第4話 金髪のキングオーク



 薔薇園に金髪のキングオークが現れた!


 RPGの一文みたいな文章が思わず脳裏に浮かぶ。

 けれど正直、ラファエル殿下とどう向き合えばいいのかわからなくて困っていたので、第二王子たちの登場には少しだけホッとした。

 問題が後回しになっただけだけど、どうしたってお互いを理解し合う時間が足りていない。


 こちらへ近づいてきた第二王子に対して、ラファエル殿下は肩を強張らせた。

 あら。

 ラファエル殿下は第二王子のことが苦手みたい。

 まぁ、これだけオーク顔が近くにいたらコンプレックスを刺激されるのかもしれない。わたしにはラファエル殿下の方が一億倍もイケメンに見えるけど。


 第二王子は満面の笑みを浮かべてラファエル殿下に手を振りーーー、隣にいるわたしに気付いてぽかんと大きく口を開いた。頬がどんどん紅潮していく。


「あ、兄君……っ、そちらの令嬢は、いったい」

「ブロッサム侯爵家のご令嬢、ココレットだよ。ブロッサム嬢、異母弟のオークハルトです」

「お初にお目にかかります。オークハルト殿下」

「あ、あぁ……。よろしく。俺のことはぜひ気軽にオークと呼んでくれ。代わりに君のことはココと呼ばせてもらおう」


 結構ぐいぐい来る男である。ラファエル殿下にもまだ愛称で呼んでいただけないというのに。

 それにオークと呼べって、まんまじゃないか。

 吹き出さないように気を付けながら、「わかりました、オーク様」とわたしは神妙に答えた。


 そしてこれ幸いと、ラファエル殿下の方へ顔を向ける。


「ラファエル殿下も、どうぞわたしのことはココとお呼びくださいませ」

「……ココ、では私のことは……エルと、お呼びください」

「はい、エル様」


 愛称呼びの許可が出て、わたしはホクホク顔である。

 こうやって距離を詰めて、いずれは信頼を勝ち得、エル様にわたしの愛を信じてもらおう。


 それからオーク様が隣のご令嬢の紹介をしてくれた。


「彼女は筆頭公爵家のルナマリア・クライストだ」


 ストレートのシルバーブロンドと、アイスブルーの吊り目がちな瞳を持つルナマリア様は整った顔立ちをしたご令嬢だった。その色味のせいか、どこか冷たい印象を受ける。だけどわたしは生粋のメンクイなので、一目見た瞬間からルナマリア様にメロメロだ。めちゃくちゃ可愛い子だな~。


 ルナマリア様は青ざめ、眉間にシワが寄るのを堪えるようにしながら、エル様と向かい合った。

 彼女はエル様と目が合わないように俯きながら挨拶をする。


「ラファエル殿下、本日はお招き頂きありがとうございました。お会いできて光栄です」


 わたしは思わずエル様の様子を観察してしまう。

「クライスト公爵家、か……」と呟くエル様の横顔は、わたしと二人っきりだった時とはまるで違う表情をしていた。

 頬の紅潮がひき、目が伏せられ、静かに頷く。


「クライスト嬢、本日はぜひ楽しんでください」

「はい……」


 エル様の表情に、ルナマリア様の態度は比較的マシな方なのだと、わたしは悟った。

 失神せず、吐き気を催すでもない。ルナマリア様が嫌悪感を堪えようとしている態度に、エル様は十分誠実さを感じているようだ。

 わたしは胸が痛くなる。

 わたしにとっては最上級の美形なのに。しかも第一王子なのに。どうしてこんな扱いなのか。


 ルナマリア様はわたしの方に体ごと向くと、無表情ながらも熱っぽい瞳でわたしを見つめた。やっぱり可愛い。


「初めまして、ココレット様。ブロッサム侯爵家のご令嬢の噂は父より伺っておりました。私、あなたのお茶会デビューを楽しみにしておりましたの」

「まぁ、光栄ですわ。ルナマリア様の期待外れでなければよろしいのですけど……」


 噂ってアレだろうか。イケメンゲットの為の『身も心も美しいココレット・ブロッサム』詐欺についてだろうか。

 わたしの疑問を解決してくれたのはオーク様だった。


「ルナ、ココの噂って? 俺もぜひとも知りたい」


 ルナマリア様はオーク様を見つめて、ぽっと愛らしく頬を染める。彼女はどうも無表情キャラらしいが、感情がぽろぽろと溢れ落ちるタイプの無表情らしい。


「ココレット様は孤児院や病院への寄付、慰問を熱心にされているとうかがっております。身分や美醜にも囚われず人々にお優しく接するので『愛の天使』と呼ばれているそうですわ。

