第107話 捕獲(ルシファー視点)

※途中からルシファー視点です。



 後日準備を整えて、わたし達はルシファー生け捕り大作戦を決行することになった。

 騒ぎになっても大丈夫なように、場所はエル様の離宮で行われる。王宮から離れているので、万一のことがあっても正妃様が自らやって来ることのない安全な場所なのだ。……息子に会いに来ないなんて、母親として最低だと思うけどね。


 そしてルシファーに姿を現してもらう為の囮は、オーク様とルナマリア様である。


「ベルガ嬢とインス、ダグラスを配置する。もちろんシャドーも控えている。……だがオークハルトとクライスト嬢が危険に晒されることに変わりはない。二人とも、本当に耐えてくれるかい?」

「兄君、俺も昔から兄君と共に剣術の訓練に参加しているのだぞ。ルシファーを倒せという命令ならばこの身を賭けても難しいが、いっときルナの盾になることくらいは出来よう」

「ラファエル殿下、私も、ヴィオレット様のような果敢な働きはできませんが、オーク様の身を庇うことくらいは出来ます」

「おいおいルナ、有難いが俺の活躍の場を奪わないでほしいぞ。今日の俺はルナを守るために居るのだからな」

「オーク様……、ですが……」

「守らせてくれ、ルナ。ルナは俺の婚約者候補なのだから」

「……はい、オーク様」


 今日ばかりは私も、オーク様のことを男前だと心から称賛できるわ。なんだか後光が差しているような気がするもの。顔はオークなのに勇者っぽい。


 ルナマリア様は相変わらず無表情だけれど、アイスブルーの瞳の奥にハートが浮かんでいる。

 好きな人に「守るよ」なんて言われてしまったら、乙女心を撃ち抜かれても仕方がないわよね。夢女憧れの台詞だわ。


「オークハルト、お前も出来るだけ自分の身を守ってくれ。お前は王族で、私のスペアで……弟なのだから」


 エル様がそう言うと、オーク様は光属性の本領を発揮するように満面の笑みを浮かべた。


「俺ごときが、素晴らしき兄君の代わりになるはずもない。だが兄君が心配してくださるのだから、自分の身もきちんと守ろう。それにヴィーとサリーとダグラス、そしてシャドーが俺たちをきちんと守ってくれると信じている。彼らの実力は素晴らしいし、なにせ兄君が立ててくださった計画だからな!」

「そうか」


 ぎこちないながらもエル様は口許に笑みを浮かべ、オーク様の肩を叩いた。


「頼んだぞ、オークハルト」

「仰せのままに!」


 わたしもオーク様とルナマリア様たちを激励する。

 そして全員が配置場所に去っていくのを、エル様と共に見送った。


 ああ、神様お願いです。どうか誰も怪我などせず、無事にルシファーイケメンをゲットできますように。


 ……早くお顔が見たーいっ!





 ここ数日、オークハルト第二王子殿下の護衛であるヴィオレット・ベルガ辺境伯爵令嬢の守りが激化し、王宮内ではなかなかルナマリア・クライスト筆頭公爵令嬢のもとに近付くことが出来なかった。まだ十三歳のご令嬢だというのに、ベルガ辺境伯爵家の直系の才能はすさまじい。これからどれだけ成長するのか、今から空恐ろしい程である。

 しかしようやく今日になって、ベルガ辺境伯爵令嬢の守りの綻びを見つけることが出来た。


 私がクライスト筆頭公爵令嬢を発見した場所は、神々しきラファエル第一王子殿下の離宮の庭にある、東屋だった。


 東屋ではクライスト筆頭公爵令嬢が、オークハルト第二王子殿下と二人きりで過ごしていた。

 周囲には護衛や侍女の姿は居ないが、ベルガ辺境伯爵令嬢がどこかに潜んでいる可能性が高いだろう。彼女の従者であるサラバドル・インス男爵令息にも、警戒が必要だ。


 あまり近付いてはくれるなよ、と私はクライスト筆頭公爵令嬢とオークハルト第二王子殿下に対して思う。

 二人が男女の関係になることを、正妃様はお許しにならない。間違いが起きることがあればその前に、私はクライスト筆頭公爵令嬢の身を傷付けなければならなかった。


『ルナマリアの両足の腱を切ってしまいなさい。それでも分からぬと言うのなら、まずは膝下から切断するのよ。利き腕さえあれば正妃として書類仕事くらいは出来るものねぇ? あなたもきちんと仕事をこなしなさいよね、ルシファー?』


