第100話 美貌の代償



 ミスティア様主催のルナマリア様復帰祝いのお茶会が開始する前。

 わたしはダグラスに護衛されながら王族専用サロンにいらっしゃるエル様のもとへ足を運んだ。


「迎えに行けなくてごめんね、ココ」

「いいえ、気になさらないでください、エル様」


 紳士として女性を迎えに行きたかったらしいエル様だけど、彼のタイムスケジュールがギチギチなのは分かっているもの。

 それにこちとら前世日本人の記憶持ち。男性側が必ず迎えに来なければならないなんて考えていない。迎えに行ける方が行けば効率がいいでしょう。


「それにしても本当にお忙しそうですねぇ。なにかお手伝いできることはありますか?」


 サロン内にはフォルトさんとドワーフィスター様、わたしの可愛いレイモンドが居て、バタバタと書類を纏めたりしている。


「いや、大丈夫だよ、ココ。皆も、もう準備は出来ただろう? お茶会の方へ移動してくれても平気だよ」

「分かりました、ラファエル殿下。おいレイ、こっちの書類を持って行ってくれ」

「はーい、フィス様っ! ギリギリでしたけど、お茶会に間に合って良かったですねっ」

「ではお二人は先に会場へ行ってらしてください。僕はエル様の身仕度を整えますので」


 ドワーフィスター様とレイモンドがサロンから退室するのを見送ると、フォルトさんが櫛やらヘアオイルやら鏡やらを用意してエル様のもとにやって来る。エル様は「どうせ髪型を整えたところで、私の異形さは変わらないよ……」と微かな抵抗を示すが、フォルトさんに「王太子らしくぴしっと整えなければいけませんよ」とたしなめられてしまう。

 エル様の身だしなみを整えるお姿が見られるなんて、わたしとしては眼福だ。一番よく見える特等席に座り、フォルトさんに髪をとかされるエル様を堪能することにした。

 はぁ~エル様可愛い! いつかわたしもエル様の髪を整えたいなぁ~。


「ココ」


 フォルトさんに髪をとかされるまま、エル様がこちらにお顔を向けた。

 ふぁぁぁ、額をアップしたエル様ってレアすぎるわっ!


「アボット男爵を処刑することが決まったよ」

「えっ、いきなりですね?」


 ピアちゃんが怪しいからアボット男爵家を調べるとは聞いていたけれど、処刑確定とは穏やかじゃないわね。


「やはりアボット嬢のせいですか?」

「うん。ゴブリンクス第二皇子から金品と引き換えにアボット嬢を学園に入学させたらしい。彼女がオークハルトへのハニートラップ要員だということも知っていたようだ。上手く行けば自分の家から妃を輩出できると思ったらしいよ。浅はかだよね。

 ちなみに彼女、アボット男爵と血の繋がりはまったくなかったよ」

「あらあら……そうでしたの」


 オークにハニートラップとか、この世界は恐ろし過ぎるわ。


「夏期休暇でアボット嬢は色々なお茶会に顔を出していたと聞いたから、たぶん今日のお茶会にも彼女は乱入してくると思う」

「わたしもそう思いますわ」

「そこで彼女をスパイ容疑で捕らえようと思う」


 エル様は話を続ける。


「その後ゴブリンクス皇子も取り調べて、オークハルトを傀儡にし我が国を属国にしようとした証拠を見つけるつもりだ」

「それならきっとサラヴィア様も協力してくださるはずですわ! ばっちりアボット嬢を捕まえちゃいましょうっ」

「うん、そうだね。……ごめんね、ココ。このことに手間取ってきみを迎えに行けなかったんだ。許してくれる?」

「初めから怒っていませんわ。しっかりとお仕事してくださるエル様がわたし、大好きですもの!」

「……ふふ、ありがとう、ココ」


 身支度が整い、さらに美しさがグレードアップしたエル様と、ダグラスとフォルトさんと共にお茶会の会場である中庭へと向かう。

 その途中、わたしは『ラブラブいちゃいちゃ大作戦』を思い出した。

 サロンについたら言うつもりだったのだけれど、アボット男爵の処刑やらで一瞬忘れてしまったのだ。

 危ない危ない、わたしとしたことが。

 ピアちゃんにわたしとエル様のラブラブっぷりを見せつけて、ピアちゃんがしていることは全部無意味だからねってザマァするつもりだったのに。


「あの、エル様、アボット嬢が他者を操ってわたしの悪評を流している件なのですが」

「その件なら、彼女を捕らえたあとに取り調べるつもりだよ。安心して」

「はい、ありがとうございます。……ただ、エル様にわたしの仮説を聞いてほしくて……」

「仮説?」

「アボット嬢がわたしをオーク様の婚約者候補から下ろそうと考えて、他者を操って悪評を流していたのだとしたら、もしかしてルナマリア様に様々な不運が降りかかるのもアボット嬢の指示のもとかもしれないと、そう思ってしまいまして……」

