【書籍1巻10/10発売】美醜あべこべ世界で異形の王子と結婚したい!(書籍版:美醜あべこべ異世界で不細工王太子と結婚したい!)
三日月さんかく
第1章
第1話 美醜あべこべ世界に転生
わたし、ココレット・ブロッサムが前世の記憶を思い出したのは十歳の時だ。
流行り病にかかって高熱でうなされている最中に、泣きながら思ったのだ。
今世こそはイケメンと結婚したい……ッ!!!! このまま死んでたまるもんですか!!!! って。
それはわたしの魂の奥底からほとばしる、強烈な願いだった。
その強い願いがわたしの前世の記憶のふたを開けてしまいーーー前世では一度もまともな恋愛を経験しなかったことを思い出してしまったのだ。
前世のわたしの趣味は少女漫画や乙女ゲーム、ロマンス小説といった、疑似恋愛だった。
学生時代はアルバイト代をぶちこんだし、社会人になってからもお給料をどんどこ課金に回した。可愛らしいヒロインに感情移入しては、素敵なヒーローに愛されることにうっとりとする、夢女で喪女だったのだ。
注ぎ込んだお金をもっとパリピな趣味に回して出会いを増やし、理想の恋人を見つけても良かったはずなのに。わたしはお手軽な方法で傷付かない疑似恋愛が味わえる、二次元の世界の中毒さに溺れてしまったのである。
今世こそ三次元に生きているイケメンに溺愛されてみせる!!!!
そう固く心に誓ったことが、わたしの生きる原動力になったのだろう。
あとから知ったことだけれど、あのときのわたしは本当に死にかけていて、今夜が峠だと医者から言われていたらしい。
よかった、底意地の汚いメンクイで。未来のイケメンへの欲望で、わたしはなんとか今生からエターナルグッバイせずにすんだのである。
▽
イケメンゲットのために生にしがみついたわたしが暮らすのは、シャリオット王国という中世ヨーロッパ風の国だ。
前世を思い出す前には当たり前すぎてなんとも思っていなかったのだけど、わたしは侯爵令嬢という地位と権力を持っていた。すごい。
しかも、これも当たり前すぎてあんまり気にしたことなかったけど、今生のわたしは絶世の美少女だった。
前世の記憶を取り戻してからはじめて鏡を覗いたとき、そこに映る美少女にわたしは唖然とした。
ローズピンク色の柔らかな髪はふわふわとゆるいウェーブを描き、お人形のようなぱっちりアイズはペリドットのような黄緑色にうるうると輝いている。長いまつげは重たそうで、頬と唇は薔薇色、毛穴なんてまるで見当たらない陶器肌である。
まさに春の妖精。花のお姫様だ。
前世で数多くのヒロインたちを自分の本当の姿だと思って心を慰めてきたけれど、そのヒロインたちを軽く凌駕できそうな美貌である。
鏡に映る自分の姿にぽかんと口を開けてしまうが、そんな表情さえ可愛すぎる。
なんなんだ、この美少女は!? わたし、前世でそんなに良いことしたっけ? コンビニの募金箱には気が向いたときにお釣りを入れてきたけども!
たしかに父親や使用人たちから「かわいい、かわいい」とちやほやされていたけれど。全然気にしていなかった。
彼らの言葉は身内の贔屓目だろうと思っていたのだ。
前世を思い出したからこそ、今世の自分のスペックの価値にようやく気がつき、わたしは神に感謝した。
この人生イージーモードスペック、必ず大切にしてイケメンと結婚します! と。
けれど、人生とはやはりそう単純ではないことにわたしは気が付いた。
そう、この世界の美醜の基準が前世と若干異なっていたのだ。
女性の美醜に関しては前世と同じ。わたしはちゃんとこの世界でも絶世の美少女だった。
問題は男性の方である。
前世の記憶を取り戻してから、なんだか変だと思っていたのだ。
我が家の侍女たちの、わたしの唯一の家族である父に対する態度がおかしすぎないかと。
だって父は、超絶オーク顔なのである。
父は小さく吊り上がった瞳を持ち、大きく横に広がった鼻を持ち、裂けたように大きな口をしていた。顔の輪郭もゴツゴツしている。おまけにケツ顎。控えめに言っても魔物だ。
今でも不意打ちで父の顔を見ると泣いてしまう時がある。精神年齢はアラサーなのに……。
わたし、父の顔には似ずに、亡くなった母に似ていて本当に良かった。
けれど侍女たちがそんな父のことを「なんて格好いい旦那様でしょう」「本日も凛々しいわ」「きゃっ、今日の旦那さまの給仕当番はわたしだわ。ラッキー!」「まぁ、羨ましい。早くわたしの番にならないかしら」などと持て囃していた。
最初の頃はわたしも、うちの侍女たちはオーク顔にも優しい心清らかな人たちばかりだわ、わたしもこの家の令嬢として立派になって使用人たちを守らなければ……などと明後日な方向に考えていたのだけれど。
だって、まさか誰が思うだろう?
男性のみ美醜逆転世界だったなんて!
この世界ではオーク顔の男性こそが絶世の美男子だなんて!!
