第117話 結婚式
はぁぁぁぁ……。戴冠式の麗しすぎるエル様の余韻が冷めない。
わたしは前世二次元よりの夢女だったけれど、俳優とかアイドルとか三次元の夢女が推しの最高の晴れ舞台を見た時って、たぶんこんな気分なんだろう。
エル様の尊さに昇天するかと思った。めちゃくちゃペンライト振り回したかった。エル様最強だった。はぁぁぁ……。
エル様が宝冠を被ったお姿を何度も思い返して魂が抜けそうになりながらも、わたしは王宮からシャリオット王国中央教会へと馬車で移動する。
これから中央教会で結婚式を挙げて、王宮へ帰る道のりをエル様と共にパレードする予定になっているのだ。
前世を思い出した十歳から、イケメンと結婚したい、イケメンに溺愛されたいと願って早九年。ついにその夢が叶う日がやって来た。
教会の控え室に案内されたわたしは、ブロッサム侯爵家の侍女であるアマレットと王宮侍女達によって、花嫁衣装へと着せ替えられる。
王族専属のお針子さん達が今日のためにレースを編み、刺繍を刺し、選び抜かれたシルクや宝石をふんだんに使って作られた最高級のドレスだ。
式のあとのパレードは国民へのお披露目なのだけれど、魔道具の眼鏡を持っていない国民が大多数なので、わたしの美貌でエル様のお姿へのヘイトを打ち消すという大仕事が待っている。そのためにも完璧に着こなさなくては!
「ああ、私のココレットお嬢様が……! もはや人間に見えません!」
誉め言葉にはまったく聞こえないが、恍惚とした瞳でわたしを凝視するアマレットに微笑みかけた。
「今日までわたしに仕えてくれて、本当にありがとう、アマレット。あなたと過ごせてとても楽しかったわ」
「いいえ! 私のお嬢様のお世話をするのは、私の人生の喜びでした!」
王宮の侍女がわたしにティアラを乗せ、最後に白いヴェールを被せる。
アマレットや侍女達に口々に絶賛されていると、控え室の扉をノックする音が聞こえた。
最後に全体を確認してもらってから扉を開ける。
廊下でわたしを待っていたのは、わたしと同じふんわりローズピンクの髪とペリドット色の瞳を持つ、オーク顔の父だった。
「とても綺麗だよ、ココ。私の愛しい娘」
「ありがとうございます、お父様」
「クラリッサもきっと、天国からココの結婚を祝福してるだろう」
「お母様が? だとしたら、嬉しいわ」
体が弱かったという母の記憶はまったくないけれど、灰色の髪と瞳でわたしと同じ顔をした絶世の美女であったことだけは肖像画で知っている。
何度も肖像画の母に向かって感謝したものだ。この顔に生んでくださってありがとう、と。わたし、自分のこの顔が大好きよ。
「さて、そろそろ行こうか。ココの王子さまが首を長くして君を待っているよ」
「はい、お父様」
父の手を取り、主聖堂へと移動する。
ロングトレーンの裾をアマレット達が丁寧に持ち上げてくれたが、やはり歩きにくいので進む速度はゆっくりだ。
「……あんなに小さな女の子だったのに、子供の成長とは早いものだね。もう私のもとから飛び立って行ってしまうのだから」
父がそう、ゆっくりと口にする。その声は少しだけ震えていた。
「お父様、わたし、あなたの娘で本当に幸せでした」
何度も、父のオーク顔にびびって泣きそうになった夜があった。飲み込んだ悲鳴は数知れない。
でも父がこの顔だったからこそ、わたしはこの奇妙な美的感覚が蔓延る異世界に順応できたのだ。
人間は顔ではない、というまともな価値観を養わせてもらったのは父のおかげだ。
その上で前世的イケメンが大好きだけど。
「今日までわたしを育ててくださって、本当にありがとうございました」
「……ココはいつまでも私とクラリッサの娘だよ。いつでもブロッサム家に遊びに来なさい。もちろんラファエル陛下と一緒にね。レイモンドと一緒に待っているから」
「はい、お父様」
わたしは父に最高の笑顔を見せて、その頬に優しく口付けを贈る。
父も分厚い唇でわたしの額に口付けた。……一瞬、父に喰われるかと思った。
父がわたしのヴェールを下げ、主聖堂の扉の前に立つ。
侍従達がその扉を押し開ければ、招待客がみんな一斉にこちらへ振り向いた。
祭壇の側にあるパイプオルガンが入場曲を奏でるのを合図に、わたしは父に伴われてヴァージンロードを歩いた。
招待客が「お美しいわ……」「さすがココレット様……」と熱っぽく言うのが聞こえる。その中には、今や作家として地位を築いたルイーゼ様のお姿も見えた。
親しい友人達の顔をチラチラ視界の端におさめていたけれど、祭壇の前に立つエル様のお顔がハッキリと見えた瞬間、わたしの目にはもうエル様しか映らなくなる。
戴冠式の御衣装も素敵だったけれど、ロイヤルブルーを基調としたフロックコート姿もお美しい!!!