 青い口紅の塗られた唇を歪めながら、正妃様は私にそう仰った。

 王家の影である私は、正妃様に「はい」と答える以外の言葉を持たない。クライスト筆頭公爵家の情報力を手中に納めることは、王家の為であり、ヴァレンティーヌ公爵家のためであり、ラファエル第一王子殿下のためであるのだから。


 だがしかし、ラファエル第一王子殿下は望まぬだろうことも、私には分かっていた。

 私はずっとずっとラファエル第一王子殿下を影から見守り続けてきたのだから。


 私にとってラファエル第一王子殿下はこの世界にもたらされた唯一の希望の光である。

 ヴァレンティーヌ公爵家の血を引いて生まれた私は、この怪物のような見た目のせいで暗殺業のためだけに育てられた。表舞台の仕事の適正など最初から調べてもらえなかったのだ。

 けれどきっと、世の中で迫害されている他の醜い男達と比べれば、まだマシなほうなのかもしれない。人前に姿を現さずにすむ仕事があり、国という後ろ楯があり、私の汚れた手はまだ必要とされている。

 いつか使い捨てられる日が来るとしても、ろくな死に方が出来ないとしても、ーーー誰にも望まれないよりはずっといいはずだ。


 そんな私の仄暗い人生に現れたのが、ラファエル第一王子殿下だった。


 私と同じように見た目に大きなハンデを持ち、私よりもずっと年下で、私など比べものにならないほどの重圧を背負って生まれたラファエル第一王子殿下。かの御方は『異形の王子』と蔑まれながらも、人前に立ち、民のために真摯に公務を執り行う。とても忍耐強い御方だった。

 現国王陛下は絶世の美貌を持ちながらも非常に怠惰で、公務になどまったく手をつけようとしない愚王である。そんな陛下とはまるで正反対のラファエル第一王子殿下に、私が魅了されるのは仕方のない話だった。


 ラファエル第一王子殿下に仕えることが出来たら、どれほど幸福だろうか。

 かの御方なら私をただの駒の一つではなく、一人の人間として扱ってくださるのではないか。

 かの御方が必要としてくださるのなら、私はどれだけ自分の手を汚すことになっても構わないと、そう思った。


 それほどラファエル第一王子殿下に心酔した私だからこそ、わかる。かの御方はクライスト筆頭公爵令嬢が傷付けられることを良しとはしないことを。

 ラファエル第一王子殿下はお優しい。クライスト筆頭公爵令嬢のことを、妃候補としてではなく一人の臣下として大事にしていらっしゃる。クライスト筆頭公爵家の力がどれほど必要であろうと、彼女の心身を犠牲にする方法は選ばないだろう。

 そもそもラファエル第一王子殿下はココレット・ブロッサム侯爵令嬢を心から愛していらっしゃるので、ブロッサム侯爵令嬢以外の妃を傍に置くつもりはないのだ。


 ラファエル第一王子殿下のお望みを、私が叶えて差し上げられたらよいのに。

 そう思うが、私はただの駒の一つにすぎない。王家の影の裏部隊のリーダーではあるが、代わりなどいくらでもいるのだ。

 私たち王家の影を使えるのは当代の国王陛下のみ。

 そして国王陛下が多くの権力を秘密裏に正妃様に渡しているため、王家の影は正妃様の命令に従わねばならぬ。正妃様がヴァレンティーヌ公爵家の出身であることも関係して、彼女の命令には二重に逆らうことが出来ない。

