第3話 村に着いて
それからさらに半刻程歩くと村が見えて来た。村の周りには小麦畑が広がりそろそろ収穫の近いたわわな実を付けて首を垂れていた。両側に小麦畑に挟まれたまっすぐに通る道の先に、寄り集まった家々とそれを囲む柵がある。
村は、臨戦態勢のため惜しみなく松明が燃やされ、周りの暗さとは対照的に明るく照らし出されている。その光りに浮かび上がる村のゲートにはボルカー村へようこそと書いた看板が掛かっていた。ゲートの近くに何人か見張りらしき男達が立っている。
連立ってゲートをくぐる時、ダンは見張り役の一人に襲撃の有無を確認し、安堵の息を漏らした。
ミリーア達の話もしたのか見張りの期待の目に見送られ、三人はダンに着いて村長の家へ到着する。他の家に比べても特に立派と言うわけでもなく、屋根瓦の色が違うと言うわけでもなく、ただ少し部屋数が多いであろう程度の家が、村長の人柄を創造させる。
ダンがドアをノックすると「おう。」という声がしてすぐにドアが開き、村長であろう口ひげを生やした恰幅の良い中年の男と、その後ろに彼の娘であろうか若い女性が見える。女性は栗色の長い髪とくっきりした鼻立ちの美人だ。
「ダン、帰ったか!」
ダンの肩を叩きながら村長が後ろの3人に期待を込めて顔を向ける。
「村長、運よく冒険者の方々と会う事が出来ました。来る途中でもゴブリンの一団を蹴散らし実力は折り紙付きです!」
「おお、それは!私、村長のドーゲン・ボルカーです。後ろは娘のカヤリ。我々の助けに応じて頂き大変感謝いたします。」
村長は大げさな位両手を広げて歓迎の意を表し、カヤリと言われた娘も軽く会釈する。カヤリを見てシャルがデレっと鼻の下を伸ばす。
『デレっとするな。』
「うっ!?」
シャルの恥ずかしい顔にミリーアが肘打ちを食らわすと当たり所が悪く、脇腹を抱えてシャルが膝をつく。それを見てカヤリが驚いた様に声をかける。
「あ、あの、そちらの方は—」
ミリーアが慌てて適当ないいわけを口にする。
「あわわ、えと、ご心配なく。持病の空腹で我慢できなくなっただけの様です。」
「お、おま」
シャルが何か言おうとするが声にならない。
「あらまぁ。それは大変ですわ。是非入ってお食事を召し上がってください。夜警のためのお夜食ですがたくさんございますので。さ、ダンも入って、本当にお疲れ様。」
カヤリがにこやかに部屋に招き入れる。ミリーアがシャルを介護するふりをしながら耳打ちする。
『どうにか誤魔化せたわよシャル。しかもご飯まで付いて来たわ。』
(こいつ、人をダシにして。)
シャルが睨みつけた先ではミリーアが小さくガッツポーズをしていた。
とは言え既に夕食の時間には遅くシャルも今日は干し肉でも噛んで過ごすと思っていたので食事にありつけるのはありがたかった。
各自が席に着き、食事を始めながらミリーアが改めて挨拶をする。
「申し遅れました。私がこのパーティーのリーダーをしておりますミリーア・アイス・グレースと申します。こっちがエドモンド・ヨークシャー。」
左に座るエドに目を向け紹介する。フルフェイスヘルムを取る事もなく食事をしていたエドが軽く会釈する。フェイスガードの口の部分が前に出て食べ物を口に運べる様になっているらしい。テーブルの向い側に座る村長達は珍しいものを見る様にチラチラ見ては目を合わせない様に視線を逸らすというのを何度も繰り返している。
「で、これがシャルです。」
親指で右に座るシャルを指さして適当に紹介する。がっつく様に食事を口に運んでいたシャルがピタリと食べるのを止める。
「いや、俺だけニックネームとかそういう地味な苛めやめて?ちゃんとシャルバン・クルーガーって立派な名前があるからな?」
「あんたにそんな立派な名前はいらないわ。」
「いるわ!!」
その様子を見てカヤリが笑う。
「お二人は仲がよろしいんですのね。」
「いやいや、こいつは生意気な妹みたいなもんでして。こいつの甘え表現を広い心で受けるのが兄の務めと言うか―」
「あ、甘えって。んな!んな!んなわけないでしょ!あんたがもっとシャキッとしてたらもっと丁寧な扱いするわよ!」
そこにエドがいつもの様に話を遮る。
「そこまでにしておけ。今やれることがあるだろ。」
「そうよ、シャル。お仕事の時間だから静かになさい。」
「俺は親の仕事を邪魔するガキか!」
歯噛みするシャルを余所にドーゲンにゴブリン襲撃時の状況を聞く。しかしそこで得られた情報はダンの話と同じ様なもので、唐突にゴブリンが襲撃をしてきたというだけで、何か襲われる様な原因は思い当たらないとの事であった。