 そして『愛の天使』のお姿があまりにもお美しすぎて、ブロッサム侯爵様が親しい方以外にはお隠しになっていると聞いております」


『愛の天使』呼びはさすがに知らなかった。

 なにそれ、ダサくない?

 恥ずかしすぎて、わたしは思わず扇で顔を覆う。


 そんなわたしを横からエル様が見つめて、「なるほど……」と呟いた。

 オーク様も納得したように頷いている。


「その噂は本当だった、ということか。たしかに兄君に対する態度を見れば一目瞭然だな。あなたほど身も心も美しい女性を見るのは初めてだ……」

「まぁ、そんな……」


 オーク様から注がれる熱っぽい視線に、わたしは逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。勘弁してほしい。

 エル様は唖然としてオーク様を見つめているし、ルナマリア様が寂しげに唇を噛んでいるのも居たたまれない。

 わたしはエル様一筋ですので! オーク様に興味はないから! 二人ともそんな顔しないで!

 そう叫び出したい気持ちを必死で堪える。


「兄君、俺にもチャンスをくれ」

「オークハルト……?」


 オーク様は小さく細い目をキリッとさせて、エル様を見つめた。

 エル様は困惑している。わたしも困惑している。


「俺はココの美しさに参ってしまったようだ。俺にもココのエスコートをさせてくれ。今日のパーティーは兄君と俺、両方の婚約者候補を選定するのだから、兄君だけでなく、俺にもココを誘う権利があるはずだ」

「なっ、なにを言っているんだ! オークハルト!」


 エル様は厳しい眼差しでオーク様を睨み、ルナマリア様はハッと息を飲み、わたしは死んだ魚のような目になった。

 この男のせいでエル様がわたしを婚約者候補に選んでくれなかったらどうしてくれよう。


「兄君、そもそもクライスト公爵家は正妃派閥の筆頭だ。正妃様はルナを兄君の婚約者候補の一人にねじ込むつもりだろう。少しくらい話し合ったほうがいい。そうだろ、ルナ? きみもクライスト公爵から何か言われているんじゃないか?」


 どう見てもオーク様に熱を上げているルナマリア様に、そんなお家事情があるとは。

 わたしはビックリして、ルナマリア様を見つめた。彼女は辛そうに顔を伏せている。


「それはそうだが……、クライスト嬢の気持ちも考えてあげるべきでは……」

「ルナの気持ちを考えろと言うのなら、俺のココに対する想いにも配慮して欲しい」


「ココ」とオーク様がわたしに手を差し出す。


「兄君とルナの話が終わるまででいい。俺の手を取ってくれ」

「……はい」


 さすがに権力争いのごたごたに首を突っ込むわけにもいかないだろう。

 わたしは諦めてオーク様の手を取った。

 ただ、あまりの憂鬱さにエル様へすがるような視線を向けてしまう。

 エル様は顔面蒼白で、去って行くわたしたちを見送っていた。





「ココは本当に美しいな」


 薔薇に囲まれたベンチに、オーク様と並んで腰かける。

 オーク様は無駄に良い声でわたしに囁いた。

 陽に当たってきらめく金髪は爽やかな初夏の風に揺れ、石鹸のにおいがしそうなすべすべのお肌に埋もれるようにして瞬くごく小さな蒼い瞳はサファイアのよう。父のおかげでオーク顔に慣れているわたしでも、オーク様は悪い意味で破壊力が抜群だ。笑わないように気を付けようっと。


