第2話 異形の王子






 父であるブロッサム侯爵と共に、馬車で王宮へと向かう。


 向かいの座席に座った父はデレデレとした笑みを浮かべて、わたしの姿を眺めている。オーク顔なので犯罪者臭がすごい。前世だったら父はすぐに職務質問されてしまうだろう。この世界では『美形の甘い微笑み』なのだろうが。


「出会った頃のクラリッサを思い出すよ。ますます美しくなったね、ココ」

「ありがとうございます、お父様」


 クラリッサとは亡き母のことである。わたしが生まれたあと、産後のひだちが悪くて亡くなってしまったそうだ。

 ものすごい美形であるらしい父は社交界でもモテモテらしいのだが、未だに母一筋で後妻を貰っていない。娘であるわたしにも激甘だ。

 そんなふうに愛情をいっぱい注いで育ててくれた父を、わたしは心の底から慕っている。オーク顔なんてどうでも良くなるほどに(まぁ夜中に不意打ちで出会いたくはないけれど)。

 前世的イケメンを求めて止まないわたしが、オーク顔に対しても優しく接することができるのは、ひとえに父のお陰だろう。


「今日は初めてのお茶会で緊張しているかもしれないが、ココのマナーはもう十分形になっているからね。落ち着いて行動すれば良いよ。あとはただ楽しんでおいで」

「まぁお父様、妃の座を射止めてこいとおっしゃらなくても良いのですか?」

「ははは。うちは中立派だし、一人娘のココには婿を取って貰いたいからね。そんなことは気にしなくていいよ」


 父は小さくほっそりとした瞳で流し目をする。

 微かに見えたペリドット色の瞳がチカッと輝いたので、思わず吹き出しそうになった。

 そういえば父は髪色もわたしと同じローズピンク色なので、色彩だけで言うのならわたしたちは確かに親子なのである。


「私のココは妖精姫だからね。どうせ明日からは舞い込む縁談でてんてこまいになるよ。王子から申し込まれても仕方がないだろうなぁ。そうでなくても、上位貴族や、隣国の王族貴族からも縁談が来るかもしれない。無理に頑張って笑顔を安売りされたら、縁談を捌くのに苦労するだろうね」

「まぁ、そんなこと……」

「ココはのんびり、美味しいお茶菓子や美しい庭園の花々を楽しんでおいで」

「はい」


 父に優しく頭を撫でられながら、どうせならわたし好みのイケメンたちから縁談が殺到すればいいのになぁ、と思った。





 父と別れて、ガーデンパーティーの会場に向かう。


 王宮の庭園には立食形式のお茶会の準備が整えられ、同じ年頃の令息や令嬢で溢れていた。一応伯爵家以上の身分の者だけが招待されたらしいが、それでもすごい人数だ。婚約者候補、もしくは王子の友人候補としてこれだけ集まるとは。

 これだけ人がいればわたし好みのイケメンに出会える可能性も、本当にあるかもしれない。

 わたしはうきうきと足を踏み入れた。


 とたんに、ざわめきに満ちていた庭園が静かになってゆく。

 わたしを見つめてぽかんとした表情を浮かべる令嬢、真っ赤な顔で息を飲む令息、うっとりとした顔を向けてくる給仕係り、二度見してくる騎士と様々だ。みんな言葉をなくしてわたしを見ている。うん、ごめんね、絶世の美少女で。


 わたしはそんな人々の間をゆっくりと歩いて、イケメンを探す。


 はい、オーク顔。

 こいつもオーク顔。

 こいつもそこそこオーク顔。

 おっと平凡顔もこんなにたくさんいたのね。今までどこに棲息していたのかしら。

 でもまたオーク顔。

 時折、数少ない顔見知りを見かけては一言二言挨拶を交わす。


 そうこうしているうちに、二人の王子が登場した。


「第一王子ラファエル殿下と、第二王子オークハルト殿下のご入場です!」


 オークハルトってやばい名前だなぁ、と思いつつ、王子たちの方へ視線を向けようとすると。

 会場中から二種類の悲鳴が上がった。


 第二王子に対する黄色い悲鳴と、……恐怖の悲鳴だ。令嬢の何人かがぶっ倒れたらしい音が聞こえてくる。


 一体どういうことだろう。


 わたしは人だかりの間から、悲鳴と騒動の起こった原因ーーー王子二人を見やった。


 最初にわたしの視界に入ったのは、たぶん第二王子のオークハルト殿下だ。金髪蒼目のキングオークみたいな外見をしていたから、間違いない。わたしの父より数段オーク度が高かった。令嬢たちの甘い声は第二王子が原因だろう。


