諸事情あって旅しなきゃいけなくなったので冒険者してる三人組の話

にひろ

第1話 ちょっとした依頼の帰り道で

夕暮れも終わりかけ、山々に夜の帳が下りる頃、町に向かって伸びる薄暗い道を3人の人影が歩いている。どうやら今日の一仕事を終えた帰りの様で、歩く様子が何やら疲れた雰囲気を漂わせていた。


「いやー、今回はくたびれ儲けだったな。簡単な依頼だって話は本当だったが、エライ面倒だったわ。」

一人の男がオーバーに手を広げてさもうんざりした様を表現し、メンバーに話かける。身長170cm程、短く刈り込んだ金髪頭とアンバランスに伸びたもみあげに加え、細い目とシュッとした顔の輪郭が少し狐を思わせる。上半身には軽装のレザーメイルを身に着けており、所々金属板が埋め込まれている。腰の左には特に特徴の無いショートソード、後ろには二本のダガーが柄を左右にして少し角度を付けてつるされている。


「だから絶対面倒臭い依頼だって言ったでしょ?本当にシャルは都合のいい事しか聞いてないんだから。」

そのシャルと呼ばれた男に応えたのは150cmちょっとの女の子で、埃で薄汚れた白のフードローブを身に纏っており、袖と裾の縁に銀色の糸で刺繍された凝った紋様が、元は質の良いものであった事を想像させた。その下ろされたフードから羊の毛の様に癖のある赤毛とクリっとした目のそばかす顔が覗いている。左手には水色のこぶし大程もある宝玉がはめ込まれたメイスが握られており、柄にも細かく細工が施されたなかなか手の込んだものだ。


「え?ミリーアもさっさと見つかればお得だねっていってたじゃん?エドも聞いただろ?」

シャルはそういって二人の後ろを歩く2m近くありそうな大男に振り向く。エドと呼ばれた大男は黒光りするフルメイルにフルフェイスヘルムという重装備をしており、更に背中にミリーアがそのまま横になれそうな大きな盾を担いでいる。特に特徴的なのがフルフェイスヘルムに生えている二本の角で、額の左右から頭の上を這う様に後頭部にまで伸びている。黒色の鎧に加えデーモンの角を思わせる角はお世辞にも趣味の良いデザインとは言えなかった。全ての装備の縁に細かく文字が刻まれており、それらが全て一人の職人に作られた一揃えの装備品である事が分かる。


エドが問いかけに返事をする前にミリーアがシャルに人差し指を向けながら不満気に述べる。

「私はね、さっさと見つかればお得だけど、絶対面倒臭い依頼だって言ったの!湖畔真珠貝は群生しないし数もいないから探すの面倒なのよ。ホンッと脳みそスッカスカなんだから!」

「まあまあ、そう怒るなよ。終わりよければ全てよしってな!」


自分で始めた愚痴をマッチポンプよろしく身も蓋もない言葉でまとめるシャルにミリーアがツッコミを入れる。

「あんたがくたびれ儲けとか言うからよ!今日の一杯目はあんたの奢りだからね?」

「げ、勘弁してくれよぉ。それに一杯目って、お前のはだろ?」

「あたしはもう18だっての!」

「ぐあ!」

メイスで鼻頭を小突かれたシャルが悲鳴を上げて顔を覆う。ミリーアは成人して既に2年、童顔をネタにされるのが大嫌いなのである。


因みに湖畔真珠貝とは稀に真珠を腹に含んでいる貝で、ミリーア達が依頼を受けたエイグリンの町の祭りで年頃の娘たちに配られる。配られた娘たちはその場で貝を開き、誰が幸運の真珠を引き当てるか、という一種の余興のための小道具である。

これで作ったイアリングを身に着けて結婚式を挙げられると一生幸せになれるというので町の娘たちには何よりも欲しいお宝の一品なのである。


三人はそんな湖畔真珠貝45個を探し求めて貝の見つかる湖畔に行ったのだが、運が良ければ二日もあれば見つかる数なのにこういう時に限ってというやつか、なかなか最後の3個が見つからず、祭りまであと3日という所でようやく数をそろえて帰ってきたという次第であった。


そろそろ町が見えて来ようかという所で、さて今夜は何を食べようかと話しながら歩いていると道を外れた左手の方から不意に男の悲鳴が響いた。

「今の、あっちよ!」

即座にミリーアが声のした方を指さして駆け出す。

二人もそれに続き、辺りを見渡すと、森の近くで一人の青年が、その腰ほどもあるオオカミ三頭と向かい合って剣を構えているのを見つけた。


青年の服は所々引き裂け、頭に木葉や小枝が絡み付いている。どうやら森を抜けて町まで行くところでオオカミと出くわし、どうにかここまで逃げて来た様だ。いくら森に慣れていてもこの時間帯に一人で通り抜けようとするのは危険だ。


剣を構えながら囲まれない様に少しずつ後ずさりをする青年に、オオカミは飛び掛かるタイミングを見計らう様にウロウロと歩き回る。走り寄る三人も既に警戒されており、油断なくこちらにも気を配っている。