そろそろ食事も終わりという所で遠慮がちにドーゲンが話を切り出した。
「ところでミリーア様がお持ちのメイス、もしや神官様ですか?」
「あ、こいつお偉いさんにいちゃもんつけて破門になっちゃったから破戒神官ね。」
シャルが千切ったパンを口に運んでいるミリーアの頭をポンポンと叩きながらお返しとばかりに答える。ッガス!という音と共にシャルが苦悶の表情で左足を抱えて椅子の上で屈む。すまし顔で口を拭いているミリーアが思い切り足を踏んだ様だ。
「信仰とは教会の爺共にではなく癒しと月の女神マリス様に捧げるものよ。お布施で信仰心を測る様な教会を破門になった所で、私の信仰心に全く揺らぎは無いわ。」
「おお、マリス様の。その口ぶりからある程度の事情は察する事ができるというものです。我々もこのような辺境の村ですので十分なお布施はできておりませんが、日々の生活の中で神々に感謝しない日はございません。どうか我々に癒しのご加護をお与えください。」
教会にはドーゲンも思う所がある様で特に破戒僧という事は気にした様子もない。ミリーアが理由を促す様にドーゲンの顔を見る。
「実は今日の戦いで負傷した者がおるのです。命に係わる様な者はいないのですが畑仕事に支障の出る者もおり、難儀しています。」
「承知しました。私程度の癒しの祝禱でよろしければ。」
それを聞いてドーゲン、カヤリ、ダンの3人は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべた。
ミリーアはドーゲンには伝えなかったが僧侶であるにも関わらず魔導系魔法を使う事ができる。これは協会では外道として認められていない行為だ。ミリーアは協会を出て旅をしている途中でひょんなことから魔導の師匠を得て、魔導を修めた。旅の目的の為とは言え信仰に反した行為であり、人生を賭けた決心であった。しかしそれによって特に神聖系魔法が使えなくなる、といった事は無かった。
師匠の曰く魔法は全て同一の根源より発しており、その様な俗物的な信条(師匠発言ママ)に意味は無い、それをどう認識するかは使う人に寄るのだとか。ミリーアは未だにその理を感じる事はできないが、万物の根源たる神の力を人が用途や効果で分類したのではないかと理解している。
食後にカヤリが治療小屋へ案内すると立ち上がり、ミリーア達が後を追って立ち上がる。歩きながら情報を得ようとミリーアがカヤリに話しかける。
「ところでもっとゴブリンの情報を得たいのだけど誰に聞くのがいいかしら?」
「それでしたらデマスさんが良くご存じと思います。あ、彼にも一言お伝えした方が良いですね。ちょっと寄り道させてください。」
カヤリがそう言うと山側にある見張り小屋へ歩いていく。3人もそれに従う。
「デマスさん、開けますね。」
ドアをノックすると、少しして中年の男がドアを開けた。そろそろたるみ始めたお腹に不規則な生活なのか目の下のクマが少し人相を悪くしている。
「おお!お嬢様、こんな遅い時間に来ていただけるとは—」
何やら言いかけてデマスはカヤリの後ろに立つ3人を見やる。カヤリがにこりとして3人を紹介する。
「デマスさん、こちら冒険者のミリーアさん、エドさん、シャルさんよ。今回のゴブリンの件で私たちを助けてくださる事になりましたので一応顔合わせをと。」
紹介された三人はどうもと軽く会釈する。
「ああ、冒険者の方ですか。そんな無駄な出費をしなくても私の指揮で対処できますのに。村長は我々だけでは足りないと?」
「そんなことはありませんわ。でも負傷者も出てますし、頼れる方が多いのは良い事ですわ。それにミリーアさんは神官様なんですよ。お父様も皆さんの負傷には心を痛めておりましたから。」
「なるほど、それは助かりますな。あなたの神のご加護に感謝します。」
デマスはミリーアに軽く祈りをささげると再度カヤリに向き直る。
「ですがお嬢様、冒険者の方はピンキリと良く聞きますから、村の安全は私、デマスを第一にご信頼ください。」
カヤリが困った顔でミリーアに振り向く。ミリーアも苦笑してしょうがないといった風に頷く。
「デマスさん、ありがとう。頼りにしてますわ。」
「ええ、もちろんです。私は備えがありますのでこれで。」
そういうとデマスは家に戻りドアを閉めた。
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