第19話 黒髪のドワーフ



 たいした説明も受けずに連れて行かれたワグナー公爵家は、我がブロッサム侯爵家の軽く五倍はありそうなお屋敷だった。大理石と金で出来ている、みたいな感じである。

 門から玄関までの長い道のりには庭園が続いていたのだけど、そこに植えられているのはすべて秋咲きの黒薔薇である。黒と言っても深みがかった赤という感じで、辺りに重厚な雰囲気を醸し出していた。


 ミスティア様と共に馬車から降りると、玄関先にはすでに数十人ほどの使用人たちが並んでいる。執事っぽい人だけでも五人はいた。さすがは宰相一族、スケールが半端ない。

 ミスティア様はそのまま使用人たちにお茶の準備を頼むと、わたしを屋敷の中へと案内した。


「……これからあなたに紹介させていただくのは、わたくしの一つ年上の兄なの」


 お高そうな美術品が等間隔に並ぶ、絨毯敷の長い廊下を進みながら、ミスティア様は歯切れ悪く説明する。


「人と関わることを拒み、ほとんど部屋から出て来ないわ。次期宰相としての教育だけは今も受けているのだけど、兄にそのつもりは全くないようで……。ほとんど自室で魔術の研究をしているのですわ」

「まぁ……」


 引きこもりのお兄ちゃんか。なかなかヘビーね。

 でも魔術の研究をしているということは、今回もしかしたら妹であるミスティア様に協力してくださるかもしれないということか。味方にできたらとても心強いわね。


「兄が相談に乗ってくれるかはわかりませんけど……。やるだけやってみますわ」


 ドレスのポケットから合鍵らしいものを取り出すと、ミスティア様は廊下の一番奥にある大きな扉をノックした。


「フィス兄さま! わたくしですわ! 扉を開けなさいッ!」


 扉を数回叩くが、反応はない。ミスティア様がノックする力を強めても駄目なようだ。

 続いて合鍵を使って扉を開けようとするが、突然光の膜のようなものが現れ、バチッと火花を散らして鍵を弾いた。


「ミスティア様、今のは……?」

「ええ。フィス兄さまの魔術よ。勝手に扉を開けられないようにしているの」


 苦々しげに言うミスティア様とは正反対に、わたしはむしろ興奮してしまった。

 これが本物の魔法! 前世では二次元の世界にしか存在しなかった、あの、魔法なのね! ビバ、異世界転生!


「なんて素敵なの! 魔法が本当に見られるなんて!」


 わたしの脳裏には、前世で愛した数々の乙女ゲーム攻略対象者である、魔術師団長や、魔法戦士、光の魔法の使い手である王子様や、闇の魔法使いと恐れられた孤独な美少年など、いろいろなキャラクターたちが次々に蘇った。

 ああ、みんなイケメンだったなぁ。めちゃくちゃ好きだったなぁ。どれだけ課金したか覚えてないほど愛を捧げたあなたたちの、魔法の片鱗が、今わたしの目の前に!! すごい!!


 大興奮して思わず「ミスティア様、今の防御魔法みたいなの、もう一度見たいです! 合鍵を貸してくださいませッ!」とはしゃいでしまったわたしの前で。

 ……なぜだか目の前の扉が、内側から開いた。


「……ひとの部屋の前でうるさいんだけど、アンタ」


 開いた隙間から顔を出したのは、ミスティア様と同じ癖毛のついた黒髪と、ルビー色の瞳をした……ドワーフ系男子だった。


 せっかくの魔法を見る機会を失ったわたしは彼をしょんぼりとした眼差しで見上げ、……彼がわたしの顔を見た途端小さな目を見開いて顔を真っ赤に染めるのを虚しく眺めた。





「僕はドワーフィスター・ワグナーだ」


 ミスティア様の兄でありワグナー公爵家嫡男、次期宰相として期待のかけられているその少年は、一人掛けのソファーで足を組んで座ると偉そうにそう言った。


 この世界の王道イケメンがオーク顔なら、ドワーフ顔はいわゆるクール系だ。

 ドワーフィスター様は全体的に毛の量が多く、ツヤツヤとうねる髪も長いまつ毛も繋がった眉毛もふさふさだ。将来的には立派な髭も生えて、もじゃもじゃなthe・ドワーフに成長するだろう。顔の輪郭も角張っているし、体つきも全体的にゴツい。

 つまり、全く、わたしの対象外である。

 わたしはスン……とした気持ちでドワーフィスター様に挨拶を返した。


「ココレット・ブロッサムです。本日はミスティア様にお招きいただきました(というか拉致だけど)。ドワーフィスター様にお会いできて光栄ですわ」

「……あっそ」


 つまらなそうに頬杖をついて見せているが、ドワーフィスター様の目はわたしをしっかりと観察していた。


 わたしの隣に腰かけるミスティア様が、身を乗り出すようにしてドワーフィスター様に話しかける。


「フィス兄さま、わたくしの相談に乗っていただきたいの」

「ティアが僕に相談だと……?」


 会話を始めた兄妹をよそに、わたしはひどく驚いて二人を観察した。

 まさか愛称が『ドワーフ』ではなく『フィス』の方だったなんて! オーク様の例から考えて絶対にそっちの方だと思っていたのに。なんという変化球。

 動揺を抑えるために、わたしは紅茶を一口飲んだ。


「第一王子の顔を見えづらくする魔法だと……?」

「ええ。なにか妙案はありませんこと?」

「…………」


 ドワーフィスター様はなぜかわたしの方へ視線を向けると、睨むようにして尋ねてくる。


「……アンタも第一王子の婚約者候補なのか?」

「ええ、僭越ながら」

「アンタも『異形の王子』を直視できないのか? それで僕の力を欲しているというわけか? それなら早々に諦めるんだな。異形の王子の妃の座など、アンタには相応しくない」


 わたしが言い返す前に、ミスティア様が首を振った。


「いいえ、フィス兄さま。ココレット様はラファエル殿下のお姿にまるで嫌悪感を寄せておりませんわ。今回はわたくしのアドバイザーですの。このままわたくしがラファエル殿下のお姿を受け入れることが出来なければ、ココレット様が正妃に選ばれてしまいますでしょう」

「なっ……なんだとっ!?」


 ドワーフィスター様は目を見開き、驚いた表情でわたしを見つめる。わたしはドヤ顔で頷いて見せる。


「エル様の正妃になるのは、ミスティア様ではなくわたしです。

 けれどライバルとはいえご挨拶も出来ない現状では、ミスティア様もエル様もお辛いですから。どうかわたしからも、ドワーフィスター様のご協力をお願いしたいのです。……駄目でしょうか?」


 おねだりするように小首を傾げて見せれば、ドワーフィスター様はカァッと赤面し、片手で目の辺りを覆った。わたしの美少女パワーはきょうも絶好調である!


 ドワーフィスター様は長々と溜め息を吐く。


「……試したことはないが、出来なくはない」

「まぁ!」

「本当ですの、フィス兄さま!?」

「ただし条件がある」


 ドワーフィスター様は目元から手を離すと、わたしを睨み付けた。


「魔法が完成するまでアンタが僕の助手をしろ! ココレット・ブロッサム!」

「それがエル様の為になるのでしたら、引き受けますわ」


 エル様やレイモンドの美貌を見て失神する人間をこの世界から一人でも減らせるなら、やってやるわよ!!!


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