第5話 期末試験前夜祭。


 魔王の森はバーミリアン公爵領地の外れにあった。隣国のミンヒル共和国との境に活火山のモルフォ山が聳え立ち、その麓に広がる常陽樹が暗い影を落とす深い森があった。初夏だというのに、モルフォ山の山頂には雪が見える。


 標高がかなりあり、ミンヒル共和国に行くには陸路はかなり厳しくかなり迂回して、海路を使い貿易を行うしかなかった。その麓の魔王の森の深部には洞窟も多く、2ヶ所がダンジョン化していた。一攫千金を狙う冒険者が多く集まる事からか、それに対して商売人も宿屋や魔物取扱業者や馬車等の多くの者が集まり、森の手前にはかなり大きなモルフォの町があった。


 今回、試験で行われるのは広大な魔王の森の町に近いかなり浅い部分であった為、今日は町の外れにあるイシュフォン魔法学園の私有地である試験寮が使われる事になった。


 試験期間は1週間。この試験期間はこの寮に全員が泊まる。追試になった場合は1週間では帰れない。合格した者から、順に王都に戻れるという訳である。


 試験期間は班ごとに寮が別れている。例え、侍女や護衛だとしても、カンニングや不正防止の観点から、今回の試験には個人的に一緒に付いては来られない。その為、例え上位貴族の者も王族でさえ、自分の事は自分でするしかない。自立心を持たせる事も代々、試験の一貫とされて来ていた。




「はぁ。私、自分で髪を結う事も初めてですわ。」


 ユリアンナが溜め息を吐きながら、不器用そうに髪にブラシをかけた。運良く仲の良いユリアンナとポーシャが同じ部屋になった。上位貴族は部屋が比較的広い寮に入らされる。寝室は個室の部屋を与えられ、ソファの置かれたリビングだけは3人の共同で使用する。トイレも浴室も共同だ。

 試験期間だけなのだから、我慢するしかない。


 中位や下級貴族等は、二段ベッドが置かれたり、個室の寝室があってもかなり狭いらしい。

 平民の場合は寝室は共同が当たり前、広い部屋に沢山のベッドが置かれているらしい。プライベート等、あったものではない。リビングのテーブルや机も足りておらず、教科書の読み込みでさえ、自分のベッドの上で行う事もあるらしい。


 だが、そんな他の者達より優遇された上位貴族でさえ、中には文句をいう者も居て、余りにも不遜なその態度から、作法の追試になる事もあるらしい。それはポーシャの2つ上のお姉様から教えてもらった情報だった。


「町に髪結のサロンがあるらしいですわよ。」


 またもやポーシャのお姉様情報らしい。


「でも、毎日通うのも面倒ですわよね。」


 ユリアンナが鏡をみながら、髪と格闘し呟く。



「交代で結い合うのはどうかしら?」


 自分の髪を纏めるのって簡単そうに見えて、意外と難しいのよね。人の髪を結う方が何となるのではないかなと思い、提案してみた。



「そうですわね。ミアベルやってもらえるかしら?」



 いやいや、中々やはり難しかった。


 結局、ポーシャがハーフアップの編み込みをしてくれて手で押さえた所に私は髪留めをとめて、2人がかりで結い上げた。



「あら、素敵じゃない。」


 ユリアンナには好評だった。良かったわ。



 私も2人に同じくハーフアップで髪留めは昔、カイン公爵に買って貰った銀と濃紺のサファイアが付いた髪留めを留めた。



「この髪留め、凄く素敵ね。」


 ユリアンナがマジマジと髪留めを見つめる。



「本当、良い品物ね。サファイアとオニキスかしら?」


 ポーシャも褒めてくれた。



「ううん。ブラックダイヤモンドらしいわよ。カイン公爵にお誕生日プレゼントで昔頂いたの。私も1番のお気に入りなの。」



「「え?カイン公爵から?……へ、へぇ。それはそれは。」」


 何か2人が互いに目を合わせて、頷き合っている。言い回しまでピッタリ合っている。



「……カイン公爵って、その、怖くありませんこと?いつも無表情で、目が合ったり等したら、あの冷たい目で心まで凍りつきそうで、目付きも怖いですわよね。」


 ユリアンナが小さな声で、思い出すように囁く。


「え?」


 怖い?そりゃ、他の人には仏頂面かもしれないけど、そんな怖い程のもの?そりゃ、血は繋がっていなくても、ユリアンナの叔父さんなのに?



「そうですわよね。一度王宮図書館でお会いした事があって、廊下の先にカイン公爵が居たんですけど、私、足がすくんで公爵が立ち去るまで進めませんでしたわ。」


 能天気そうに見えている、ポーシャまでが怖いの??


 ええ〜!!


「……えと、そんな事ないですよ?結構、不器用で、お茶目な所もあるし、凄くお優しくて、穏やかな方ですよ?」



「へぇ〜。そうですの?それはやはり、ウルゲイ侯爵の娘であるミアベルには、私達とは対応も違いますのね。あの公爵が穏やかな目をするだなんて、1度、見てみたい気もしますわね。」


「肝試し的にですの?」


「ポーシャもユリアンナも、ひ、酷いですわ!

 この間だって、殿下の事でカウンセルに嫌な事言われた時だって、庇ってくれたりしたし!父様にも優しくて、たおやかで本当に柔らかな人なんだヨォォ!」



「殿下の事って何ですの?」



「あ!!」


 不味い。つい、口走ってしまった。




 はぁ〜。言い逃れが出来なくて、精神魔法かけたろかとか思ったけど、したたかな2人がかりでの駆け引きにアッサリ負け。アレもコレも全て白状させられたのだった。




「ああ!それで、昨日の殿下の囲い込まれからの腹バン逃亡事件に繋がるんですのね。」


 ユリアンナは全て解ったと改めて、カウンセルは最低だと判断したようだ。従兄弟といえど、許せない。ミアベルの気持ちを知りながら、殿下に押し付けるなんて!!


 イヤ、押し付けるとか、そこまでは思ってないワヨ?私だってね。


「次に会った時は足を踏んで差し上げますわ。」「私は肘つきしてあげるわ。」

「では、私は闇討ちが良いかと!」

 ……と鼻息が荒くなる3人だった。


 まぁ、そんな事もあったりで、より一層仲が良くなり、夜遅くまで試験勉強そっちのけでメイクの練習だの、恋バナや上級生の噂バナで盛り上がるのだった。

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