第115話 対決②(ラファエル視点)



「正妃マリージュエルが企てた、オークハルト第二王子暗殺未遂とルナマリア・クライスト筆頭公爵令嬢恐喝事件について、ウルクハイ陛下に告発いたします」

「ハハ……、マリージュエルを告発だと? お前はそれほど愚かだったのか、ラファエルよ。失望したぞ」


 ベッドの縁まで移動し、まるで玉座のように座り直したウルクハイ陛下が、乾いた笑みを浮かべた。


「証拠も揃っております、陛下」


 私の合図に、被害者であるオークハルトやクライスト嬢、サラヴィア様が一歩前に出る。

 ルシファーやシャドー達が集めてくれた証拠を記した文書も、ドワーフィスターとレイモンドの手の中にあった。


 だが陛下はゆるく首を横に振る。


「失望したと私が言ったのが聞こえないのか、ラファエル」

「私はシャリオット王国の為に動いたまでです。このまま正妃をのさばらせておくわけにはまいりません」

「マリージュエルなくして、どう国を回すというのだ、お前は」

「ウルクハイ陛下御自身がまつりごとを行えば良いのです」


 ウルクハイ陛下は心底こちらを馬鹿にしたような表情を浮かべた。


「なぜ私がまつりごとなど、しなければならんのだ? マリージュエルにすべて任せておけば良い。どんなにうるさい貴族でも、あの女が手を回せば黙るのだ。それでいいではないか」

「……ウルクハイ陛下は我々の告発を退けるとおっしゃるのですね」

「当たり前だ。私になんの得もないではないか。午睡を楽しむ方がずっと有意義だ」


 ウルクハイ陛下の言葉は、悲しいほどに想定の範囲内だった。

 やはりピア・アボットを使うしかないようだ。


 私は溜め息を飲み込み、彼女に合図を出そうとした、そのときーーーサロンの扉が外側から開け放たれた。


「あらあらあらぁぁ~? 大勢お集まりのようで、お茶会かしらぁ? あまりにも楽しげだから、衛兵が私を呼びに来たわよ。招待状はなくても参加できるのかしらね?」


 ふふふ、と青く塗られた唇に笑みを作った正妃が現れる。しかしその藍色の瞳は怒りに燃えていた。


 彼女の後ろからワグナー宰相が真っ青な顔をして現れ、衛兵たちをサロンに入れないように自ら扉を閉めているのが見える。

 彼に正妃の足止めは難しかったようだ。


 正妃が現れたことに、ウルクハイ陛下が嬉しげに声をあげる。


「マリージュエルよ、こちらへ来い。可笑しな話を聞かせてやろう」


 手招くウルクハイ陛下を眺め、正妃はヒールの底で床を蹴るようにカツカツと歩きながら、ベッドに近づいた。

 そして少し離れた位置で立ち止まる。


「ウルクハイ陛下、可笑しな話とはなんですの?」

「こ奴等がな、お前の悪事を私に告発すると言うのだ。お前がオークハルトの暗殺を企て、そこの公爵令嬢を恐喝したのだと」

「ふう~ん」

「マリージュエルよ、証拠を掴まれるなどお前らしくないなぁ。ハハハッ!」


 正妃はじろりと私を見て、吐き気を堪えるように顔をしかめる。ばさりと青薔薇の模様の扇を広げ、口許を隠した。


「ウルクハイ陛下がそんな告発を受け入れるようなまともな相手だと、お前は思っていたのかしら?」

「いいえ、母上」

「ならば何故このような真似をしたの? 証拠はどこから手に入れたのよ?」


 以前お見かけしたときよりずっと顔色が悪いな、と私は正妃の目元の下辺りの肌を見ながら思う。体もずいぶん痩せたようだった。


 そうか、前回の人生では私が学園を卒業する頃には、病でベッドから起き上がれなくなっていた方だ。この頃からその片鱗は見えていたのだろう。

 ルシファー達の裏切りに気付かないほどに、病が進行しているのだ。


「王家の影、裏部隊を手中におさめました」

「な……っ!」


 私の発言に、正妃が目を大きく見開いた。

 ウルクハイ陛下も絶句している。


「一体どういうことよっ!? っ、ルシファー!!」


 正妃が焦ったように辺りを見回し、叫べば。

 ルシファーとシャドーが透明マントを脱いで、姿を表した。


「王家の影はいつの時代も、現国王陛下のものでしょう! それをなぜっ、ウルクハイ陛下を裏切り異形の王子についたのよぉ!?」

「我々裏部隊はウルクハイ国王陛下を見限ることにした。それだけのことです」

「あんまりカッカすると体に悪いぜ? 正妃様」


 二人の返答に、正妃は扇をたたみ、それをそのまま彼らに向かって振り投げた。

 ブンッと音を立てて飛んだ扇は、あっさりふたりに避けられ、壁にぶつかって床に落ちた。


 肩で荒々しく息をする正妃に対し、ウルクハイ陛下は状況を飲み込んだ。「なるほど」と楽しそうに我々の顔を順に見る。


「つまり、不甲斐ない王に代わって玉座に就こうというのだな? それはいい! 私はついに隠居生活に移れるのだな!」


 嬉しそうにウルクハイ陛下が両手を叩く。

 しかし正妃がぴしゃりと陛下に声をかける。


「そういうわけには参りませんわ、ウルクハイ陛下! 王太子はまだ十四歳なのですよ! 貴族達が反発いたしますわ!」

「やりたいというのだから、任せればいいではないか。……ん? しかし、ラファエルは先程私に言ったな? 正妃を断罪して私がまつりごとを行えと」


「その通りです、陛下」と私が答えれば、正妃は鼻で笑った。


「ウルクハイ陛下がまつりごとを行う? するわけないじゃない、この愚王が!」

「おい、マリージュエルよ、お前も酷くないか?」


 正妃はウルクハイ陛下の言葉を無視して、私にヒステリックに叫び続ける。


「この男がまともであれば、私でも支えられたでしょうよ! 誰のことも脅さず、殺さず、正妃としてまっとうな方法で! でもねぇ、この男はぐうたらで何もしない屑なのよ! こんな男をまともな人間に出来るのは………!!」


