第2話 恋心は黒焦げに。



「カウンセル、あなたが好きなの。」




 私は今まで、カウンセルはすごく優しい人だと思っていた。



「…ミアベル…。」



 甘く呼びかける声にときめき、頭を撫でる掌の暖かさに癒され、青とも緑ともいえないグリニッシュブルーの宝石のような瞳を、いつもただ見つめる事が幸せだった。



 愛されていると思っていた。



 でも、今となって思い出してみると、私だけが特別だと思っていたのかも知れない。いつも側に居てくれていたから、当たり前のようにずっと一緒に居られるのだと思い込んでいたのかもしれない。


 ……だって、彼だって私の気持ちに気が付いていたのに、いざ彼に気持ちを伝えようとした時、察する様に目を泳がせてから、それをあろう事か無かった事にされてしまったのだから。一生懸命伝えようとしたけど、私の言葉を途中で遮って、全部を聞いてはくれなかった。



 普通に断ってくれた方がまだましだと思う。


 柔かな笑顔で優しくさとすように、私の気持ちを本当の恋心では無いと、僕らは兄弟の様に育っただろ?たまたま側にいたから、思春期にありがちなしているだけで勘違いだ。冷静になれと言われてしまった。そんな事、大好きな人に真剣に言われてしまったら、もう怖くてこの気持ちは勘違いでは無い。本気なのだと言えなくなってしまった。




*****


「カウンセルはズルいですわ。ミアベルの気持ちに応えられないからって、本気じゃないと逃げるだなんて。まったく酷いと思いますわ。一旦、ミアベルの気持ちを受け止めて、きちんと考えてから断るというのなら、まだ解りますけど。」

 

 そう、幼馴染のユリアンナも怒ってくれた。


 ユリアンナはカウンセルの従兄弟でお互いの母親が姉妹なのだとか。幼い頃から、カウンセルの事を兄のように慕っていただけに、今回のカウンセルの私への仕打ちには私以上に憤慨ふんがいし、一緒になって怒ってくれた。そんな私の気持ちに寄り添うようになぐさめられ、ちゃんといざという時に言いたい事をいつもハッキリと言えるユリアンナは直ぐに気持ちが落ちてしまう私には眩しかった。カウンセルは私やユリアンナよりも3つ年上の17歳だ。


 私が子供っぽ過ぎて相手にならないのは解るけど、それならハッキリ断って欲しかった。私は宙ぶらりんな恋心を持て余し、ズキズキと痛む胸に蓋をして、心の奥底に沈めるしかなかった。もし、ユリアンナだったら、もっとハッキリ伝えていただろうか。私は馬鹿な考えに首を振った。


 だから、まるで私も何事もなかったようにカウンセルに接するようにしたが、もう彼に心を開くことはない。カウンセルも私を特別扱いをしなくなった。不自然な程の優しい笑顔の裏の拒絶。それは周りの人間だって、気が付くわ。


 多分、従兄弟であるユリアンナの親友だし、家族ぐるみの付き合いがあるから、今まで良くしてくれたんだろうと思う。ユリアンナのように妹のように、接してくれたのに、まさかそれ以上の気持ちを持たれるだなんて思わなかったのかもしれない。




 ……迷惑だったのかな。


 ズキッと胸が痛んだ。




 彼のバーンズワース家と私のクリスタル家とは家族ぐるみで仲が良い。カウンセルの父であるカイン・フォン・バーンズワース公爵はこの国の宰相をしており、私の父であるウルゲイ・フォン・クリスタル候爵は魔法省の長官をしている。


 王立イシュフォン魔法学園時代からの付き合いだ。父が二つ上の先輩で、カイン公爵の面倒をよく見てくれたと事あるごとにカイン公爵はよくこの話をしてくれた。


 現国王のダンザナイト・フォン・ラムザ・イシュフォン国王陛下とカイン公爵は同じ歳。若い頃、父とカイン公爵は陛下の側近をしていたらしい。


 だけど、カイン公爵は人との付き合いが苦手で、父や私にも普通に話しかけてくれるが、他の人に対してはぶっきらぼうで事務的な話しかしない。感情表現も凄い不得手。亡くなった妻の妹のユリアンナのお母様や姪のユリアンナに対してさえ、普通に話しかける事が出来ないらしい。