「……ああ、そうか。クライスト嬢の心身を追い詰めて、オークハルトの婚約者候補から下ろすというのは、ありえるかもしれないね」

「もしアボット嬢がそうしたのだとしたら……」

「わかったよ、ココ。そちらの件も取り調べの際に聞いてみよう」


 わたしを安心させるように頷くエル様を見上げる。

 エル様のお言葉はめっちゃスパダリで嬉しいし、とても大事なことだけれど、そうじゃない。

 わたしはアボット嬢とゴブリン野郎に怒っているのだ。私怨を晴らしたい!


「アボット嬢やゴブリンクス殿下が、王太子であるエル様に眼を向けないのが、腹立たしくてならないのです、わたしは……!」

「ココ……?」

「オーク様の婚約者候補を蹴落として自分が婚約者になれば、シャリオット王国を掌中に出来るだなどと考えること自体、エル様を馬鹿にしておりますわっ! そんなこと許せませんっ!」

「……ココ、私の為に怒ってくれてありがとう」

「だからっ、だからエル様……!」

「うん」

「アボット嬢の前でイチャイチャしてやりましょう!!! 王として君臨するのはエル様だと見せつけましょう!!!」

「うん……?」


 嬉しそうに微笑んでくれたエル様の美貌が、そのまま固まった。わたしの言葉を噛み砕いて飲み込もうとし、首を傾げる。

 しかしエル様が理解する暇を与えずに、わたしは自分の手を取り優しくエスコートしてくれていたエル様の腕に抱きついた。むぎゅっと胸の谷間でエル様の腕を挟む。


「こ、ココ……!!? ちょ、ちょっと、待って、待ってくださいっ!!?!」

「さぁエル様、このまま会場に行きましょう」

「いや、さすがにこれは!? 待って、許して! 私には刺激が強すぎて……!」

「大丈夫ですよ、エル様。わたしのこの胸もエル様のものですからね。触っているうちに慣れます!」

「いや、ココ、無理です! 許してくださいっ!!!!!」


 フォルトさんもダグラスも苦笑いを浮かべ、エル様を救出しようとはしない。

 それをいいことに、わたしはずるずるとエル様を引きずって、お茶会へ入場した。





 会場に掲げられた横断幕『ズッ友ルナマリア様の復帰祝い~~我等友情永久不滅ミスティア・ココレット・ヴィオレット~~』を眺め、ミスティア様の成長を知る。

 前世でも十四、十五歳くらいになるとみんな個性が開花し始めるのよねぇ。パリピになったりギャルになったりヤンキーになったり、はたまた陰キャは陰キャで闇の力を解放し始めてポエムとか書き出しちゃうのよね、わかるわかる。わたしも夢女力が上がり始めて、部屋に推しキャラのミニ祭壇とか作り始めたっけ……ふふ、懐かしいわ。

 きっとミスティア様の黒歴史のひとつになるんだろうな。微笑ましい。


 人前に出るとエル様も抵抗を諦めたみたいだ。しがみついた腕にはガチガチに力が入っていたけれど。


 会場の中央には、オーク様たちへまるで戦いを挑んでいるかのようにピアちゃんとゴブリンが並んでいた。お茶会が始まってまだ前半のはずなのに、みんなでなにをしていたんだろう?

 まあ、ざまぁする予定のゴブリンもお茶会に来たようだし、そこはラッキーね。

 なんてことを考えていると。


「我が女神よ! そんな汚物からすぐさま離れてください! 危険です!」


 などと叫びながらゴブリンが目の前に立ちはだかった!


 はぁ? なにコイツ?

 女神呼びってキツいって。


 一瞬素に戻ってしまったが、慌てて表情を作る。状況に合わせ、ゴブリンの言動に戸惑っている可憐な乙女をイメージし、小首をかしげた。

 しかしゴブリンは暴言を止めない。


「その男は『異形の王子』です! そんなふうに貴方が優しくすれば付け上がって、きっと貴方に婚姻を迫るでしょう! さぁ、お早く! 僕が女神をお守り致しましょう!」


 吹っ飛ばすぞおまえ! 封印してやろうか!


 ……おっと、いけない。エル様のお側でこんな乱暴なことを考えてはいけないわ、ココレット。いくら前世持ちであることがバレていてもね、雑な性格は隠し通さなくちゃいけないわ。殿方に夢を見せるのが淑女というものよ。

 心を落ち着かせたいときはやっぱりエル様のお顔が一番ね。うふふ。

 わたしはうっとりとエル様を見つめた。


「問題ありませんわ、ゴブリンクス殿下。だってわたしはエル様の婚約者候補ですもの。いつでも婚姻を迫られたいわ」


 エル様の肩に頭を擦り付け、「早く結婚したいですね、エル様!」とはにかめば、エル様は恥ずかしそうに頷いた。

 ひゃあああ! なにその可愛らしいお顔! 萌え!