しかも異様に美醜に厳しくて、不細工(つまり前世的イケメン)に対してものすごく差別的なのだ。不細工を無視するくらいならまだ善良な方で、か弱い令嬢など不細工に出会った瞬間、泡を吹いて失神してしまうらしい。
こんな世界で果たしてわたし好みのイケメンに出会えるのかしら……。
▽
前世の記憶を取り戻して約一年。
王宮で開かれるガーデンパーティーにて、わたしはついにお茶会デビューを果たすことになった。
今日までの日々は実に筆舌にしがたい。
美少女として生まれたからには飛びきりのイケメンに溺愛されて末永く暮らすのもやぶさかではない、と最初は思っていたのに。
わたしが今まで出会ったことのある異性のほとんどがオーク顔なのである(この世界の価値観的には美男子ハーレム状態なのだが )。
勿論わたしの生活範囲が狭いせいもあるのだろう。
親戚の男の子だとか、父の知り合いの息子だとかしか会っていないのだから。せいぜい下働きの男の子が平凡顔だったくらいで。
だからわたしはずっと、たくさんの男性に出会うチャンスを待っていた。
数打ちゃ当たる。たぶん一人くらいは、わたし好みのイケメンがいるだろうと。
わたしはそれだけを人生唯一の希望にして、令嬢としてのマナーやダンス、教養に励んできた。
休日には教会へ通い、孤児院や病院への慰問も行った。
心優しい乙女という評価さえあれば、世間一般の人が毛嫌いするというイケメンに優しく接しても問題はないだろうという打算だ。
まぁ、多少は『徳を積めばイケメンに出会えるかもしれない』という神頼みの気持ちもあったけれど。すべてはイケメンゲットのための下準備だ。
なのでオーク顔にも優しくするし、身分を笠に着るような傲慢な真似もしなかった。
もともと前世の記憶を取り戻す前のわたしの性格が大人しかったこともあって、よくある『悪役令嬢が前世の記憶を取り戻して性格が百八十度変わって周囲の人間が困惑する』みたいなことは一切なかった。
もちろん美貌にもあぐらはかかず、必死に手入れをした(侍女が)。
もともと可愛いヒロインになりきるのが趣味の夢女だったので、自分の美貌にもわりとすぐに慣れたしね。
可愛いからってぶりっ子したり、わがままになったりすると評価も落ちちゃうもの。武器として上手に使わなくちゃ損よ。
おかげで現在順調に、ココレット・ブロッサムは身も心も光り輝くような美しい少女だと周囲から誤解されている。
実に計画通りだわ。
「ああ、お美しいですわ、お嬢様。王宮の薔薇園が見頃だとお聞きしましたが、お嬢様の前では薔薇も霞んでしまいますわ。はぁ……私の精霊姫……」
「妄想の世界から帰ってきてちょうだい、アマレット?」
侍女アマレットの手でドレスに着替えさせられたわたしの姿は、たしかに人外レベルである。
スカート部分がふんわりと広がる薄黄色のドレスは春らしくわたしの体を包んでいる。少女らしく薄い体は儚げで、なかなかに妖精チックだ。
ハーフアップしたローズピンクの髪にはスミレや忘れな草の花を飾って、さらに妖精度がアップ。瞳の色と同じペリドットのイヤリングとネックレスが、とてもよく似合っていた。
肌の調子を整える程度の化粧もまた嫌味がなかった。
うん、流石はアマレットである。
幼少期から仕えていてくれる彼女は、薄いソバカスがチャーミングな女性で、いつもわたしに真心を掛けてくれる。そんな彼女に任せておけば、わたしは絶世の美少女から、女神とか妖精とか天使とか、とにかく人外へとランクアップできるのだ。
アマレットはうっとりと溜め息を吐いた。
「第二王子のお心を射止めるのは、私のお嬢様に決まっていますわねぇ」
「第二王子?」
本日のガーデンパーティーの目的が、この国の第一王子と第二王子の婚約者候補を三人ずつ選定するためであることは既に父から聞いていた。
この国の公爵家から嫁いだ正妃からお生まれになったのが、第一王子。
隣国の王女だった側妃からお生まれになったのが、第二王子である。
二人は半年しか年齢が離れておらず、わたしとも同じ年である。
普通なら王位継承権一位の第一王子を話題にあげるものなのではないかと、わたしは首を傾げた。
たったそれだけの動作を見ただけで、アマレットは「はぅん………っ!」と甘い声を漏らして左胸を押さえている。大丈夫か。
「清らかなお心をお持ちになるお嬢様には、俗っぽいお話なのですが……」
「なにかしら」
「……第二王子はそれはそれはもう、お美しい御方らしいのです」
つまりオーク顔かぁ……。
第二王子への興味が一瞬で消えた。
「成績も優秀で、剣の腕も素晴らしいそうですよ。趣味は遠乗りだとか。性格もとても気さくで、男らしい御方だと評判です」
でもそれってオーク顔なんでしょ……。
そう思いつつも、わたしは淑やかに微笑んだ。
「お会いできるのが楽しみだわ」
第二王子は挨拶が終わったら速攻離れることにしようっと。間違って婚約者候補にでもなったら、前世的イケメン探しが出来なくなるものね。
わたしはそう心に決めると、自室を後にした。
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