第4話 村の中で

デマスが小屋に入るとカヤリは小さくため息をつき、歩き出しながらミリーアに取り繕う様に話かける。


「ご気分を悪くされたでしょう。申し訳ございません。」

それにシャルが出番とばかりに応える。

「この仕事してると良くある事です。カヤリさんは気にする必要はありません。」

無駄にキリリとしたシャルの顔を見て、ミリーアがこめかみを押さえてかぶりを振る。

(なんて言うか、締まらないのよねぇ。)


「シャルさん、ありがとうございます。彼も悪い人ではないのですが。」

「カヤリさんお優しいんですね。」

さらに頑張ってキリリとするシャルの顔をぞんざいに右手で押しのけながらミリーアが割って入る。


「そう言えば前回のゴブリン襲撃には彼が陣頭指揮を執ったとか。」

「そうですわ。彼がゴブリンが村に向かっているのを見つけて皆に教えてくれたんですの。その上皆の先頭を切って戦ってくださった頼れる方ですわ。」

「なかなか勇敢な方ですね。しかもゴブリンとは言え複数体で怪我もしていないとはなかなかの腕です。」

ミリーアは少し思案顔になる。


治療小屋に到着すると中には4人の男がベッドで横になっていた。部屋にはお香が焚かれておりかすかに甘い香りが漂っている。精神を安定させるためのものだろう。四人はそれぞれ手足に包帯はしているが、皆それなりに元気そうだ。


「皆さん、神官様がいらしてくださいましたわ。」

「ミリーアです。皆さんのお怪我を診せて頂きに来ました。」

おお、という安堵の歓声が上がる。村のための負傷とはいえ、彼らにとって畑仕事ができないのはかなり負担が重い。ミリーアはまず全員に麻酔代わりの微睡みの魔法を唱えた後で傷の状態を確認する。


癒しの祝禱術は治癒力の極端な上昇である。そのため骨折等は骨をまっすぐにしてから治癒しないと曲がったまま治ってしまう事もある。槍等で貫かれている場合は破片が入っていないか確認した上で洗浄して傷口がふさがる様に包帯できつく縛る。今回は居なかったが身体欠損や特に重い病気の場合はより上位の奇跡を発現させる必要がある。奇跡の発現は非常に高い祝福を必要とし、ミリーアも使う事ができない。


エドとシャルが傷口の状態確認と治癒のための前処置をしている間にミリーアは治癒の祝禱術の準備を始める。全員を中央に集め、その周りに五本の燭台を均等に置く。全てに火を付けた後周囲を周りながら聖水を振りまく。


準備が終わるとミリーアは跪き手を合わせて天に祈りをささげる。すると燭台の中に聖印が浮き上がる。それと同時にミリーアの身体が金色のオーラを帯び聖印も光を上に放つ。その光を受けて負傷した村人達の傷が徐々に癒えていく。祈りが終わると最後に感謝の言葉と共にミリーアが立ち上がる。


「終わりました。皆さんもう包帯をとっても大丈夫ですよ。」

彼らが包帯を取ると傷口が綺麗にふさがり、殆ど判らない程に治っている。

「おお、奇跡だ。」

「ありがたや、ありがたや。」

村人が口々に感謝を述べてミリーアを拝む。それを手で制して応える。


「皆さんありがたい事ですが、感謝はマリス様にお願いします。私は信仰の媒介者、拝む対象ではありません。マリス様はいつでも皆さんと共にあります。ご一緒に祈りを捧げましょう。」

ミリーアに続いてカヤリと村人が祈りを捧げ始める。その様子を見てシャルがつぶやく。

「なんていうか、こういう時はいっちょ前の神官だよなぁ。」

「そう言ってやるな。」

エドが何か思うところがある様に応える。


ひと段落したところでミリーアが村人達に話しかけた。

「皆さんの中でゴブリンについて何か知っている事を教えていただけませんか?」

それなら、と村人達がそれぞれに知っている事を話始める。

どうやら以前からゴブリンは山側に良く出没していたという事らしい。よほどの事が無い限りお互いに不干渉であったが、先日突然14、5体のゴブリンが村を襲撃しに来たという事らしかった。


「俺らも山で狩りをすることはあるが、今年も別段獲物はおるし、畑を荒らしに来た様でも無かったし、餌が無くて出て来たという感じじゃない、ただ村を襲うために来たとしか思えねぇ。今までそんなこと無かったのに。」

「だなぁ。ありゃ村目指して来てた。デマスさんがいなけりゃ何人か死人が出てたかもしれねぇ。デマスさんは村の英雄だ。」


「なるほど。んじゃ明日は山の方を探索だな。」

「来たのが10体、私たちの遇った8体も考え合わせるとそれなりの規模の巣穴ね。」

「なら比較的早く見つかるかもな。」

明日の予定を立て必要なものをカヤリにお願いすると、三人は明日に備えて休ませてもらう事にした。


ミリーアは部屋に戻る途中で湯桶をもらい簡単に体を拭いてからベッドに横になる。新しく敷いてくれたのであろう藁の匂いが心地よい。しかしまた襲撃がある可能性を考え浅く眠る様に意識しながら眠りに入る。長旅で身に着けた長生きの秘訣だ。


次の日の朝三人は村長の家の食堂で朝食をとっていた。

「いやー晴れて良かったぜ。雨で巣穴探索とか泣けるからな。」

「全くだわ。見つけたら見つけたでまた雨での戦闘でシンドイしね。」

ミリーアが珍しくシャルに同意する。

「ところでカヤリさんお願いしていたものは準備できましたか?」

一緒に食事をとっているカヤリがニコリと笑って答える。


「ええ、大丈夫です。昨日治癒を頂いた皆さんが早朝に張り切って準備してくれましたわ。外の麻袋に詰めてあります。ランチもしっかり作ってありますよ。」

ミリーアとシャルがおおーと歓声を上げる。それを見てカヤリがわざわざ台所からバスケットを持ってきて二人に見せる。再度二人がおおーと歓声を上げる。中身は食べやすい様に全てサンドイッチにされていた。


「これ!このいい匂いのするお肉は何ですか?」

よだれを垂らしそうな勢いでミリーアが料理の一つを指さして聞く。

「それはウィルラビットをニンニクと香草で燻り焼きにしたベーコンですわ。保存も良いので良く村で作るんです。」


シャルも甘そうなフルーツクリームサンドに目が釘付けだ。

「おお、クリームだ!今食べていいか?」

「いいわけないでしょ!」

サンドイッチに伸ばすシャルの手を叩きながら蓋を閉める。


「ピクニックに行くわけじゃないぞ。」

エドがボソリと二人をたしなめる。

「エドの言う通りよ、マッタクあんたは子供みたいに!」

「いや、お前だってよだれ垂らしそうな勢いだっただろ!?」

ミリーアがシャルをぎろりと睨むと、シャルはスッと視線を外す。

「おっし、そろそろ行くとしますか。」

「ふん、そうね。」


三人は準備を終え、ゴブリンの住むという山に向かって出発する。先頭を歩くのはご機嫌なミリーア。手にはランチの入ったバスケットがしっかりと抱えられていた。エドとシャルも少し大きめの麻袋を担いでそれに続く。

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