第8話 婚約者候補たち
本日は晴天なり。
王宮にて王子二人と婚約者候補たちの顔合わせの日である。
わたしは王宮へと向かった。
本日の装いはミントグリーンのドレスだ。白いストライプ柄が入っていて爽やかな感じ。侍女のアマレットにとびきり可愛くしてほしいと頼んだらこのドレスだったのだ。
うふふ、エル様に会えると思うとおしゃれをする気合いが俄然入るというものです。
アクセサリーは可愛らしいバロックパールで揃えてもらった。
案内されたただっ広い応接室で、わたしはまず三人の令嬢と挨拶することになった。
「私はルナマリア・クライストですわ。この度ラファエル殿下とオークハルト殿下の婚約者候補に選んでいただきました」
まずは筆頭公爵家のルナマリア様である。御年十二歳。
サラサラストレートのプラチナブロンドと、吊り目がちなアイスブルーの瞳がなんとも子猫っぽい美少女だ。あいかわらず無表情なところも可愛らしい。
どうやらルナマリア様も王子二人の婚約者候補に選ばれたようだ。自分だけじゃないと思うとホッとするものがある。
王子二人の婚約者候補になったことが知らされた、あの日。
さすがに父も想定外の出来事で、あわてふためいていた。
「手違いじゃないだろうか?」「まさかお二人ともの婚約者候補だと?」と混乱しながら、確認のために王宮まで出向いたほどだ。
帰ってきた父は疲れたように笑って、「王子二人ともがココを選んで、お互い譲らなかったらしいよ。ちなみにココはどちらの王子が好みかな? オークハルト様?」とわたしに尋ねた。
わたしはもちろんエル様と答えたけれど、父は「なるほど。王妃になりたいんだね。ココなら素晴らしい国を作ってくれるだろう」と野心家扱いされた。
ちゃんとエル様が好きなのだと訴えたけれど、たぶん信じていない。
そんな回想をしていると、次の令嬢があいさつを始める。
「ラファエル殿下の婚約者候補のミスティア・ワグナーよ。わたくしのことはもちろんご存知だと思いますが」
二番手に挨拶したのは、この国の宰相を父に持つミスティア様。ワグナー公爵家のご令嬢だ。
天使の輪を描く艶やかな黒髪は縦ロールに巻かれ、ルビー色の瞳のすぐそばにホクロのある彼女は、わたしと同じ十一歳だというのに色っぽい。将来はお色気ムンムンの美女になるだろう。
続いてわたしの番。
「ココレット・ブロッサムですわ。ラファエル殿下とオークハルト殿下の婚約者候補になりました。これからどうぞよろしくお願い致します」
ニコリと笑えば、ルナマリア様が熱っぽい眼差しを向けてくださり、ミスティア様の顔が真っ赤になった。
わたしの美貌は女の子にもたいへん有効である。
そして最後の一人、辺境伯爵家の令嬢が挨拶をする。
「ベルガ辺境伯爵家、ヴィオレットですぅ。オークハルト殿下の婚約者候補に選ばれましたわぁ」
おっとりと話すヴィオレット・ベルガ様は、ひとつ年下の十歳。栗色の巻き毛にスミレ色の瞳を持つ小動物系の美少女だ。
ただ、ベルガ辺境伯爵家の人間は男女問わず幼い頃から武術を仕込まれるそうで、ヴィオレット様もこの愛らしい見た目に反して戦闘系のご令嬢だそうだ(ちなみにこの情報はアマレットからである)。
というわけで婚約者候補の内訳は以下の通り。
【ラファエル殿下の婚約者候補】
①ココレット・ブロッサム侯爵令嬢(ラファエル殿下本人の要望)
②ルナマリア・クライスト筆頭公爵令嬢(正妃の要望)
③ミスティア・ワグナー公爵令嬢(正妃の要望)
【オークハルト殿下の婚約者候補】
①ココレット・ブロッサム侯爵令嬢(オークハルト殿下本人の要望)
②ルナマリア・クライスト筆頭公爵令嬢(ルナマリア本人の要望)