 その為、社交的な父にはよく助けられたと言う。

 王立イシュフォン学園での付き合いは、その後、卒業後の進路に大きく関わるらしい。五大公爵の付き合いは絶対で、敵に回せば自分が公爵家を継いだ時に苦労する事は目に見えていた。だからといって、上手く付き合える程、器用に出来ていたらこれ程苦労はしない。

 カイン公爵は氷、水、雷の魔法の他に精神の魔力を持っていた。そのせいで、人を陥れるような心の闇や人を癒す聖なるオーラ等が可視化されて視えてしまうのだとか。闇の力は煙のようだったり、ヘドロみたいに体にへばり付いている事が多いらしい。反対に聖なるオーラは後光のように光が出ているらしい。


 だから、膨大な魔力以外はギリギリの成績で、お調子者だけど、人との付き合いから情報を得たり、上手いこと人生を謳歌おうかし、器用に生きている父が羨ましかったのだそうだ。


 カイン公爵は成績はトップ、常に主席以外はとった事はなかったのだとか。だけど、仕事や挨拶以外で自分から話をするのは陛下か父だけだったらしい。


 陛下からも「お前、固いから、つまらん。」と面白い話しろと無茶振りをよくされて、揶揄われてもそれが冗談だと解らず、深く思い悩んでいたらしい。人とうまく付き合えない自分は欠陥人間なのではないか?とやたら自己評価があまりにも低くて、何かそこ儚い闇かトラウマが垣間見える。


「…真面目か!」


 仕方なく父が間に入り、カイン公爵を庇ってあげる事も多くなってくると、自然とカイン公爵も自分とは対応が違うのに、何もかもスマートにサラッと陛下の難題をかわす父を尊敬から敬愛する様になっていった。


 聖なるオーラが父にはあって、自分を庇う時や諍う場を一瞬で癒す父の側にいると心が楽になれ、自分の出来ない事を容易く出来る父に憧れるのは当たり前だったのだとか。何かね、私にも聖なるオーラがあって、この力を高めていけば、もしかしたら聖女にだってなれるかもしれないよと、いつも大袈裟に言うものだから、私としてはもう!聖女になんてなれるわけないじゃない?と、とっても恥ずかしかった。いやいや、聖女って、そんな簡単になれるものではないのですよ?


『手を翳せば忽ち病が治り、祈れば国魔獣がいなくなる』


 とかなんとか、そんなのここ1500年は生まれていないからね?文献で残っていた1500年前の資料を読んだけど、歩くだけで草木が蘇るとか、もうそれは人では無いのでは?というレベルだったらしい。


 コホン。興奮して、少し脱線しちゃった。


 またそんな父に懐いてくるのも、普段は冷たい仮面のような顔で対応するカイン公爵が自分だけに緩い顔を見せる事も父には嬉しくて可愛くて仕方なかったそう。萌えってやつね。やがて父と彼は大親友となった。そして、2人は陛下を挟んで、陛下やこの国を支えるために、国の重鎮となっていった。


 結婚して子供をもうけてからも、付き合いは変わらず、お互いの伴侶を病や事故で亡くしてしまった事もあり、馬が合うのか互いの家に入り浸る事も多かった。


 カイン公爵は宰相だけあって、いつも忙しい。だが、いくら忙しくても、我が家にだけは頻繁に訪れる。この国の厄介事を解決する為に相談だと言っては父の顔を見にくる。カウンセルも公爵の仕事の手伝いをしている為、いつも我が家に共に来ることが多かった。



 時々、あの告白を何故なぜしてしまったのかとあの日を後悔する事もある。言わなければ、こんな思いはしなくてすんだのにと。私は居た堪れなくなって、もう私から話しかける事は出来なくなってしまった。目も合わせられなくなり、この気不味い関係が静かに時が解決してくれるのを、ただ待つしかなかった。


 今日もバーンズワース家の親子が訪問すると執事のハウルに聞いていたので、顔を合わせて気まずい思いから避けるがごとく、1人温室の植物に囲まれながらハーブや薬草の手入れをしていた。