エル様がサファイア色の瞳を優しく細め、わたしに向かって手を伸ばす。
父の手を離し、エル様の手を取る。そして祭壇に立つ神父の前へ、わたしとエル様は並んで立った。
神父の祝福の言葉を聞きながらも、わたしの視線は横に立つエル様のほうへついつい向かってしまう。ヴェール越しだからきっと誰にも気付かれないとは思うけど。
十九歳になられたエル様は、天使のようだったまるい頬からスッキリとした輪郭に変わり、背丈も伸びて体の厚みも増えた。もうこれぞ、格好良さの権化である。
ついにエル様と結婚するのだと思うと胸の奥が震える。
エル様のお顔に一目惚れして始まったわたしの想いだけれど、今ではもう、エル様の真面目な性格も、時おり見せる闇深いところも、全部が全部、大好きだわ。
「花嫁ココレット・ブロッサムよ、生涯ラファエル・シャリオットを夫として愛することを誓いますか?」
神父の言葉に、わたしは力強く答える。
「はい。誓います!」
きっとエル様がお年を召してダンディーなイケオジになっても、しわくちゃで可愛いおじいちゃまになっても。ずっとずっとエル様が大好き。
闇落ちして世界征服を目論むエル様になっても、革命されてエル様がすべて失っちゃっても、わたしはエル様に絶対について行く。
美しいこの人のすべての瞬間を、ずっとずっとこの目で見つめていたいの。
「では、誓いの口付けを」
神父に促され、エル様がわたしのヴェールをゆっくりと持ち上げる。
……この時のために、「練習しましょう!」とエル様に何度も口付けをねだりまくったおかげで、エル様が極度の緊張状態に陥ることは回避されたようだ。普通の緊張らしいエル様にホッとする。
「……ココ、愛しているよ」
「わたしも愛しておりますわ、エル様」
感動で涙目になっているエル様のお顔をうっすら半目で見つめながら、口付けを待つ。
顎を優しく持ち上げられて、エル様の柔らかな唇がしっとりとわたしの唇に重なった。
はぁ……エル様とキスするの本当に最高……!
誓いの口付けが終わると、神父が「皆さん、お二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれたこの二人を神が慈しみ深く守り、助けてくださるよう祈りましょう」と穏やかに言う。
祝詞が終わり、招待客の方に振り向けばみんなが「ご結婚、おめでとうございます!」「ラファエル陛下、ココレット妃殿下、どうか末長くお幸せに!」と祝福の言葉を掛けてくれた。
わたしとエル様は互いに見つめ合い、微笑み合う。
「エル様、一緒に幸せになりましょうね!」
「私はココに出会ってからずっと幸せだけどね」
「あら、奇遇ですね。わたしもなんです」
というわけで、わたしココレットは、ついに美醜あべこべ世界で異形の王子と結婚しました!
本編・完
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