③ヴィオレット・ベルガ辺境伯爵令嬢(側妃の要望)
ここに集まっているのは四人だが、王子二人の婚約者候補はぴったり三人ずつというわけらしい。
それにしてもルナマリア様、お家は正妃派だと聞いていたけれどよくオーク様の婚約者候補にねじ込めたなぁ、と思っていると。
とつぜんミスティア様が大声を上げた。
「ルナマリア様、わたくし、あなたが大っ嫌いですわっ!」
紅茶を飲んでいたわたしは思わず噎せる。
ゴホゴホやっている間にも、ミスティア様がルナマリア様を睨みつけた。
「クライスト公爵家は正妃派でしょう! それを公爵様に泣きついてオークハルト殿下の婚約者候補になるだなんて……! 貴族としての自覚が足りないわよ、この恋愛脳がっ! あなたなんてどちらの殿下の妃にもふさわしくなくてよ!」
「……ラファエル殿下の正妃の座をお望みでしたら、どうぞミスティア様がお座りください。まあ、出来るものでしたら、ですけど。そもそもライバルが一人減るのは、ワグナー公爵家にとっても喜ばしいことでしょう?」
「あなたのその態度が気に入らないって言っているのよ、わたくしは! 王家に対する忠誠心がないと言ってるの!」
やっと咳がおさまった。
目尻に浮かんだ生理的な涙を拭っていると、ミスティア様は今度はわたしの方に顔を向ける。
思わずこてんと首を傾げると、ミスティア様の顔がまたボッと赤くなり、わなわなと唇が震えた。
「こ、ココレット様っ!」
「はい……?」
「ラファエル殿下の正妃になるのは、わ、わたくしですからね!」
「ふぇ?」
ラファエル殿下がイケメンに見えている人間がわたしの他にも居たのか、という衝撃で彼女を見つめる。
けれど話の続きを聞けば、そうではないことがわかった。
「わたくしが正妃になることは、ワグナー家の総意よ。失敗は許されないの。
けれど、でも、その、……ココレット様はラファエル殿下ご本人からすでに御寵愛を受けていらっしゃるのでしょう? だからあなたが側妃になりなさい。わたくしはラファエル殿下と白い結婚をするから、あなたが御子を産み、この国の国母となればいいわ!」
要は権力は欲しい、でも男女の仲になるのは無理だからわたしに押し付ける、ということらしい。
前世の記憶があるせいか、ミスティア様の発言が十一歳らしくない痛々しいものに感じる。
そして「この子、お家のために頑張っているんだなぁ」という、好意を抱かないわけでもない。
けれど言われっぱなしは良くないわね。
わたしは微笑んだ。
「それを決めるのはミスティア様ではございませんよね? それに殿下の御子を生む覚悟もなく正妃になろうだなんて、少々虫が良すぎるのでは?」
「うぅ……っ! あ、あなただってオークハルト殿下の御寵愛も受けているのでしょう!? 本当はオークハルト殿下に嫁ぎたいくせに……!」
「そんなことありませんわ」
マジでない。
わたしにとってはエル様が天使で、オーク様が魔物である。天使に嫁ぎたいに決まってる。イケメン大好き。
わたしの援護をするように、ルナマリア様がすました顔でミスティア様に言い返した。
「そもそもミスティア様、あなたは先日のガーデンパーティーで真っ先にお倒れになったはずでは? ラファエル殿下にご挨拶も出来なかったと聞いておりますけど、そんなことでどうやって正妃の務めを果たすおつもりなのでしょう……?」
ラファエル殿下を見て一番最初に失神したのがミスティア様だったらしい。確かにそれでは正妃の公務を務めるのは難しいのではないだろうか。
ミスティア様の肩がプルプルと震え、ルナマリア様を睨みつける。
「貴族としての誇りもないあなたなんかに言われたくないのよ!
