第116話 戴冠式(ラファエル視点)



 正妃は王都から遠く離れた、王家直轄地にある城に幽閉されることが決まった。

 彼女はヴァレンティーヌ公爵家に居た頃の服毒の影響で、すでに内臓がボロボロだったらしい。今まで妃業務を行えたことが不思議だと医者が言うほどだった。

 余命は長くないとのことで、このまま幽閉先で静かに亡くなるだろう。


 ヴァレンティーヌ公爵家は爵位を落とした。

 これからは王家の影を縮小し、ルシファー達裏部隊のみを残す方向で、ヴァレンティーヌ家を解体していこうと思う。

 そもそも王家の影が巨大化して力を持ち、王家に嫁いでしまったことから始まった歪みだったのだ。その在り方をこれからきちんと模索していかなければならない。


 クライスト筆頭公爵家に関しては無事に当主をすげ替え、正妃派閥から王太子派閥へと方向転換した。

 ウルクハイ陛下は以前の怠惰が嘘のような働き者になったので、国民からの王家への支持が以前よりずっと増えたのは喜ばしい結果だ。

 ただ、陛下のお体によく蕁麻疹が現れるようになった。魅了された心と、仕事をしたくない体との間で起こったストレスのせいかもしれない。





 それから四年が経ち、私はココと共に十八歳でデーモンズ学園を卒業した。


 卒業パーティーでは私とココ、そしてオークハルトとクライスト嬢の婚約を発表した。

 私とココは一年後の戴冠式と同時に婚姻することが決まり、「婚約者候補期間は長かったですけれど、実際に婚約者になってしまえば早いものですわね」とココが愛らしく笑った。


 オークハルト達は私達の婚姻が落ち着いてから、婚姻するとのことだ。

「王族の結婚は経済が動くからな! 兄君たちが第一次結婚ブームを作り、俺とルナで第二次結婚ブームを作った方が国が賑わうだろう!」とのこと。

 クライスト嬢がそれでいいと言うのなら、私からはなにも言うことはない。オークハルトも成長したものだなと、しみじみ思う。


 そして一年の準備期間を奔走し、春の始めのまだ肌寒い晴れの日に、私は戴冠式と結婚式を行うことになった。





 戴冠式の為に用意された、金糸や銀糸の細かな刺繍がほどこされた白の正装を纏い、私は鏡の前に立つ。

 裏地の緋色が目立つマントをフォルトは私の肩に掛けながら、すでに涙ぐんでいた。


「エル様、たいへんご立派になられましたねぇ……」

「ありがとう、フォルト。幼い頃から私を支えてくれた君に、戴冠する姿を見せることが出来て、本当に嬉しいよ」

「ふふ、いつもは着飾るのを嫌がってばかりのエル様がそうおっしゃるとは」

「そうだね。今日だけは特別なんだ」


 前回の人生では、王となる姿をフォルトに見せてあげられなかったから。今日だけは着飾られるのを嫌だとは思わない。


 フォルトに髪を整えられ、服装を最終確認してもらう。「完璧ですよ、エル様」とフォルトが頷いてくれたので、背筋を伸ばして控え室から出た。


「本日はおめでとうございます、ラファエル殿下」


 廊下に出るとすぐ、ダグラスがそう言って頭を下げた。


 すっかり騎士としての身体が出来上がったダグラスは上背もあり、胸板も厚く、腕や足の筋肉ががっしりとしていることが制服の上からもよくわかる。

 ダグラスもすでに騎士団の中では指折りの実力者で、隊長格に出世した。醜いというハンデの中でここまでのし上がれたのは、ひとえに彼の努力の賜物だろう。


「ありがとう、ダグラス。今日も護衛を頼むよ」

「はいっ」


 金色の瞳を輝かせて、ダグラスが笑った。


 玉座の間までの長い廊下をゆっくりと歩く。

 待機している衛兵達が私を見てゆっくりとお辞儀をする。彼らの大半が魔道具の眼鏡をかけていた。今日招待された貴族達の着用率も高いだろう。ワグナー家で量産体制が整ってからは、ずいぶん普及したものだ。


