第101話 モンスター駆除完了



「さて、ゴブリンクス第二皇子」


 わたしの気持ちが落ち着いたのを見てから、エル様が改まったお声を出した。

 目の前にはゴブリンが地べたに崩れ落ち、涙ぐんでいる。

 わたしが計画した『エル様とイチャイチャ大作戦』より、ミスティア姐さんの暴論『ココレットには全世界の人間が不細工に見えている説』の方がゴブリンにはザマァ度が高かったらしい。なぜなの。


 エル様は黒い微笑みを浮かべていた。はぅぅんっ、腹黒エル様も素敵ぃっ!


「貴方にはピア・アボット男爵令嬢を使い、オークハルト第二王子にハニートラップを仕掛けようとした容疑がかけられています」

「なんだとっ!?」

「あとは私に対する不敬罪などの余罪もありますね……ダグラス、ゴブリンクス第二皇子を捕らえよ」

「はいっ」


 後ろで護衛していたダグラスが颯爽と走りだし、すぐさまゴブリンを無力化する。


「ドワーフィスター、レイモンド、例の書類を」

「承りました、ラファエル殿下」

「前を失礼いたしますっ」


 先にお茶会に出席していたドワーフィスター様とレイモンドが現れ、サロンでギリギリまで纏めていた書類を読み上げ始める。なるほど、この為に頑張っていたのね。


「そこに居るピア・アボット男爵令嬢は、ポルタニア皇国からのスパイであることが判明しました。彼女はアボット家の庶子ではありませんでした。

 アボット男爵を問い詰めたところ、ゴブリンクス第二皇子殿下から話を持ちかけられ、大量の金品と引き換えに彼女を受け入れたことを白状いたしました。アボット男爵は彼女が我が国のオークハルト第二王子殿下に差し向けられたハニートラップ要員であると告発しております。

 ピア・アボット容疑者、スパイ容疑で確保する。キミの言い分は取り調べで聞こう」


 レイモンドが器用にピアちゃんを拘束した。

 ピアちゃんは抵抗は一切しなかったけれど、ゴブリンが諦めずジタバタもがこうとしている。まぁダグラスにすぐ押さえ込まれてしまうけれど。

 そんなゴブリンを見下ろし、エル様は怒りを抑えた低い声を出す。


「それからゴブリンクス第二皇子、貴方は先程、私がココの精神を操っているなどと言っていましたね。あれは冗談ではなく、本気で仰っていたようだ」

「……なにが言いたいんだ」

「術とは魔術のことですか、ゴブリンクス第二皇子? 精神を操る魔術をご存知だから、そのように私におっしゃったのですか?」


 そういえばそんなことを言っていたわね。女神呼びとかいろいろ気持ち悪くて聞き流してしまったけれど、精神を操るなんてそう簡単なことじゃないのに。

 やはりゴブリンが魔術師を雇っているとか、魔道具を所持しているのかもしれない。


「最近ココの周囲でおかしなことを言う人間が何人か居ましてね。彼らは一様にココのことをピア・アボット男爵令嬢をいじめる犯人だと言うんですよ。ですがココの顔を見たとたん、正気に返ったように謝罪をするのです。自分が間違っていた、あなたがアボット嬢をいじめるはずがないと……まるで今まで操られていたかのように」

「な、なんのことやら、僕には分からないな……」

「魔術の件に関しても後程正式な手順で調べましょう」


 わたしの為に怒ってくれるエル様は最っ高にかっこよかった!


 こうして無事ゴブリン討伐が終わり、一安心したとき。ピアちゃんが「ココレット・ブロッサム!」とわたしの名前を呼んだ。


「ゴブ様の魅力も分からないアンタなんかにゴブ様を奪われなくて本当に良かったわ! ゴブ様はね、結局私のものなのよ!」


 ……あ、結局ピアちゃんの本命はオーク様じゃなくてゴブリンの方だったんだ。

 へぇ~……。


 心底どうでもいいことが最後に判明し、わたしはチベットスナギツネのような表情になった。





「クライスト嬢、せっかくの復帰祝いを騒がしくしてしまい、すみませんでした」

「いえ、謝らないでください、ラファエル殿下。……とてもご立派でした」


 ピアちゃんとゴブリンが王宮へ連行される前に、エル様はルナマリア様たちのもとへ謝罪に向かった。頭を下げるエル様にルナマリア様は無表情で恐縮し、ミスティア様は王家から特製スイーツの差し入れを貰って大喜びで招待客に振る舞っている。シャインマスカットのタルトやサンドイッチやら、とにかくシャインマスカット尽くしだわ!

