第106話 ラファエルの決断



「……ルシファーは正妃様の命令通り、クライスト公爵令嬢がオークハルト殿下と二人きりになったり、親しすぎると判断した時に、妨害工作を行っています。バトラス伯爵家のお茶会で池にクライスト嬢を落としたのも、王宮の庭でドレスを切りつけたのも。他にも色々やってますね」


 ルナマリア様に対する一連の不穏はやはり正妃様の差し金だったと、王家の影であるシャドーが証言した。

 まだ証言だけだけれど、これは結構重要だと思う。

 王家の影であるシャドーがこちらの味方になるということは、証言だけではなく正妃様の罪の物的証拠も、もしかしたら手に入るかもしれないのだから。


 エル様も同じことを考えていたのだろう、シャドーに尋ねた。


「あなたがそう証言すると言うことは、我が母上を完全に裏切るということですね」

「もちろん、そのつもりですよ、ラファエル殿下。証拠だって手に入れられます。……だからお願い致します。どうかルシファーを救ってやってください。ルシファーは今、ラファエル殿下のお心をお守りしたい気持ちと、それでも王家の影として正妃様の命令に従わなければならない現状に、とても苦しんでいます! あいつを正妃様から解放してやってください……!」


 シャドーの声はルシファーを心配する悲痛に満ちていた。


 わたしの胸もまた、苦しみを感じる。

 今この瞬間も尊いイケメンが、正妃様からの命令に良心を痛めているなんて。なんてかわいそうなの……。


 もちろんルシファーがやったことは犯罪だ。正妃様の命令だとはいえ、公爵令嬢に対する暴行行為であった。

 被害者が私ならイケメン無罪って思っちゃえるけれど、私ではなくか弱いルナマリア様が被害者なのだ。彼女が苦痛と恐怖を感じたことは消せない事実だった。


 実行犯であるルシファーを、助けられるだろうか……。


 わたしが心配していると、エル様がルナマリア様に視線を向ける。

 そして静かに彼女へ問いかけた。


「一連の事件の実行犯であるルシファーを、私は助けたいと思います。実際に彼の被害者であるクライスト嬢の気持ちを蔑ろにするようで申し訳ないのですが……」


 ルナマリア様は無表情のまま首を横に振った。


「シャドー様のお話を聞いて……私は、ルシファー様もまた、正妃様の被害者だと思いました。確かに何度も怖い目に遭いましたが、それは私がラファエル殿下に報告を怠ったせいでもあるのです。自業自得ですわ。

 どうぞラファエル殿下のお心のままに。私は臣下として殿下のご意志に従います」

「クライスト嬢……心から感謝いたします」

「俺も! 俺も兄君の意見に賛成だ! ルナの危機に気付けなかった俺も悪かったし、ルシファーとやらには情状酌量の余地があると思うぞ。それになにより、兄君を崇拝してくれている王家の影が居るのならば、兄君の味方になって欲しいと俺は思う!」

「……オークハルト、お前にも礼を言うよ。ありがとう」


 エル様がオーク様に優しく笑いかけた。

 それはエル様の、オーク様に対する長年のわだかまりが溶けたことを表しているかのようで。わたしまで嬉しくなってしまう。

 良かったですわね、エル様!


「では王家の影ルシファーを、母上から救出しよう」


 エル様のお言葉で、ルシファー救出作戦会議に移ることになった。

 わーい! 新たなイケメンに出会えるわ~! エル様推し仲間同士、仲良くなれたら嬉しいわ!





 その後の作戦会議で、シャドーがさらに詳しくルシファーのことを語ってくれた。


 ルシファーが正妃様と同じ藍色の髪と瞳をした、前世的イケメンであること!!!

 三十代のお兄様キャラであること!!!


 そしてなんと、ーーー魔術師であること。


「オレは面識はないのですが、以前、王家の影の中に魔術師がいたらしいんですよ。ルシファーはそいつに師事して、魔術が扱えるんです。いくつか魔道具も製作していて、オレが姿を眩ませるのもルシファーから貰った『透明マント』のおかげなんですよ」


 なるほど、そうだったのね。シャドーは『透明マント』を羽織って四六時中わたしのストーカーをしていたのね。……すごくキモイわ! 犯罪アイテムじゃないの!

 ドン引きする私の側で、ヴィオレット様も「やはり魔道具を使っていたのねぇ、腹立たしいですわぁ」と歯噛みしている。


「王家の影には、ルシファーの他にも魔術師がいるのですか?」


 エル様の問いに、シャドーが答える。


「ルシファーが何人かのガキどもに教えていて、少しだけなら術が使える奴も居ますけど、ルシファー以上の魔術師は居ませんね」

「そうですか……」

「どうされたのですか、エル様?」


 両腕を組んで考え込むエル様に、わたしは尋ねた。


「ルシファーを、ドワーフィスターが構想している魔術師団のメンバーに加えてみるのもいいかな、と思ってね」

「ああ……。魔術師や魔法使いを誘致して魔法が使える者を増やし、『魔法王国』になるというあの計画ですね」

「うん。ドワーフィスターにも聞いてみなければいけないけれど」

「きっとお喜びになりますよ、ドワーフィスター様」

「私もそう思うよ」


 ここに来てドワーフィスター様の悲願が少し前進する兆しが見えてきた。


「ではドワーフィスター様のためにも、頑張ってルシファーを救いましょう!」


 わたしが笑いかければ、エル様も柔らかく瞳を細めた。

 はぁ……、そのお顔も素敵。大好き。


「ココも手伝ってくれるから、きっと上手くいくよ」


 そしてわたしたちは遅くまで計画を練ると、王宮を後にした。

 きっときっと、上手くいくはず。ルシファーを正妃様の支配から解放できるはず。

 祈るような気持ちで、わたしは侯爵家へと帰宅した。

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