第5話 求婚
エル様とルナマリア様と合流する。
二人は奇妙に離れて立っていた。ルナマリア様は真っ青な顔で口許にハンカチを当てていたし、エル様の表情は凍りついていた。
わたしとオーク様の姿が視界に入ったとたん、二人の目は「助けが来た!」と言わんばかりだった。お互い相当苦痛だったらしい。
「エル様!」
わたしが手を振れば、エル様が足早にこちらへ向かってくる。
ルナマリア様も無表情ながら、飼い主を見つけた子犬のような目をしてオーク様の傍にはべる。
おずおずと差し出されたエル様の手を、わたしは掴んだ。
うっとりとエル様を見つめれば、目があった途端エル様の頬がぶわっと紅潮した。
「……オークハルト、クライスト嬢はもう限界のようだ。休ませてやって欲しい。
クライスト嬢、私に付き合わせてしまい申し訳ありません」
「いいえっ、ラファエル殿下、めっそうもございません……。私が軟弱なのです……」
「……兄君はこれからココとどうするんだ?」
「もう少し散策するよ。
ココ、この先に美しい噴水があるのですが、ご案内してもよろしいでしょうか……?」
「はい、ぜひ!」
めくるめく二人の世界へ連れて行ってほしい。
わたしはニッコリと頷いた。
そんなわたしたちを引き裂くように、オーク様が「兄君」と張りのある声を出した。
オーク様は正々堂々とした態度で言う。
「兄君、俺はココを婚約者候補に選ぶつもりだ。兄君に対する親愛はまことのものだが、ココに関しては恋敵として扱ってほしい」
ちょっと、オーク様……ッ!!!? この場でいったいなにを言っているのかっ!!!?
突然のライバル宣言に唖然としてしまう。
エル様は絶句し、ルナマリア様も押し黙る。しばし無言が続いた。
やがてエル様が苦しそうにオーク様を見つめ、「……そうか」と頷いた。
「オークハルト、お前はいつでもそうなんだな」
唇の端をゆがませ、なにかを含むように言うエル様の瞳は、ひどく暗かった。
▽
大きな噴水が水を打ち上げ、飛沫が虹色に瞬いている。辺りは涼やかだ。
エル様と並んで噴水の前に立ち、水の波紋を眺める。
わたしたちの間に流れる空気は重い。先ほどのオーク様のライバル宣言が尾をひいていた。
「オークハルトとはどのような話をされましたか?」
エル様の声には苦さが滲んでいた。
「ほとんどエル様のことばかりでした。オーク様はとてもエル様のことを気に掛けていらっしゃいましたよ」
「ふふ、あいつらしい」
婚約者候補にと直接求められたことは、話さずともいいだろう。そう思ってわたしが答えれば、エル様は皮肉げに笑った。
「きっと私を持ち上げるような内容だったのでしょう? ココを口説く絶好の機会に、あいつは……」
「はい。たくさん誉めていらっしゃいましたわ」
「オークハルトはいい奴なのです。いつも自信にあふれていて、ひたむきで、真っ向勝負で戦う。私はずっとあいつが羨ましくて、妬ましくて、……憎い」
「エル様……」
「時々思うのです。もしもオークハルトが、私のように醜い姿で生まれていたら、どのような性格だったのだろうと。
私の容姿は王家の先祖返りでして、たびたび生まれるのだそうです。私の前には、三代前のシュバルツ王がそうでした。
……きっとオークハルトは醜い姿であっても、あの勇敢な性格は変わらない気がするのです。私など、どうあがいても敵わないだろう、と……」
最後の言葉に、わたしはたいへん焦った。
エル様はわたしに結構好意を感じていると思う。自惚れでなく。
彼に触れても平気そうにしているわたしは、お世継ぎを生むという妃としての役目を十分果たせる相手だと、そう思われているはず。侯爵令嬢だし、どちらつかずの中立派だ。家柄としても大きな問題はないだろう。
自分でも、エル様の妃として結構いい条件を持っていると思うのだけど、それをオーク様に遠慮して候補から外れてしまうのは絶対に嫌だった。
そんなことを考えていると。
「でも私はもう、心を決めてしまいました。……ココ」
エル様はわたしの前でひざまづく。
「今日初めてあなたに微笑んでもらった瞬間から、私のすべてはあなたのものになってしまいました。
あなたのように美しい方に、私のような醜い男が釣り合うはずがないことはわかっています。でも、皮肉なことに私にはあなたを召し上げるだけの力があるのです。ほかの美しい貴公子からも、オークハルトからも、あなたを奪うだけの権力が」
エル様が片手をわたしに差し伸べた。
「私の婚約者候補になることを受け入れてくださるのなら……ココ、その手の甲に口付けることを、どうか許してほしい……」
権力があると言いながら、それを行使することを許してほしいと言うエル様は、とても優しかった。わたしが一目で恋に落ちてしまった王子様は、見た目だけでなく中身まで素敵だったらしい。
わたしはニッコリと笑い、彼の手に自分のそれを重ねる。
「初めてエル様にお会いした瞬間から、わたしはあなたのものですわ」
「……あなたの思惑がどのようなものでも、私は構いません」
やっぱりわたしの告白をまったく信じてくれないエル様である。
エル様はわたしの手を両手で包むと、まるでガラス細工を扱うかのような細心の注意を払いながら、わたしの手の甲に唇を寄せた。しっとりと濡れた唇の柔らかさが、ほんの一瞬だけ触れる。
ゆっくりとわたしを見上げるエル様は真っ赤で、金の前髪の隙間から濡れた眼差しを向けてくる。
いたいけな天使の姿に、わたしは悶えたい気持ちを押し殺して微笑んだ。
▽
後日、我が家へ王家から手紙が届いた。
『ココレット・ブロッサム侯爵令嬢を、第一王子ラファエル・シャリオット、第二王子オークハルト・シャリオット両名の婚約者候補とする』
両名って、一体どういうこと……?
理解が追い付かなくて、わたしと父は何度も手紙を読み返した。
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