そんな様子を観察し、ミリーアは走りながら杖をオオカミの方に構え素早く閃光の魔法を唱えた。一瞬、宝玉が強い光を四方に放つと、その強烈な光にオオカミがホワイトアウトされ情けない声を出してうずくまる。


「エド、シャル、今よ!!挟み込む様に移動して!」

反応がない。ミリーアが振り向くとシャルとエドが目を押さえてうずくまっている。

「ちょっとー!何やってるのよ!?」

「いや、声かけてくれよ。唐突過ぎて目が眩んだわ!」

「うむ。」


ミリーアが二人を立つように急かしている間に、光に背を向ける形になっていた青年が決心した様に構えていた剣で大振りに目の前のオオカミに切りかかる。目が見えず混乱しているオオカミは成す術もなく頭をかち割られ、血を飛ばしながら地面に倒れた。仲間の血の匂いに腰が引けた二頭も混乱していたのか逃げる事も出来ず練習の的の様に次々と倒されたのであった。


緊張と興奮から激しく呼吸していた青年は、大きく息を吐くと落ち着きを取り戻した様子で剣を収め三人に近づいてくる。青年は髪と瞳は茶色く、まだ成人したばかりの雰囲気で団子鼻が愛嬌を感じさせる顔をしている。


「皆さんありがとうございます。おかげで助かりました。」

見せ場を失った三人は決まり悪さから、あぁという曖昧な返事を返す。

「この町の方ですか?こんな時間に出歩いていると危ないですよ。」

ミリーアは青年の服装をしたから上まで確認する様に見ながら差し障りの無い注意をする。青年は特に籠手やプレート等の装備もなく、町でもよく見る様な長袖の服に剣を差しているだけの軽装だ。


「僕はこの近くのボルガ―村のダンです。実は僕たちの村がゴブリンに襲われて。この町に冒険者が来ていると聞いて、村長の指示で助けを求めに来たんです。」

「おお、その冒険者って多分俺たちの事だわ。」

ミリーアはシャルが何も考えずに即答する事を恨めしく思いながら少し面倒な展開になったとダンに話しかける。

「申し訳ないけど、我々はギルドからの依頼で動いているの。正式な依頼手続きをしてもらわないとそちらに行くのは難しいわ。」


ギルドに登録されている冒険者は中抜き行為が禁止されている。そのため冒険者への直接の依頼はバレるとペナルティが課されるのだ。さらにエイグリンの町にあるのはギルドの出張所で依頼の申請はできても正式な依頼になるためには更に大きな街の支店で査定を受けてからになる。それらの手続きが終わり、三人が依頼を受けるまで最短でも五日ほどかかるはずだ。ミリーアからの説明を聞いてダンは動揺した顔で膝を折る。


しばらくそのまま動かないダンにシャルが「おい、大丈夫か?」と声をかける。唐突にダンがミリーアの袖を掴み懇願する。

「村では近くまた追い払ったゴブリン達が襲撃に来るはずだと!負傷者も出てしまいましたし、どうしたって五日も待つことはできません。お礼はしますから、どうか僕たちを助けてください!」

腰の引けた状態で両袖を掴まれた姿勢のミリーアは冷たくあしらう事も出来ず、口をへの字に曲げて考え込む。


そこにシャルが勢い込んだ声を上げる。

「ゴブリンがまた襲撃?おいおいミリーア、こいつはトラブルの匂いがするぜ。これは行かなきゃだろ!それに俺たちは困っている人たちを助けるのが仕事!漢を見せろ、漢を!」


因みにシャルは無類の冒険譚好きで、それが災い(幸い?)してミリーアと旅に出る事になった男である。どんなトラブルもバッチこい!とにかく首を突っ込んで自分譚に一つでも花を添えたいのである。なので人助けはさらにその添え物という扱いだ。

なので趣味は日記。別に悪い男ではない。


「私は漢じゃない!」とシャルを睨むミリーアにエドも口を開く。

「シャルの言う事も一理ある。」

その言葉にミリーアは一瞬の間を空け、観念した様にふぅと息を吐く。

「むぅ。エドが、そういうのなら。」


「いや、俺の意見だよね?なんだその扱いの違いは!?」

「信頼の厚みの違い?」

ミリーアがため息交じりに即答し、両手の指でそれぞれ厚みを表現する。目一杯に開いた右手の親指と人差し指に比べ、左手は爪先がくっつきそうな程しか隙間がない。「おい、そっちの狭い方、爪くっついてるぞ!」


「私もここまで頼まれて見過ごすのは気分いい話じゃないし、ギルドにバレたらたまたま泊った村でゴブリンの襲撃に遇ったとか、そんな話でごまかすしか無いわね。」

シャルのクレームを背にしてミリーアがダンに肩をすくめてそう伝える。

「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」

ダンは重荷が下りた様な笑顔で順番に三人の手を握りお礼を述べたのだった。

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