「この化け物クリーチャーめっ!! 女神にいったいどのような術をかけた!? 女神の精神を操るなど、悪魔のすることだぞっ!!

 ラファエル・シャリオット! 僕と決闘しろ! 僕が勝ったあかつきには女神であらせられるココレット・ブロッサム侯爵令嬢を解放するんだ!」


 そう言って手袋を投げつけてくるゴブリンに、エル様は冷ややかな視線を向けた。


「貴方に王族の自覚はないのですか、ゴブリンクス第二皇子?

 王族の手は国と民のためにあるものです。私欲のために自らの手を汚すような真似をするなど、貴方には王族の自覚が無さすぎます。そんな貴方に私と決闘する資格はありませんよ」

「き、貴様……不細工のくせに……っ!」


 もう台詞まで格好いい。

 わたしはエル様に惚れ直し、「はぅぅ……さすエル……」と甘い溜め息を吐いた。

 ゴブリンと決闘するまでもなく、エル様しか勝たん。


「こんなふうに女神の精神をめちゃくちゃに操って、貴様には情けと言うものがないのか!? ああ、女神よ、貴方の使徒であるこのゴブリンクスが、今貴方をお助け致します……!」


 まだ気持ち悪いことを言うゴブリンに、わたしはげんなりした。

 不細工不細工って本当にうるさい。この世界の美的感覚でエル様の評価が不細工だとしても、何度もそれを口にして言わなくてもいいじゃない!

 エル様を傷付ける気満々のこのゴブリンをどうやって封印してやろうかしら。


 エクスカリバーが欲しいと思うわたしの前に現れたのは、ヤンキー趣味を開花し始めたミスティア様だった。


「いい加減にしてくださいませ、ゴブリンクス殿下!!!」


 かっこいいわ、ミスティア姐さん。他国の王族相手であろうと堂々としていて素敵だわ。


「ココレット様はラファエル殿下に操られてなどおりませんわ! あの子は昔からラファエル殿下をお慕いしていらっしゃるのです!」

「なにを訳が分からんことを言っているんだ、おまえ……」

「いいからご覧なさい、ココレット様のお顔を!」


 ゴブリンにまじまじと顔を見つめられ、「美しい……」とうっとりしたように言われてしまうこの恐ろしさよ。

 背筋をぞわぞわとしたものが駆け抜けていく不快感に耐えていると、ミスティア様が話を続けた。やっちゃってください姐さん。


「そう、ココレット様は美しい、美しすぎるのです! 考えてみてもください、この顔を毎日鏡で見続けたココレット様のお気持ちを! 彼女にとってこの世界には自分以上に美しい存在などいない、ーーーつまり彼女には全世界の人間が不細工にしか見えないのですわ!」


 え???


「な、なんだと……!?」とゴブリンが驚いているが、わたしも驚いている。

 ミスティア様はいったいなにをおっしゃっているの……?


「畏れなさい、ココレット様を! 彼女はゴブリンクス殿下であろうとオークハルト殿下であろうと、わたくしのことだって、きっと不細工にしか見えていないのです! ラファエル殿下と大差ないと思っていらっしゃるのよ!」


 はい?????


 唖然とするわたしを置き去りにして、この騒動を見守っていたお茶会参加者たちが「そうだったのか」「ブロッサム様ほどの美貌ならありえる」「そうよ、ワグナー様がおっしゃる通りだわ」「だからココたんはみんなに優しい愛のエンジェルなんだ!」と納得し始めていた。ルイーゼ様など首が千切れそうなほど激しく頷いている。

 待って待って待って……!

 ミスティア様ってわたしのことそんなふうに思ってたんだ~? へぇぇぇぇぇぇ~?

 十一歳で出会ってからもう四年近く妃教育を通してお互いに切磋琢磨してきたと思っていたけど、わたしのこと『全世界の人間全員不細工に見える』人間だと思ってたんだ~?

 なんかショックだわ……。ミスティア様の中でわたしってそういうキャラなんだ……。そしてそれをみんな受け入れてくれるんだ……。

 わたしが長年演じ続けてきた『どんな相手にも優しい淑女』はなんだったのかしら……。せめてさぁ~「ココレット様は心が綺麗だから、人の内面の美しさを見る目がある」みたいな方向に行ってくれれば、まだ演じ続けた甲斐もあったのになぁ……。


 エル様の肩に顔を寄せてしょんぼりしていると、「私はちゃんと分かっているからね、ココ」と頭を撫でて慰めてくださった。

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