私をトップVtuberにしてください

くにすらのに

第1話

【はじめまして。謝礼を差し上げるので私を推してくれませんか?】


 朝起きてスマホを見たらツイッターの通知が表示されていた。まるでスパムのようなメッセージの文面にため息を吐いて、一応内容を確認する。

 メッセージの続きは期待を裏切らない胡散臭さだった。


【私からチョメオ様に1万円を送金致します。その1万円を私の配信中にスーパーチャットとして使用していただけないでしょうか】


 送り主は青空ツバメとかいうVtuberだ。その名に恥じない青い顔と美人系のお姉さん顔のイラストをアイコンに使用している。

 見てくれはまあ悪くないし、フォロワー数も1000人を超えていた。企業系のVtuberに比べれば素人同然なのかもしれないが、個人勢ならそこそこの知名度ではないだろうか。


 それにスーパーチャットを投げてほしいと依頼するくらいだ。チャンネルも収益化できているのだろう。

 だからこそメッセージの意図が理解できない。誰かに乗っ取られて詐欺にでも利用されているのか?


 なんの義理もないが頑張っている人を見捨てるほど鬼ではない。仮にアカウントを乗っ取られていたら本人には届かないかもしれないがメッセージに返信することにした。


【はじめまして。もしかしてアカウント乗っ取られてませんか? 1万円払ってスパチャしてもらうとか言って個人情報を抜き取るスパムにされてますよ】


 これで俺の使命は終わった。収益化までこじつけた個人Vtuberを救ったと思うと心が晴れやかだった。


【お返事ありがとうございます! でもスパムとかじゃないです。本当に私にスパチャをしてほしいんです。パパ活ならぬ推し活ってやつです】


 時刻は午前6時5分。常にツイッターに張り付いているのかと思うくらいの異次元の速さで返事が来た。


【誰か一人でもスパチャを送ると他の人も続くじゃないですか。それもチョメオ様みたいなV界隈で有名なスパチャ芸をする方ならなおさら。チョメオ様に私をトップVtuberにしてもらいたいんです】


 有名というワードについ口元が緩んだ。たしかに俺が投げたスパチャがきっかけで配信が盛り上がると嬉しいし、中には『出たな』と反応してくれる人もいる。配信に比べれば知名度なんて無に等しいとは言え、この瞬間だけで世界が俺を認めてくれているような優越感に浸れる。


 ほぼ無名とはいえVtuberが俺を指名してくれた。その高揚感が俺の判断力を低下させた。


【本当に詐欺とかじゃないんですよね? 振込用の捨て垢で取引するので大丈夫ですか?】


【もちろんです。チョメオ様のスパチャ芸を体験できるなんて嬉しいです】


 素早い返事に若干引きつつ俺は振込用の口座を開設した。電子マネーのやり取りだけだから最悪詐欺でも被害は抑えられる。そもそも残高は1円だ。

 個人情報を抜き取られたところで被害はほぼない。それどころかメッセージのやり取りを晒してサクラを雇った配信者として黒歴史に名を刻ませてやる。


 自分の完璧ムーブにほれぼれしつつ振込先をメッセージで送ると余韻に浸る間もなく1万円が振り込まれた。


【今日は夜の7時に歌枠の予定です。チョメオ様は都合が付きますか?】


【最初からは見れないかもしれないけどそれでいいなら】


【問題ありません! ここぞという時にスパチャしてもらえれば!】


 もはや俺がメインでツバメがファンみたいな熱量になっていた。V界隈で有名と言っても自分が推してるチャンネルの中だけの話で、それ以外では他の視聴者と変わらない。

 