 初夏のこの時期はいくら手入れをしても、雑草がすぐに蔓延はびこる。ミアベルにとっても雑草を取り去る作業は心を無にし、雑念から一時解放されるので、心を安泰に保つ為にも必要な作業だった。一つ雑草を取る毎に、一つストレスも取れていくように。いつしか夢中で雑草を取りまくる姿に、背後で庭師長のマルクが何度か、声をかけようとして、止める。また声をかけようとして、止めるを繰り返していた。


 しかも、ハーブ達の良い香りに癒され、ミアベルは汗をかくのも苦にならなかった。


 植物や土に触れる事はお母様が生きていた時からの私の趣味だ。お母様は元はこの国の五大公爵の内のアインシュトラ・フォン・ブルガリアス公爵の末っ子で、花よ蝶よと育てられたお嬢様だし、病弱で体力もないし、直接土に触れる事ははしたないと言われ育てられた為、自らはしない。でも土や植物、大地の魔力が強いブルガリアス家の血筋のせいか、特に体調が悪い時等、緑の植物の側に居るとその魔力に癒されるだそうだ。母は緑の植物妖精の姿も見る事が出来たので、時々気まぐれな彼等にさえ、病を癒される時もあった。


 でも、病の根本までは癒す事は出来なかったらしい。父の聖なるオーラでも、無理だった。


そんな母は植物が大好きで、土と風の魔力の持ち主であるせいか、執事のハウルや侍女長のハンナに指示をだしながら、ハーブや庭園を眺めてはフワッと柔らかく微笑んでいた。それが母との数少ない思い出だったから、私も心を落ち着けようとする時は自然と植物や土を弄っていた。




 そんな時、何か争うような騒音が温室の外から聞こえてきた。




「何を言っているんだよ。父さんには関係ないだろう。余計な事は言うなよ!」


「余計なのはお前の行動だろう。ミアベルちゃんをフッておきながら、よくもそんな事を平然と出来るな!!」




 ドキッと心臓の鼓動が早まる。

 え?何、私の事なの?




「そんな事言ったって、王子に頼まれたんだぞ!無碍にはできないだろう?歳だって俺よりは近いんだから、学園が始まる前に婚約でも何でも取付ておけば、彼女に他の虫が付かないだろう?」




 ……!?

 婚約?誰と誰が?

 王子に頼まれた?




「…………お前にはガッカリした。」


 カイン公爵の心の底から冷え込むような、冷たい声が響く。





 ……あ、あぁ。

 ……そう。


 そう言う事。王子と私を婚約させる為に、動いていたんだ。


 将来の出世の為?カイン公爵のように、いずれ王子が国王になるから。


 その時カウンセルが宰相になりたいの?

 だから、カウンセルは私の気持ちを無かった事にしたかったんだ。ハッキリ断るんじゃなくて、噂にならない程、私とカウンセルの間には何もありませんよと、王子に示す為に。



 ……。


 ……。


 本当、カウンセルにはガッカリした。



 何なのよ!!それって、単に王子から自分を守る為じゃないの。己の出世の為には私の気持ちはお構いなしで、傷つこうが関係ないわって事?いくら何でも酷すぎる。兄の様に慕ってもいた。勿論、恋人になれなくても、気持ちを伝えようと決意した位は好きだったのに。幼馴染でもあるし、カウンセルがこんな人だなんて思わなかった。


 もう心の奥底に沈んだ恋心よさらばだわ!!私だって、こうまでコケにされて、黙って従う程、お人好しなんかじゃないんだから!!


 私は気がつくと温室から走り出していて、土まみれのボロボロの姿で、手には雑草をにぎりしめたまま、二人の前に立ちはだかった。




「私は王子様とは婚約なんかしませんからね!何であんたの出世の為に犠牲にならなくちゃいけないの?!あんたなんか大っ嫌い!!もう、この家には二度と来ないで!!」




「「ミアベル!?」」




「やぁやぁやぁ!!皆して僕を除け者にするなんて、酷いじゃないか!何か楽しい事でもあった?」



 固まるバーンズワース親子に対して、ワザと空気を読まないんだか、読んでいて、敢えてなんだか、我が父、ウルゲイ候爵が頭に大きな鳥の羽の付いた帽子を斜めに被りながら、初夏の暑さも難のその、ギラギラの貝パールが練り込んだシルクのマントをたなびかせながら登場した。


 ………それ、女性用の飾り帽子じゃないの?

 ………父よ。ウケとか、今いらないから!!!

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