 エル様はゴブリンたちの件で早々に王宮へ戻らなければならないので、ドワーフィスター様とレイモンド、フォルトさんや護衛の騎士たちを連れてお茶会会場から去っていった。ダグラスはわたしのために置いていってくださった。


「それにしてもあの馬鹿アボット嬢が居なくなって清々しますわ。オークハルト殿下に対して毎日毎日不敬でしたもの!」

「ゴブリンクス殿下も捕まってしまったのは驚きましたけどぉ、ハニートラップを企てていたのなら仕方ありませんわねぇ。あまり上品な方ではありませんでしたわぁ」


 ミスティア様の隣で侍女姿のヴィオレット様が、シャインマスカットのタルトを食べながらそう言った。ミスティア様も「そうね、ゴブリンクス殿下もラファエル殿下に本当に失礼な態度でしたわね」と会話を続けている。

 ……これ、ヴィオレット様が侍女の振りして学園内に侵入していることは公然の秘密なのだろうか。それともミスティア様はヴィオレット様に気付いていなくて、ただ近くにいた侍女と話しているつもりなのだろうか。……分からない。


 ヴィオレット様にどう接すれば正解なのか分からないので黙って二人の会話を聞いていると、わたしのもとにオーク様とルナマリア様がいらっしゃった。


「……ココ」


 なにやら思い詰めた様子で、オーク様がわたしを呼ぶ。


「どうかされましたか、オーク様?」

「……先程の、ティアの話を聞いて、俺はようやく目が覚めた」


 さっきのミスティア様のお話……?


「俺はココのことを自分の理解者のように思っていた。俺は自分が美しすぎる顔で生まれたことで、兄君との対立を深めてしまったり、女性から激しく求められたりして、苦労を味わってきたと思ってきたんだ。

 ココならば、きっと美しく生まれてしまった苦悩を理解し合えると思っていた。けれど、それは俺の勘違いだったんだな……」


 なぜ突然ナルシストの自分語りを聞かされなくちゃいけないんですか神様?

 わたし、前世でなにかヤバイことしました?


「ココほど突き抜けて美しい人間には、俺の美しい顔ですら美しくは見えていなかったのだと、ティアの話を聞いてようやく分かった」

「あ、はい、そうなんですっ!!!!!!」


 わたしはかつてないほど力強く頷く。ヘドバン級に頭を振る。


「やはり、そうか……。ココが最初から俺と兄君に分け隔てなく優しかったのは、どちらのことも不細工だと思っていたのだな……」


 オーク様は辛そうに微笑んだ。


「俺のこの美貌がココにとって長所にならないのなら、ココが兄君を選んで当然なのだとようやく理解した。兄君は見た目は美しくないが、内面は素晴らしい人だからな」


 ありがとうございます、ミスティア姐さん!

 あなたの暴論が今ここでものすごい影響力を発揮し、長年煩わされたオークの呪いからついにわたしを解放してくれるようです……!


「……ココレット・ブロッサム侯爵令嬢、貴方をずっとお慕いしておりました。貴方が俺の初恋です。俺の想いは叶わなかったが、どうか我が兄ラファエル第一王子殿下と幸せになってください」

「オーク様……!!」

「……ココ、どうか兄君の側でずっと美しく笑っていて欲しい。俺は笑顔のココが大好きだったから……」

「ありがとうございますっ!!!」


 改まった態度で頭を下げるオーク様の前で、わたしも深く頭を下げる。


 もうなんだかんだ四年もオーク様と関わってきたので、この人の顔以外はそんなに嫌いじゃなかった。

 だけど、例えばオーク様がエル様レベルのイケメンだったとしたら、わたしはエル様ではなくオーク様を選んだだろうかと自問しても、答えはノーだ。

 レイモンドやダグラスといったイケメンを見て心を潤わせても彼らに恋心を抱かなかったように、わたしはエル様にしか恋はしない。

 あの大天使顔で、どんどんスパダリな性格になっていくエル様がいい。

 エル様じゃなきゃ絶対に嫌なの。

 だからわたしは、オーク様を選ばない。


「絶対にエル様と幸せになります。だからオーク様も、他の方と絶対に幸せになってください」


 ちょっと酷な台詞かもしれないなと思ったけど、オーク様はしっかりと頷いてくれた。

 わたしたちの様子を静かに見守ってくれていたルナマリア様も、無表情ながらホッとしたような雰囲気を醸し出している。


 ゴブリンのストーカーも消えたし、ピアちゃんの騒動も終わったし、オーク様もわたしを諦めてくれた。

 今日は本当にいい日だわ。


 ……そんなふうに肩の荷が下りた気持ちだったわたしに、このあとルナマリア様が特大の爆弾を投下してくるとは、予想もしていなかった。

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