 高ぶる感情のままに吐き出された言葉は、サロンにキンキンと響き渡る。

 突然ぷっつりと切られた台詞の先を正妃は口にしなかった。ただ荒い呼吸音だけが続いた。


 ウルクハイ陛下だけが「事実なんだが……マリージュエルに言われると、なんだかな……」と凹んでいた。


「まともな陛下に出来ますよ、母上」


 私が言えば、正妃はわけがわからないという表情でこちらを見た。


「ピア・アボット、あなたの出番です」

「了解でーす、王太子殿下」


 ピア・アボットは軽い口調で話ながら、私の横を通りすぎる。

 そしてウルクハイ国王陛下の前で立ち止まった。


 陛下は怪訝な顔でピア・アボットを眺めた。


「なんだ、この小娘は。私はこの小娘が近寄るのを許してはいないぞ」

「うるさいのよ、オジサン。ゴブ様の方が若くて儚くて美少年なんだからね。オジサンはあたしの下僕になるのよ!」


 ピア・アボットのエメラルドグリーンの瞳が、キラキラと発光する。

 その光に力を奪われたように、ウルクハイ陛下の目がどんどん濁っていった。


「オジサンはあたしの言った通りに動く、いいわね?」

「……ああ、もちろんだ」

「さぁ、仕事をやりなさい。まずオジサンの奥さんの断罪よ」

「……ああ、わかった」


 ウルクハイ陛下はベッドから下りてきちんと立ち上がると、正妃を指差した。


「ラファエル第一王子からの告発を受け、正妃マリージュエルを幽閉する。今後、妃業務は側妃サラヴィアが行う。皆の者、良いな」


 ピア・アボットの魅了の力に、ウルクハイ陛下は完全に支配されていた。


 これほどうまく行くとは。

 私が思わず安堵の溜め息を吐けば、背後に居るオークハルト達からも力の抜けるような声が聞こえてきた。

 ワグナー宰相だけが喜びに満ち溢れた声音で、ウルクハイ陛下の言葉にすぐさま返事をした。


「なによ……それ……」


 正妃だけが目の前で起こったことを理解できず、呆然と呟く。


 私は答えた。


「ピア・アボットが持つ魅了の力を使いました。これでウルクハイ陛下は彼女の支配下に置かれます。そして彼女が仕えるのはこの私です。ウルクハイ陛下を、私が即位するまで傀儡にします」


 正妃はぐしゃぐしゃと自分の髪を両手で掻き回した。

 青薔薇を模した髪留めや大粒の宝石がついたピンが床に落ちるのも気にせず乱し、頭を抱える。


「あは、あははははは……アハハハハハハ!!! そんな簡単なことで、あの愚王がまともになるのねぇ!! 私がっ、なにをせずともっ! 国が! まつりごとがまともに回る日が来たってわけねぇ……! アッハハハハハハッ!!!」


 ずるずると床にしゃがみ込み、正妃はただ笑う。

 その姿はもはや狂女にしか見えなかった。


 前回の私はこの人に母性を求めた。

 母の愛が欲しくて、母に認められたくて、ただひたすらに王太子教育に打ち込んだ。けれど母から返ってくるのは化け物を見る眼差しだけだった。

 その視線に耐えられず、私は母を求める心を凍りつかせることしか出来なかった。


 そんなふうに私の愛憎と恐怖を掻き立てた正妃は、実はこんなに脆い人だったのだなと初めて気が付いた。


 ダグラスが正妃の腕を拘束する。

 フォルトが扉の前から呼んでくれたらしい衛兵達も、連行する手伝いをしてくれた。


「母上、あなたが汚い手など使わずとも、私はシャリオット王国をきちんと守っていきます」


 オークハルトの暗殺など企てずとも、クライスト嬢を妃として娶らずとも。

 今回の私は、ちゃんと味方を増やして国を守っていく。ココと共に。


 そう思って口にすれば、正妃はまた声をあげて笑った。


「アンタの言う“汚い手”とやらしか、私は持っていないのよ。不出来な妹だもの! あははははっ、それでも褒めてくださるかしら? ねぇっ? アハハハハハハ!」


 もはや支離滅裂な言葉を吐く正妃の甲高い笑い声は、まるで幼い女の子の泣き声のように聞こえる。


「アハハハハッ……! ……私なんかが産んだ化け物の癖に、アンタは“まとも”だったのねぇ」

「母上……」


 私は呆然と正妃を見た。

 初めて母親から褒められたような気がした。


 正妃がサロンを去ったあとも、私の耳の奥に彼女の言葉が残る。

 前回の私が心の奥底で歓喜に咽び泣いているような気がした。

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