒険者であれば砂糖を使った食べ物はなおさら口にする機会がない、そのためたまの甘味は全員に魅力的な食べ物なのである。無口なエドもそこは例外ではない。しかしシャルが戻った時点でこの展開を予期して途中で食べるのを止めていたのであった。
そうこうしながらシャルも食事を済ますと情報共有と作戦会議に入る。
「まずは数だが、出入りの感じから60体いるかどうかの中規模集落だな。あの規模で2回も10体を村に出したってのはちょっと謎だな。」
「確かにね。でも様子が変だったって話と合わせると何か事情があるのかもしれないわ。で、構成はどうだった?」
「半数はショートソードか槍で武装してたな。なかなか裕福だ。ロードやシャーマンがいる様子はなかった。あと子供が4体巣穴の前で遊んでた。ゴブリーナも1/3くらいいるのかもしれん。表には3体位しか見なかった。」
「子どもがいるのね。魔物とは言え憂鬱なのよねぇ。」
「だな。ゴブリン城塞だとある意味気楽だったんだがなぁ。」
ゴブリン城塞とは大規模に領土占有している場合等に人の城をまねて構築される石と木で作られた山城である。戦闘用のためオスのゴブリンしか居ない事が殆どである。
「武装してる奴を優先的に無力化して後は追い立てて散らす方向で行きましょ。戦闘員をできるだけ減らしておけば住処を移して長期間動けないはずだわ。」
「だな。」
「同意だ。」
シャルとエドが頷く。
「あと地形だが、陰になっててここからじゃ探査は難しい感じだ。一応こんなだった。」
シャルが器用に俯瞰図と情報を描いてゆく。入口は斜面に掘り込んであり、口のサイズは高さ1.6m程、幅1m弱。天然の洞窟ではなく自分達で構築したものの様だ。入口の両脇は斜面が塞いでおり、出入りは2体が通れる程度で、入り口の高さと相まって人が入り込んでの制圧は難しそうだ。入口の前にひらけた場所があり、そこに引きずりだして叩く事になりそうだ。
シャルが説明しながらどんどん絵を書き足して行く。表には6体の見張りが立っている。槍が2体とショートソード2体、そして少し斜面を登った所の木の上に櫓があり、弓持ちが2体という構成である。
「木の上の弓持ちが面倒ね。まずはその2体を始末してから他の見張りね。ルートはどんな感じで考えてるの?」
「んー弓持ちから落とすとなると本当は山の上から行きたいんだが、ここは結構傾斜がキツいんだよな。さらに木の上に二か所だからな、近づいてこっそり始末というのは難しそうだ。」
「なら、私が対処するしか無いわね。どれくらい近づけそう?」
「そうだなこっから入って直線距離10mと13mまでは近づけると思う。ここら辺にちょっとした窪地があるからそこを起点にして制圧を開始するのがいいな。」
シャルが入口までの山に沿った道と窪地の位置を書き加えて説明する。
「オッケー、結構遠いわね。」
ミリーアがため息をつく。
「あと弓持ちを黙らせた後でも上から奇襲は難しい。特にエドは足場を見つけるのが厳しいだろうな。」
「どっちにしろ正面から制圧するしか道は無いって事ね。この広場で戦うとすると、できるだけ入口近くで詰めて倒さないと、囲まれたら厄介だわ。ここの窪地から入口までエドでも走れそう?」
「そうだな、多少狭いが奴らも道として使っている風で足場としては問題ないと思う。少し傾斜が付いているからそこは注意だな。」
ミリーアが顔を上げるとエドが頷く。
「そしたら面倒な槍持ちを優先的に排除。シャルも後ろから続いて一気に入口を制圧して。ゴブリーナと子供は何かしてこないのであれば放置でいいわ。」
「オーケー。」
「うむ。」
そう言うと三人は立ち上がり、早速目的の窪地に移動を始める。
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