 衛兵が二人がかりで、玉座の間に続く重厚な扉を開ける。


 王宮内で一番広い玉座の間では、招待された国内すべての貴族達が爵位順にずらりと並んでいた。その最奥に玉座があり、ウルクハイ陛下が起立してこちらを待っていた。


 その間に用意された絨毯敷きの通路を、私はひとりでまっすぐ進む。


 すれ違う貴族の中には、魔道具をかけても未だ固い表情をしている者も居たが、大半の者は好意的な視線を向けてきてくれた。それは教会視察と銘打って地方を巡っていたときに知り合った者達も多かった。


 上位貴族達のなかに、ヴィオレット・ベルガ辺境伯爵令嬢と彼女の婚約者になったサラバドル・インス男爵令息の姿を見つける。

 彼の並ぶべき位置は下位貴族の席では? と一瞬思ったが、まぁ目を瞑ろう。サラバドルにも私が戴冠する姿をきちんと見てほしいと思った。


 侯爵家の列では、ココの父であるブロッサム侯爵とレイモンドを見つける。

 レイモンドは狐の面を被っているため表情はよくわからないが、ブロッサム侯爵はココと同じペリドット色の瞳を柔らかく細めて私を見ていた。


 公爵家の列ではワグナー家のドワーフィスターとミスティア嬢が優雅に並んでいる。美神兄妹と呼ばれているのも納得の佇まいだった。


 そして王族の列にオークハルトとルナマリア嬢が仲睦まじく並んでいる。側妃サラヴィア様は、今日はシャリオット王国のドレスで正装していた。


 さらに足を進めると、私の婚約者の席にココが優雅に並んでいる。


 十九歳になったココは背もすっかり伸び、女性らしい体つきに成長した。その美貌はもはやこの世の者ではないほどだと、諸外国にも名を轟かせている。

 けれど今日はその美貌は隠されてしまっている。

 ウルクハイ陛下の魅了の力を解かないように、ココは陛下がいらっしゃる場では顔にヴェールを被ることにしているのだ。


 けれど、私が彼女の前を通りすぎるときに、ヴェールの隙間から覗く愛らしい唇がやわらかく弧を描いた。

 それを見ただけで、私は勇気を貰ったような気持ちになる。


「ラファエル・シャリオット第一王子、こちらへ」


 玉座の前でウルクハイ陛下が私の名を呼ぶ。


 玉座の奥には念のためピア嬢が待機しているが、ここからは姿がまったく見えない。シャドーやルシファー達も、どこかで私の姿を見守っているのだろう。


 私はウルクハイ陛下の隣に立ち、貴族達へ顔を向ける。

 そして戴冠の宣誓を行った。

 前回の人生では決して口にすることの出来なかった長い言葉を暗唱する。


「……最後に、私ラファエル・シャリオットは正義とシャリオット王国の法律を遵守し、教会の教義を守ることをここに誓います」


 ウルクハイ陛下がきらびやかな宝冠を両手で持ちあげる。

 私はウルクハイ陛下に向き直り、頭を下げた。


「ここにラファエル・シャリオットの即位を宣言する」


 私の頭に、宝冠のずっしりとした重みが乗せられた。


 胸の奥から熱い感動が沸き上がり、そして今この瞬間からシャリオット王国を守っていくのだという重圧を奥歯で噛み締める。


 私は顔をあげ、再び広間に顔を向けた。


「ラファエル国王陛下! 万歳! 万歳!」とココが張り切って歓声をあげれば、ほかの貴族達も声をあげて拍手をした。

 オークハルトが笑い、ルナマリア嬢が珍しく唇に笑みを浮かべ、ドワーフィスターとミスティア嬢が大きく両手をあげる。

 ヴィオレット嬢とサラバドルも、サラヴィア様も、ブロッサム侯爵もフォルトもダグラスも喜びの声をあげている。


 大丈夫、私はけして一人ではない。


 そう心から思えた。

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