……ヴィオレット様っ!」
「はぁい? なにかしら、ミスティア様ぁ?」
我関せずといった態度でクッキーをかじっていたヴィオレット様が、くるりと瞳をミスティア様に向ける。
「わたくし、あなたをオークハルト殿下の妃として推しますわ! ルナマリア様なんかに負けては駄目よ!」
「正妃派の人間がぁ、側妃派の人間を応援するってどうなんですぅ?」
「利害関係が一致してるからいいのよ!」
「ふふ……。貴族の誇りがぁとか、忠誠心がぁなんて仰りながら、ミスティア様はご自身の好き嫌いを優先しますのねぇ」
ひぇぇぇ。
愛らしく笑うヴィオレット様のまわりに黒いオーラが見える! さすがは辺境伯爵家、好戦的だ。
「くぅ……! なによ、なによっ! 全員生意気だわっ!!」
全員の腹の内がすべて見えたわけではないけれど、取り合えずミスティア様とルナマリア様がわたしにラファエル様の御寵愛を良しとしていることだけはわかった。
そういうわけで恋愛的な意味ではライバルはいない。あとはミスティア様との正妃争いだけということだ。
わたしはミスティア様にエル様の正妃の座を渡す気はない。好きな人に自分以外の妻が居るなんてふつうに嫌だ。それがたとえ白い結婚だとしても。
それにミスティア様だって辛いだろう。いくらお家のためとはいえ、エル様を見て真っ先に失神したほど生理的に受け付けないのだから。
よし。
正妃に選ばれるためには、やはりエル様と相思相愛になるのが一番だ。今はまだわたしの好意は信用されていないけれど、婚約者決定までにはどうにかしよう。
わたしは心の中で気合いを入れた。
▽
キャットファイトからしばらくして、エル様とオーク様が応接室へやって来た。
はぁ、エル様……今日も素敵だわ……。
入室してくるエル様のお姿にうっとりとしていたわたしの隣で、ミスティア様がさっそく泡を吹いて失神した。彼女はそのまま部屋から運び出され、本日はそのまま帰宅されることに。
ものの五分で起こった出来事に、さすがに唖然とする。
ミスティア様はあれで本当にエル様の正妃になるおつもりなの……?
わたしは思わず彼女の将来を心配してしまう。
そのまま五人での顔合わせが始まる。
ルナマリア様はじっと熱い視線をオーク様に向け、ヴィオレット様は完璧なポーカーフェイスで挨拶し、わたしはエル様に釘付けだ。連携はまるでない。
エル様はわたしの右隣の椅子に腰掛けると、不安そうに首をかしげた。結わえられた金髪がサラリと揺れる。
「ココ、今日からあなたは私の婚約者候補です。これから妃教育が始まって大変になるけれど……私のために頑張ってくれますか?」
「はい、エル様。あなたの正妃になるために励みますわ」
「……ありがとう」
恥ずかしそうにはにかむエル様に、わたしの胸は甘く締め付けられる。
はぁ~、この人のためなら妃教育だって頑張っちゃうんだから!
エル様と見つめ合うわたしの左隣に椅子が追加され、オーク様が腰かけた。
わたしたちを見て拗ねた表情をするオーク様は、ラスボスみたいな雰囲気だ。
「兄君、ココを独り占めしないでくれ。ココは俺の婚約者候補でもあるんだ」
「オークハルト……」
「ココも、妃教育を兄君のためだなんて言わないでくれ。俺のためでもあるだろう?」
「まぁ、オーク様」
王家からの打診に嫌とは言えないだけで、こちとらあんたの婚約者候補であることは認めてないんですよ! と叫びたいわたしである。
エル様は顔を強張らせる。
「オークハルト、お前がココを望もうとも、王太子は私なんだ」
「大事なのはココの気持ちだろう? 彼女が俺と兄君、どちらを愛するかが重要だ。兄君、ココをかけて俺と正々堂々戦って欲しいんだ!」
「は……? 正々堂々?」
わたしを間に挟んだまま言い争うのは大変やめて欲しい。エル様とオーク様の方へ交互に顔を向けるのが地味にしんどい。
だいたいわたしをかけて勝負ってどういうこと。すでにエル様が圧勝してるのに、戦う意味とは……?