 ラファエル第一王子殿下は今はまだ王太子でしかないのだ。


 ああ、早くラファエル第一王子殿下の治世がやって来れば良いのだが。

 そうすれば私もラファエル第一王子殿下の手として、ラファエル第一王子殿下のお心のままに動けるというのに……。

 きっと素晴らしい未来がやって来るに違いない。早く国王陛下が御崩御されないかだろうか……。


 そんなことを考えていた私の目の前で、クライスト筆頭公爵令嬢が動いた。


「オーク様……」


 クライスト筆頭公爵令嬢は、東屋に設置されたテーブルの上から、一枚のクッキーを手に取った。

 そして真っ赤な無表情顔で、そのクッキーをオークハルト第二王子殿下の口許に持っていく。


「あ、……あーん、してくださいませ……!」

「おお、ルナ、クッキーを俺に食べさせてくれるというのか。ありがとう!」


 ……なんという、ふしだらな。


 私は思わず額に手を当て、空を仰ぎ見た。

 これ以上二人の関係を親密にするわけにはいかない。

 私はまずは警告として、二人が座るベンチへとナイフを投げつけた。ビュッと風を切る音がして、ナイフがベンチの座面に突き刺さる。

 二人が「キャアッ」「っ! ルナ、怪我はないかっ?」と慌てる声が聞こえた。


 この警告に怯えて二人きりのお茶会を止めてくれればいいのだが。そう考えていると、背後から突然声を掛けられた。


「よぉ、ルシファー。お互い『透明マント』を羽織っているから見えなかったけど、今のナイフの軌道でようやく居場所がわかったぜ」


 ブロッサム侯爵令嬢の護衛についているはずのシャドーが、なぜかこの場に居た。

 私が驚いてシャドーの声の出所を探すより先に、彼が私の『透明マント』を剥ぎ取った。


「シャドー!? おまえ、一体なにを……っ」

「ごめんな、ルシファー。オレはさぁ、やっぱ今のバカ王や王妃様よりずっと、お前の方が大事だからさ」

「なにを言ってるんだ……?」


 シャドーの言葉に困惑した私のもとに、恐れていたベルガ辺境伯爵令嬢が飛び込んでくる。

 彼女の後ろから、サルバドル・インス男爵令息と騎士のダグラスが続いて姿を現した。


 ベルガ辺境伯爵令嬢は右手に持った鞭をしならせながら、人形のような顔でうっとりと微笑む。


「ようやく姿を見ることが出来ましたわねぇ、ルシファー? お会い出来て光栄ですわぁ?」


 ……『透明マント』という有利を奪われ、そして状況的にシャドーにも裏切られた私に、もはや逃げ場はなかった。





「きみが王家の影の裏部隊リーダー、ルシファーですね?」

「……はい。ルシファー・ヴァレンティーヌと申します」


 鞭で捕らえられた私はそのまま拘束具をはめられて、離宮にいらっしゃったラファエル第一王子殿下の前まで連行された。

 ラファエル第一王子殿下のお側にはすでにオークハルト第二王子殿下とクライスト公爵令嬢のお姿もあり、ほかにも従者のフォルト殿やブロッサム侯爵令嬢の姿もあった。

 ブロッサム侯爵令嬢は拘束された私の身を憐れに思ったのか、両手の指を組み合わせて「ああ、堕天使系イケメン神よ……!キターーーーー!!!」と天を拝んでいる。

 ラファエル第一王子殿下はそんなブロッサム侯爵令嬢を愛しげに見つめたあと、ゆっくりと私の方に顔を向けた。


「ルシファー。きみのことは、そこに居るシャドーから色々聞かせていただきました」


『透明マント』を脱ぎ、窓際に立っていたシャドーが私に向かってヒラヒラと片手を振る。


「きみには正妃マリージュエルを裏切り、彼女の悪行の証拠を私に流して欲しいのです。この話を断るのならば……」


 ラファエル第一王子殿下はそれ以上のことは口にしなかったが、このまま秘密裏に消されるだけのことだろう。正妃様の手で消されるより、この素晴らしき王太子殿下の手にかかった方がずっと幸福な気がする。


 だが、私は。


「敬愛なるラファエル第一王子殿下が我が身をお望みとあれば、この命尽きるまでお仕えする所存です」


 この御方直々に求められて、抗う気などまるで起こらない。

 私はずっとラファエル第一王子殿下の配下になりたかったのだから。


 この日私は、ラファエル第一王子殿下に心からの忠誠を誓った。

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