第2話 村に向かう途中で
自己紹介もそこそこに四人がその場で少し話し合った結果、再度の襲撃が非常に心配だと言うダンの主張で、町には戻らずボルカー村に向かう事になった。正直一晩位いはゆっくりしたいところだが、ギルドの納品期限まではあと三日。できるだけ時間は有効に使いたいという事で合意したのだった。
辺りはすっかり暗くなり、四人は少し遠回りだが危険な森を避け、街道から村へ行く事にした。光は獣は遠ざけるが魔物は引き寄せる。三日月の青白い光を頼りに歩きながらミリーアがダンに話しかける。
「で、報酬はいかほど用意できるの?一般的にはゴブリン一体にシルバーコイン3枚って所だと思うんだけど。」
ミリーアがいかにも軽い感じで相場の高め価格を提示してダンの様子をうかがう。
巣穴のサイズにもよるがゴブリンが多い場合は概ね相場はシルバーコイン1枚という所だ。普通の巣穴であれば三十から六十体という数なので例えば五人パーティーでやっても十分良い報酬になる。
逆に討伐するゴブリンが三、四体程度の場合、往復の手数料という意味合いもかねてシルバーコイン3枚を目安に設定されることがある。この場合、一体につきというよりは一纏めの依頼としてシルバーコイン10枚、の様な形が多い。なのでミリーアの提示はどう考えても吹っかけである。
シャルがミリーアに小声で「おまえ、それ流石にボリすぎじゃ」と耳打ちするとミリーアがちょっと黙ってなさいとでも言う様に顔を手で後ろに押しのける。
ご覧の様にミリーアは少々欲の皮が張った女の子である。とは言え別に誰からでも搾り取ろうというのではない。取れる所からは取れるだけ取る、面倒事ではさらにキッチリ取り立てる、筋の通った欲の皮なのである。
趣味は浪費。旅で荷物は増やせないのでその大半は街のグルメツアーである。
別に悪い女の子ではない。
二人の様子にダンが苦笑しながら村長からもらっている条件を伝える。
「ゴブリン一体毎と言うわけにはいかないのですが、村長が秘蔵の魔晶石を出すと仰っています。それなりの大きさで値の付く店ではシルバーコイン80枚分だとか。」
「「80枚!?」」
ミリーアとシャルが食いつく様にダンに詰め寄る。
大きな街でも安宿で質素に生活すれば一週間で銀貨5枚程である。流石に銀貨80枚は欲の皮が張ったミリーアにも大金である。
「それだけあれば
シャルが嬉しそうにガッツポーズをとる。ミリーアも美味いレストランに思いを馳せて指を折り始める。
ふとミリーアが思い出した様にシャルに話しかける。
「あ、シャルは今回5枚を私にトスね。」
「な、なんでだよ!?」
「今回のくたびれ儲けな依頼の穴埋めよ。」
「それは最初の一杯でケリがついただろ!?」
「今日の一杯は無くなったし、そっちは勘弁してあげるわ。」
「そんなんで銀貨5枚も盗られてたまるか!当初のご希望通り今度お子様用ジュースでも奢ってやらぁ。」
「あんた、そのネタ振って無傷でいられると思ってないでしょうね?」
「ちょっと待て。あれを見ろ。」
シャルから巻き上げるための舌戦にエドが割り込み、三人に静止を促す。彼の指さす先には正に今回懸案のゴブリンの一団が進んで来る所であった。まだ小さな影だがえっちらおっちらとしたゴブリン特有の歩き方でこちらに近づいて来る。
四人は近くの斜面に腰をかがめ身を隠す。
「やはりデマスさんの予感が当たっていた様です。村の方角に向かっています。」
「デマス?」
ダンの呟きに初めて聞く名前をシャルがオウム返しに繰り返す。
「ええ、今日の襲撃で先頭に立って指揮していた村の勇士です。彼のおかげでゴブリンを撃退できたのですが、その彼があの様子だとまた来るに違いないと。」
ふむふむと話を聞いているシャルににミリーアが指示を開始する。
「シャル、敵情確認!」
「オーケー。」
シャルは腹ばいで匍匐前進し斜面から覗き見て、一瞬で数と装備を認識する。ズルズルと元の場所に戻るとミリーアに報告する。
「数は八体。弓持ちは居ないが後衛に槍持ちが三体、あとはショートソード。帷子装備は槍持ちの1体だけ。このまま行けば五分後には俺たちの目の前を通過するぜ。どうする?」
「八体ね。奴らクッサイくせに意外と鼻が利くから、このままここに留まるのは得策じゃ無いわね。一度距離を取ってエドでワイドチャージを仕掛けるわ。その後は各個撃破。八体なら軽いでしょ?」
「分かった。」
エドが頷く。
「シャル、オーバー30でエンカウント。場所を探して」
「オーケー!」
オーバー30云々とは三人の取り決めで相手が通り過ぎて30秒後に仕掛けるという不意打ち作戦の符牒である。見つからなければ、誰もいなかったはずの背後からの不意打ちとなり非常に有利である。
4人は身を屈め斜面で視線の陰に入りながら距離を取る。ある程度進んだ所でシャルが街道までの道を確認し、ストップをかける。
