第18話 試行錯誤



 結果だけを先に報告すると、今回の『ヴェール+視線を相手の眉間に向ける』作戦は失敗に終わってしまった。


 ミスティア様はかなり気合いを入れて上質な黒のヴェールを被って登城し、エル様に面会を求めたのだけど、会った瞬間にあえなく失神。これには付き添ったわたしも焦ったし、わざわざ時間を作って様子を見に来てくれたオーク様も驚いていた。

 唯一冷静だったのはなぜかエル様で、てきぱきと使用人たちに指示を出し、ミスティア様を介抱させた。


「ワグナー嬢の失神には慣れているからね……」


 遠い眼差しをするエル様に、婚約者候補になる前からミスティア様とは交流があったのかしら……、などとわたしは考えてしまった。





 というわけで、次の作戦会議である。

 場所は前回と同じ胡蝶蘭の温室で、今回は最初からオーク様が参加されている。どうやら休憩時間をずらしてもらったらしい。


「ヴェール程度ではダメでしたわ……。だってわたくし、両目の視力とも5.0なんですもの……」


 どこの先住民族の視力だよ、と思いつつ、落ち込んでいるミスティア様の背中を擦る。

 彼女は深々と溜め息を吐いた。


「他の方法を考えましょう? きっとなにか手立てはあるはずですわ」

「そうだな。他になにか、ワグナー嬢の視界をうまく妨げられるものを考えてみよう」


 そこでわたしたちは色々と案を出していった。

 ヴェールよりももっと厚手の布はどうだろう、サングラスは、いっそ目隠しをするとか、いやまずは衝立越しに挨拶をしてみるとか、などと途中からそれはさすがに不敬なのでは……という案まで出てきた。


 そして次の日から再び実行に移していく。

 ミスティア様は時にヴェールより厚手の布を被ってエル様にお会いしては失神し、サングラスをかけては失神し、目隠しを着けては転倒し、度の合わない老眼鏡をかけては頭痛に陥った。衝立案はさすがに却下したけれど。

 この一連の実験に付き合わされるエル様もお辛いだろうけれど、やはりミスティア様が一番しんどそうだった。


「頭痛さえなければ、老眼鏡がいちばんマシだったような気がいたしますわ。視界がぼんやりとして、ラファエル殿下のお顔がよく見えませんでしたもの」


 だんだん恒例になってきた温室のお茶会で、ミスティア様がテーブルの上に置かれた老眼鏡をつつきながら言う。

 ちなみに今日はオーク様は不在だ。どこかの視察が入っているらしい。

 わたしはミスティア様の手の甲を慰めるように触れながら(はぁ、美少女の手ってすべすべ柔らかい……)尋ねた。


「ミスティア様、どうしてそこまで頑張るのですか? ミスティア様にはエル様の正妃になるのは難しいと思いますけれど。もちろん、あなたの能力の問題ではなく……」

「わかっていますわ……。わたくしにラファエル殿下の妃になる適性がないことは」


 眉間にシワを寄せ、ミスティア様が疲れたように溜め息を吐く。


「ですが、ワグナー公爵家の総意ですの。……が、ああである以上は……、わたくしが王家に嫁いで、女としての最高の権力を得なければ…………まを、自由にはできないもの……」

「ミスティア様?」


 途中の言葉がよく聞き取れない。わたしが首を傾げて再度説明を求めようとしたが、ミスティア様は溜め息を再び吐くだけでもう一度答えようとはしなかった。

 わたしは仕方なく、手持ちぶさたを誤魔化すように紅茶を飲む。


「……エル様のお顔だけを見えづらくするような、そんな不思議な眼鏡でもあればよろしいのですけどねぇ」


 そんな魔法のような物が。


 ちなみにこの世界に魔法や魔術と呼ばれる類いのものは、あるにはある。

 けれど、たとえばラノベでよくある生まれついての光の魔力が~みたいなものではない。もちろん魔法学校もないし、王宮魔術師団とかもない。

 ただ、どこかの山奥に緑の魔女が住んでいるだの、不老の魔術師が作り上げた呪われた城があるだの、盲目の聖女が不思議な力を持っていただの、そういう伝承や伝説がこの世界にはいくつも残っており、また一部は本当に実在している。

 呪われた城はふつうにミステリーツアーが組まれていて大人気らしい。たまに呪いによる死者も出るみたいだけど。

 まぁ、つまり、なくはないけれど実生活には根付いていない。それがこの世界にとっての魔法なのだ。

 才能ある人間が師に教えを乞うて何年も修行すれば魔女や魔術師になれるらしいけれど、まず才能のあるなしもどう判断すればいいのか、師となる魔女や魔術師とどう出会えばいいのかもよくわかっていない。すごくあやふやなものなのである。


 わたしがそんなことを考えていると。

 ミスティア様はルビー色の瞳を揺らし、苦渋に満ちた表情で言った。


「魔法関連でしたら、心当たりがないわけではありませんけれど……」

「まぁ、魔女や魔術師にお知り合いが?」

「……いえ、まだ」


 なんとも微妙な返しをしながら、ミスティア様は溜め息を吐く。


「相手が協力してくれるとは限りませんけど、背に腹は代えられませんものね。……ぶつかるだけぶつかってみますわ」


 なにやら覚悟を決めた眼差しでミスティア様は独りごちると、その日のお茶会はそこで終了した。





 そして翌日。

 妃教育を終えて帰宅しようとしたわたしはミスティア様の手の者によって、宰相一族であるワグナー公爵家の巨大な屋敷へと拉致された。

 いや、本当に従者から羽交い締めにされてワグナー公爵家の馬車に押し込まれたのだけど、ミスティア様はなぜいつも普通に招待してくれないのか……ッ!?


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