  そんな俺に対してものすごい勢いと熱量で迫ってくるこのツバメというVtuberに少しずつ興味が湧いてきた。




 そして迎えた19時。15分前にはパソコンの前に座って歌枠が始まるのを待っていた。

 俺がよく見ている配信と違ってチャットの流れは遅い。それもそのはず。視聴者は20人前後で増減しているだけだった。


 ものすごい勢いで待機チャットが流れていれば自分のチャットなんて誰も気にしない。そういう心理から気軽にチャットを書けるが、動きがないと躊躇ってしまう。

 青空ツバメがどんな声で配信をするのかわからない以上、俺は変化のない画面を見守り続けた。


「みんな~、こんツバメ~。来てくれてありがとう」


 なかなか良い感じの3Dモデルと安直な挨拶と共に青空ツバメがその姿を現した。お姉さんっぽい見た目と違い声はちょっと幼い感じでオタク受けしそうだ。

 なぜなら俺がこの声に一聴(ひとき)き惚れした。


 ちょこまかと首を動かすのも可愛いし、個人で収益化までこじつけだだけのことはある。

 あとはバズるようなネタさえあれば一気に人気が上がりそうだ。


「今日は歌枠ということで流行りのアニソンをどんどん歌っていくよ~。一曲目はこちら!」


 流れてきたのは鬼退治アニメのオープニングのイントロだった。

 流行りも流行り。アニメを見ない層にまで知れ渡っている歌枠の定番とも言える曲だ。

 チャットも多少の動きを見せて盛り上がっている。


 だが、ここで1万円の高額スパチャを投げるのはまだ早い。

 登録者数が何十万の大手チャンネルならまだしも、小規模チャンネルでいきなりの高額スパチャは不自然だ。


 青空ツバメも俺が最適なタイミングでスパチャを投げて配信を盛り上げるのを期待して依頼してきたはず。

 まずはその歌唱力を見極めてスパチャの内容を考えたい。


「こえよひびけ~ よるのそのむこうへ~」


 独特なリズム感と歌詞が全部ひらがなに変換されたような歌い方に度肝を抜かれた。もちろん悪い意味だ。

 しかしそれは歌のうまさという点であって、なぜか不快感はない。

 もはや別の曲みたいになっているが、個性的でクセになる。


 わざとやっているのか素なのかわからない。

 ただ。少なくとも今この歌枠を開いている視聴者には高評価の様子だ。

 チャットの流れも速くなっている。


 最後だけ真面目に歌ってギャップで楽しませるのかと予想もしたが、結局独特な調子で歌い終えた。


「どうだったかな? チャットありがとう。『独特で草』 そうかな~? ツバメは完璧に歌い上げたつもりなんだよ?」


 チャットを拾ってもらえるとわかったからかその勢いはさらに加速する。

 ふと視聴者数を見ると50人近くに迫っていた。

 やはり歌枠は安定した人気を誇っている。


「チャンネル登録もありがとう。みんなのおかげで収益化もできてツバメはとっても嬉しいです」


 ここだ!

 俺は確信した。収益化の話題が出たタイミングで高額スチャパを投げれば絶対にチャットが盛り上がる。


【鬼は外、ツバメは内 10000円】


 鬼退治に絡めた短いスパチャを投げた。

 するとチャット欄がまず反応を示す。


【突然の赤スパに草】

【赤鬼現るwww】

【強すんぎ】


 そして数秒のタイムラグで青空ツバメがスパチャに触れた。


「チョメオさんありがとう。実はツバメ、他の配信者さんのチャット欄でチョメオさんのスパチャ芸を見てファンになってたの。ツバメの配信に来てくれて嬉しいな~。ちょっと待ってて。今スクショするから」


【スクショは草】

【スパチャのファンwww】

【配信者と視聴者の新しい形】


 青空ツバメの発言にチャット欄が湧く。まさかスパチャのファンであることを配信で堂々と発言するとは思ってもみなかったので、俺も画面の前でニチャついていた。

 嘘か本当かわからないけど、自分に対して好意を向けられるのは嬉しい。


「チョメオさ~ん、これからもツバメの配信でスパチャくださ~い。そしてツバメにチョメオさんを推させてくださ~い」


 すっかり気を良くした俺は全ての発言をスパチャで送った。

 さすがに100円とかだけど、気付けば1時間の歌枠で2万円自腹を切っていた。

 

 俺は大空ツバメに推してもらうためにスパチャを送っている。

 パパ活ならぬ推し活だ。

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