エル様は陰った眼差しでオーク様を見やった。
「お前がなにをもって正々堂々だなんて言うのかわからないけど、これは政略結婚なんだ。醜い私の妃になれるのは、私に触れられても堪えることのできる女性が第一条件だろう。どんな女性とも結婚できる君と同じように考えないで欲しい」
「どんな女性でもいいわけじゃないっ! 俺はココがいいんだっ! ココを愛している! どちらがココに愛されるかで勝負してほしい!」
「……私だってココがいいんだ。それにお前は学園に入学すれば……」
エル様はなにかを言い淀み、視線をさ迷わせている。
ふと、他の二人に視線を向ければ、ルナマリア様は無表情ながらハラハラした眼差しでオーク様を見つめ、ヴィオレット様はのほほんと紅茶のおかわりを頼んでいた。お二人とも王子たちの言い争いを止める気はなさそうだ。
一応王族の会話に許可なく入り込むのはまずいわよね……という気持ちはあったけれど、わたしは結局口を挟む。
「オーク様、少しよろしいでしょうか?」
「うん? なんだ、ココ」
「わたしがお二人のうちのどちらを愛しているかというお話ですよね? 振られた方は潔く身を引いてくださるということですよね?」
「ココッ! 待ってください!」
わたしの言葉に、エル様が焦ったような声を出す。あいかわらずわたしの愛を信じない人だなぁ。
オーク様はニコッと笑った。小さな目が肉厚のまぶたに隠れてまったく見えなくなった。
「もちろん、そうだ」
「ならば、わたしがお慕いしているのはエル様です」
「は?」
「わたしはエル様を心から愛しておりますの。ですからオーク様、潔く身を引いてくださいませ」
わたしの言葉に目を見開くオーク様は、暫し考え込み、首をひねった。
「率直に言って……君の言葉が信じられない。ココは兄君と出会ってまだ日が浅いだろ」
「人を好きになるのに時間は関係ございませんでしょう?」
「兄君の良さはたった一、二度会ったくらいで理解できるものではないと思うのだが……」
「オーク様、お兄様のことをそのようにおっしゃるのはどうかと思います。引き際が美しくありませんわよ」
「いや、だが、信じられないんだ!」
エル様からの援護はないのかしら、とそちらに視線を向けると。
彼は片手で口許を押さえながら、赤面していた。
「エル様……?」
これはついにわたしの気持ちが伝わったのかと、期待を込めて彼の名前を呼べば。
エル様はうるんだ瞳で微笑んだ。
「嘘でもうれしいです……ココに、愛してると言われるのは……」
なんだかエル様が鈍感ヒロインに見えてくる。前世夢女だったわたしが感情移入しつづけた数々のヒロインたちは、ヒーローがどんな言葉や態度で愛を表しても曲解していったものだ。
つまり現状わたしは報われないヒーローなのか。そうなのか。ヒーローたちってどうやって鈍感ヒロインを攻略したんだっけ……? わたしは心の中で頭を抱える。
ようやく落ち着いたオーク様が言った。
「俺は『愛している』だなんて言葉だけでは、とうていココの気持ちを信じる気になれない」
「なぜですの?」
「言葉だけならいくらだって言えるだろう? だからだ」
わたしに愛された方が勝ちと言いながら、わたしの愛の言葉だけでは信じられないってどういうことなの。
わたしは心底めんどくさい気持ちでオーク様を見た。
「だから、こうしよう。婚約者決定までに、ココが兄君を心から愛していると俺が納得できれば、身を引く」
「オークハルト、それは完全にきみの主観じゃないか」
「そうだ、俺の気持ちひとつで決まる。つまり俺にココを諦めさせて欲しいと言っているんだ」
「なぜそんなことをしてやらなければならないんだっ」
「だってココは俺の初恋、真実の愛なんだ。勅命で兄君にココを奪われるよりもずっといい」
「は……? 真実の愛だと……ッ!?」
唖然とした声を出すエル様の言葉を遮るようにして、わたしはオーク様に頷いた。
「わかりましたわ、オーク様。わたしが真実エル様をお慕いしていることを証明して見せましょう。そのときはわたしを、あなたの婚約者候補から外してくださいませ」
「……わかった」
「ココ、なにを言って……」
「エル様も。そのときはわたしの心を信じてください」
これはエル様 VS オーク様ではない。オーク様 VS わたしであり、エル様 VS わたしの戦いなのだ。
正妃争いも王子たちとの戦いも制して、絶対にエル様を攻略してやるんだから!
エル様はわたしとオーク様を見て、困惑したように眉毛を八の字に下げ、瞳を揺らした。
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