「兄君に対してあんなに普通に接することができる女性を見たのは初めてだ」

「……エル様は、普段はどのような扱いを受けているのです?」

「優しいココには理解できないかもしれないな……」


 そうして語られたエル様の境遇は、とても孤独なものだった。

 ネグレクトと呼べばいいのだろうか。国王陛下にも正妃様にもめったに会えず、愛情など欠片も与えられずに育てられ、ただ教育を詰め込まれるだけの毎日らしい。


「兄君の味方は非常に少ないんだ。俺と、乳兄弟のフォルトだけだな。陛下は兄君にも俺にも、世継ぎ以上の関心はない。

 問題は正妃様だ。プライドの塊のような方だから、自分が生んだ子供が醜いことが許せないんだ。そのくせ他に子もできないから、兄君を虐げながらも王太子の座に就かせようと必死なんだ」


 オーク様は顔をしかめた。


「俺と兄君は世継ぎ争いに巻き込まれているが、兄君のことはとても尊敬しているんだ」

「エル様は素敵な方ですものね」


 見た目はキングオークだが、オーク様の中身はまともなようだ。強引なところはあるけれど、兄想いだし、いろいろ考えているみたい。

 わたしはオーク様を見直した。わたしはイケメン好きだが、人が見た目では判断できないことだって知っているタイプの面食いである。


「兄君はとても素晴らしい人なんだ。あれほど悪意に曝されても逃げることなく、世継ぎ教育を受けている。教養もマナーも剣術も馬術も……、俺はなに一つかなわない」

「オーク様も成績は素晴らしいとお聞きしておりますが……」

「兄君が正当な評価を受けていないだけだ。あの人こそが天才なんだ。俺は秀才止まりだよ。なぜこの世は兄君に対してこうも理不尽なのか……」


 オーク様が悔しそうに眉をしかめる。


「俺の存在がなければ、兄君はこれほど悪意に曝されずに済んだのかもしれないと思うと、やはり辛いものがある」

「オーク様の存在が……?」

「俺の母である側妃は、隣国の元王女だ。この国の公爵家の出である正妃様は、隣国の王家の血が入ったものを王太子にしたくはないんだ。俺の血だけでも鬱陶しいのに、俺はこの見た目だろ?」


 オーク様は「フ……っ」とアンニュイな表情をする。


「遺憾ながら俺は美しい容姿に生まれてしまった。醜い兄君の比較対照としては最悪だろ」


 自意識過剰~!! って叫べるものなら叫びたいが、この世界の美的価値観ではたしかにオーク様は美男子なので、わたしは困ったように微笑むだけに止める。

 わたしのその表情になにを勘違いしたのか、オーク様は熱っぽい目をした。


「ああ、ココは面の皮一枚の美醜なんて俗なもの、興味はないだろうな。だってココはあの兄君にも優しく微笑みかけ、この俺の姿にもまるで惑わされない人だからな」

「わたしはそんな出来た人では……」

「ココ、兄君はすでにあなたに心を奪われているだろう。婚約者候補の一人に、ココの名を上げるはずだ」


 王子一人につき、三人までの婚約者候補を選ぶことができると聞いている。

 選ばれた婚約者候補は妃教育を受け、王子が十八才になるまでに最終的に一人を決定するそうだ。選ばれなかった婚約者候補には多額の報償を与え、望む縁談を結べるそうだ。上位貴族や他国の王族などだけではなく、過去には平民の想い人と結ばれた令嬢さえいたらしい。それに婚約者候補に選ばれただけで箔がつく。

 エル様の婚約者候補に選ばれたら嬉しいなぁと、わたしは心のなかでニマニマする。


「俺は兄君が大切だ。もしもいつか兄君に愛する人ができたら、その想いを応援しようとずっと思ってきた……。

 だけどココ、俺もまたあなたに心を奪われてしまったんだ」

「オーク様……」

「俺も婚約者候補にあなたの名前を上げる」


 切実にやめてくれ。

 オーク様には他にも選ばれたい女性がいっぱい居るでしょうが。ルナマリア様とか!


 オーク様はわたしの片手を取ると、恭しく口づけた。


「どうか俺の妃になってくれ」


 懇願する声は甘く、わたしとオーク様の間に落ちた。この人、ほんとうに無駄に声がいいわね……。

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