「ここから1分後スタートでドンピシャだ。」
「オッケ。ブーストするわ。」
エドとシャルはそれぞれに背負っていた荷物を下ろすとミリーアの近くに寄る。
ミリーアはメイスを地面に突き立てると両手を伸ばして呪文を唱え始める。足元に魔法陣が表れ、薄く光り出す。さらに魔法陣が四度入れ替わる。速度上昇、体力上昇、筋力増強そして認識阻害に静寂の魔法、奇襲をかける時の彼らの四点セットである。それに加えて暗視の魔法を唱える。周りはかなり暗く、三日月の光がかすかに物陰を作る程度であった。それらが終わり、ミリーアがメイスを手に二人の顔を見る。
「完了よ。ドーンと跳ね散らかしてきなさい!」
「おうよ!あと10秒。」
エドが大盾を体の前に構え腰を落として走り出しの姿勢を取る。その後ろでシャルも構える。ミリーアがカウントを引き継ぐ。
「3,2,1、エド!Go!」
ミリーアの掛け声と同時にエドが走り出す。重装備な巨体にも関わらず殆ど音が聞こえない。静寂の魔法は音を瞬時に熱に変え音の拡散を防ぐ。さらに速度上昇の魔法によってまるで暴れ馬の様なスピードで、通り過ぎて行ったゴブリン達に向かって突進する。
「シャル!Go!」
ミリーアが更に掛け声を上げるとシャルが走り出す。同時に行っては散らされた敵を捕捉しにくいためほんの少し差をつける事で確実に連続突撃をくらわす作戦だ。二人が走り去った後でミリーアがダンに振り向き声をかける。
「さ、私たちも行きましょ。まぁそんなに慌てる事はないわ。どうせあの二人で終わってるから。」
そう言うとミリーアはシャルとエドの置いていった担ぎ袋を持ち上げかけ、しばし思案顔をした後で再度ダンに話しかける。
「悪いけど、一つ持ってくれるかしら。」
そういって大き目の袋をダンに指し示す。
「え?」
「え?じゃないわ。魔法はあなたにもかけてるからこれくらいは持てるはずよ。」
そう言うとミリーアは小さい方を持ち上げて小走りに走り始める。あっけに取られた顔をしていたダンも、残された袋を持ち上げると「なるほど」と独り言ちてミリーアを追いかけ始めた。
何者かが迫る僅かな気配に最後尾の槍持ちゴブリンが振り向いた瞬間、エドの大楯が盛大に後方を歩いていた三体を跳ね上げた。近くにいた二体も肩や武器を弾かれてつんのめり膝を着く。
「ギーャ!!」
「ギョギー!!」
跳ね上げられたゴブリン達が潰れた悲鳴を上げる。真正面で突撃を受けたゴブリンはひしゃげた様に地面に叩きつけられ止まらぬ勢いで転がってゆく。エドは隊列を通り過ぎ、さらに10m程進んだ所で止まる。
面倒な槍持ちを狙ったため数は少なかったが、結果は十分だ。
その崩された隊列にシャルが剣を突き出し走り込んで来る。そして立ち上がろうとしていた2体を並べて串刺しにする。シャルがエドの近くで止まると、剣に刺さっていたゴブリンが慣性力でズルりと抜け落ち地面を転がる。
接触からわずか5秒、既に大勢は決していた。エドが盾の裏から悠々とウォーアックスを取り出して構える。シャルも剣を一振りしてゴブリンの血を払うと、余裕を見せる様にゆっくりと剣を残りの三体のゴブリンに向ける。
ゴブリンは臆病な生き物である。通常、数や位置など優位な状態や巣穴を攻撃されている様な事でもない限りゴブリンは闇雲に敵に攻撃を仕掛けない。自分達が大きく有利な場合も圧倒的な力の差を感じると怖気づいて逃げる事が大半である。
つまりこの様な状況ではゴブリン達は逃げ出すはずなのだが、このゴブリン達はなにか焦点の合っていない視線でこちらへ向かってくる。二人ともゴブリンをまじまじと観察した事は無いが、今までとは違う違和感がある。心なしか攻撃も直線的で俊敏さに欠ける。
「おい、エド、こいつらお前の衝撃でおかしくなったのか?」
「こいつらは無傷なはずだ。」
そこにすこし大回りしたミリーアもエド達の背後に到着する。
「どうしたの?とっくに終わってるかと思ったのに。」
ゴブリンの攻撃をさばきながらシャルが応える。
「待ってたぞミリーア。なんかこいつら様子おかしくないか?」
「ゴブリンの様子が判る程親しくなったことは無いわ。」
「俺だってねぇよ!!」
「あら、なんか仲間意識でもあるのかと思った。」
軽口を叩きながらミリーアは少しの間ゴブリン達を観察し、試しに意識覚醒の魔法を唱える。するとゴブリン達が突然起こされた様に回りを見回す。そして人間四人と仲間の死体を認めると慌てて逃げ出した。しばしその様子を眺めていたシャルが我に返ってそれを追おうとするが、ミリーアが引き留める。
「待って!一先ず村に行きましょう。もしかしたら、そちらに向かったのがいるかもしれないわ。」
「ッン、だな。」
そう言うとシャルもエドも武器を収めた。
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