 つづいて第一王子に目を向けてーーーわたしの視線は彼に釘付けになった。


 なんてイケメンなの……。


 そこに居たのは第二王子と同じ金髪蒼目の、天使だった。

 第一王子ラファエル殿下は、前世で見かけた宗教画の天使の姿にそっくりの美少年だったのだ。


 わたしは呼吸をするのも忘れて、ラファエル殿下を見つめる。

 胸がドキドキと高鳴って、なにをせずとも頬が紅潮していくのが自分でもよくわかった。

 わたしは一目で殿下に恋に落ちてしまったのだ。


 ラファエル殿下は目が隠れそうなほど前髪を伸ばし、肩より長く伸びた髪を一本に結わえている。豪奢な白い衣装が太陽のもとでキラキラと輝いていたが、その髪の間から見え隠れする殿下の表情は悲痛そうで、視線を地面へと向けていた。


 先ほどの恐怖の悲鳴は、たぶんラファエル殿下が原因で起こったのだろう。

 この世界では受け入れられない容姿の殿下を見た令嬢たちが、思わず悲鳴をあげてしまったのだ。何人か倒れたのも、同じ理由だろう。


 倒れた令嬢や、具合が悪くなった人々が庭園から運ばれていく。取り乱してわんわん泣く子供たちの声が耳に痛い。

 この場に残っている令息令嬢も、顔色が悪かった。さすがに王族に対して酷いことは言えないのでみんな口をつぐんではいるが、まだ十歳前後の子供たちにポーカーフェイスは難しい。誰もが異端を見る眼差しでラファエル殿下を見て、第二王子の方へと退いて行く。

 第二王子はみんなに囲まれて、次々に挨拶を受けていた。甘い声をあげる令嬢たち、すり寄る令息たちの声がかしましい。

 対照的にラファエル殿下の周りには奇妙な空白ができて、殿下はただひとりでぽつねんと立っている。苦行に耐えている様子だ。


 なんでこの人がこんな扱いを受けなければならないのだろう。

 わたしの胸に沸々とした怒りが込み上げてくる。

 この世界では不細工なのかもしれないが、前世的にはとんでもない美少年だ。イケメンを傷付けるなんて万死に値するぞコラァ!


 わたしはゆっくりとラファエル殿下に近づいていく。

 わたしの行動を見ていた人たちが、驚いた様子をしているのが視界の端に写ったけど、どうでもいい。


 ラファエル殿下の前でカーテシーをする。殿下がハッと息を飲む音が大きく聞こえた。

 不自然な沈黙のあとで、ようやくラファエル殿下がわたしに声をかけてくれた。


「……私は、第一王子ラファエル・シャリオットです。どうか顔をあげて、お名前を教えてください」


 変声期を迎える前の美しいボーイソプラノに聞き惚れながら、わたしは顔をあげた。


「ブロッサム侯爵家の長女、ココレットと申します。どうぞお見知りおきを」


 わたしは鮮やかに微笑む。

 わたしの顔を見たラファエル殿下は唖然とした。

 ラファエル殿下の表情は赤くなったり青くなったりしている。周囲の人々もわたしの微笑みに顔を赤らめている。うふふ、これが今世のわたしの武器なのよ。


 わたしはこの短い時間の間にもう心を決めていた。この傷付いた天使を手に入れると。この人はもう、わたしの運命の王子様に決定なの。


 この国の第一王子、ラファエル・シャリオット殿下。この人がわたしの、前世も引っくるめて初めての恋だった。

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