第5話 求婚



 エル様とルナマリア様と合流する。

 二人は奇妙に離れて立っていた。ルナマリア様は真っ青な顔で口許にハンカチを当てていたし、エル様の表情は凍りついていた。

 わたしとオーク様の姿が視界に入ったとたん、二人の目は「助けが来た!」と言わんばかりだった。お互い相当苦痛だったらしい。


「エル様!」


 わたしが手を振れば、エル様が足早にこちらへ向かってくる。

 ルナマリア様も無表情ながら、飼い主を見つけた子犬のような目をしてオーク様の傍にはべる。


 おずおずと差し出されたエル様の手を、わたしは掴んだ。

 うっとりとエル様を見つめれば、目があった途端エル様の頬がぶわっと紅潮した。


「……オークハルト、クライスト嬢はもう限界のようだ。休ませてやって欲しい。

 クライスト嬢、私に付き合わせてしまい申し訳ありません」

「いいえっ、ラファエル殿下、めっそうもございません……。私が軟弱なのです……」

「……兄君はこれからココとどうするんだ?」

「もう少し散策するよ。

 ココ、この先に美しい噴水があるのですが、ご案内してもよろしいでしょうか……?」

「はい、ぜひ!」


 めくるめく二人の世界へ連れて行ってほしい。

 わたしはニッコリと頷いた。


 そんなわたしたちを引き裂くように、オーク様が「兄君」と張りのある声を出した。

 オーク様は正々堂々とした態度で言う。


「兄君、俺はココを婚約者候補に選ぶつもりだ。兄君に対する親愛はまことのものだが、ココに関しては恋敵として扱ってほしい」


 ちょっと、オーク様……ッ!!!? この場でいったいなにを言っているのかっ!!!?

 突然のライバル宣言に唖然としてしまう。

 エル様は絶句し、ルナマリア様も押し黙る。しばし無言が続いた。

 やがてエル様が苦しそうにオーク様を見つめ、「……そうか」と頷いた。


「オークハルト、お前はいつでもそうなんだな」


 唇の端をゆがませ、なにかを含むように言うエル様の瞳は、ひどく暗かった。





 大きな噴水が水を打ち上げ、飛沫が虹色に瞬いている。辺りは涼やかだ。

 エル様と並んで噴水の前に立ち、水の波紋を眺める。

 わたしたちの間に流れる空気は重い。先ほどのオーク様のライバル宣言が尾をひいていた。


「オークハルトとはどのような話をされましたか?」


 エル様の声には苦さが滲んでいた。


「ほとんどエル様のことばかりでした。オーク様はとてもエル様のことを気に掛けていらっしゃいましたよ」

「ふふ、あいつらしい」


 婚約者候補にと直接求められたことは、話さずともいいだろう。そう思ってわたしが答えれば、エル様は皮肉げに笑った。


「きっと私を持ち上げるような内容だったのでしょう? ココを口説く絶好の機会に、あいつは……」

「はい。たくさん誉めていらっしゃいましたわ」

「オークハルトはいい奴なのです。いつも自信にあふれていて、ひたむきで、真っ向勝負で戦う。私はずっとあいつが羨ましくて、妬ましくて、……憎い」

「エル様……」

「時々思うのです。もしもオークハルトが、私のように醜い姿で生まれていたら、どのような性格だったのだろうと。

 私の容姿は王家の先祖返りでして、たびたび生まれるのだそうです。私の前には、三代前のシュバルツ王がそうでした。

 ……きっとオークハルトは醜い姿であっても、あの勇敢な性格は変わらない気がするのです。私など、どうあがいても敵わないだろう、と……」


 最後の言葉に、わたしはたいへん焦った。


 エル様はわたしに結構好意を感じていると思う。自惚れでなく。

 彼に触れても平気そうにしているわたしは、お世継ぎを生むという妃としての役目を十分果たせる相手だと、そう思われているはず。侯爵令嬢だし、どちらつかずの中立派だ。家柄としても大きな問題はないだろう。

 自分でも、エル様の妃として結構いい条件を持っていると思うのだけど、それをオーク様に遠慮して候補から外れてしまうのは絶対に嫌だった。


 そんなことを考えていると。


「でも私はもう、心を決めてしまいました。……ココ」


 エル様はわたしの前でひざまづく。


「今日初めてあなたに微笑んでもらった瞬間から、私のすべてはあなたのものになってしまいました。

 あなたのように美しい方に、私のような醜い男が釣り合うはずがないことはわかっています。でも、皮肉なことに私にはあなたを召し上げるだけの力があるのです。ほかの美しい貴公子からも、オークハルトからも、あなたを奪うだけの権力が」


 エル様が片手をわたしに差し伸べた。


「私の婚約者候補になることを受け入れてくださるのなら……ココ、その手の甲に口付けることを、どうか許してほしい……」


 権力があると言いながら、それを行使することを許してほしいと言うエル様は、とても優しかった。わたしが一目で恋に落ちてしまった王子様は、見た目だけでなく中身まで素敵だったらしい。


 わたしはニッコリと笑い、彼の手に自分のそれを重ねる。


「初めてエル様にお会いした瞬間から、わたしはあなたのものですわ」

「……あなたの思惑がどのようなものでも、私は構いません」


 やっぱりわたしの告白をまったく信じてくれないエル様である。


 エル様はわたしの手を両手で包むと、まるでガラス細工を扱うかのような細心の注意を払いながら、わたしの手の甲に唇を寄せた。しっとりと濡れた唇の柔らかさが、ほんの一瞬だけ触れる。

 ゆっくりとわたしを見上げるエル様は真っ赤で、金の前髪の隙間から濡れた眼差しを向けてくる。

 いたいけな天使の姿に、わたしは悶えたい気持ちを押し殺して微笑んだ。






 後日、我が家へ王家から手紙が届いた。


『ココレット・ブロッサム侯爵令嬢を、第一王子ラファエル・シャリオット、第二王子オークハルト・シャリオット両名の婚約者候補とする』


 両名って、一体どういうこと……?

 理解が追い付かなくて、わたしと父は何度も手紙を読み返した。

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